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第1章

貴方だけの未来です

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 私は古谷さんに連れられ、国王の寝室前へと来ていました。

 ──コンコンッ。
 古谷さんは入る前に、扉をノックをします。

「古谷です。リフィさんを連れて来ました」
「……待っていたぞ。入れ」

 しばらくして静かに聞こえてきた国王の声。
 私達は中に入ります。

 中には、ソファに深々と座った国王。その両手には女性を侍らせていました。

 ──人を呼びつけておいて、その格好はなんですか。
 とは言いません。面倒なので。

「遅かったではないか。待ちくたびれたぞ」
「(あなたが急に呼んだんでしょうが)……お待たせしてしまい、申し訳ありません。本日はどのような要件でしょうか?」
「ふむ……」

 ふむ……じゃありませんよ。
 要件があって呼んだんでしょう。どうしてそこで黙るんですか。

「あの、私に何か付いているでしょうか?」

 国王は私の体を舐めるように見つめてきます。
 とても気持ち悪いです。まだ私のことを諦めていないのでしょうか? そんなに女性を侍らせているのに?

「やはりリフィ殿は、綺麗だな」
「はぁ……ありがとうございます。要件はそれだけでしょうか?」

 女性を両手に侍らせておいて、私を口説きますか。
 その度胸だけは認めてあげましょう。

「いや、呼んだのは魔王の監視についてだ」

 ……やはり、そうでしたか。
 むしろこのタイミングで違う話題が出てきたら、それはそれで驚きです。

「奴はどうだ?」
「特に目立った行動はしていませんが、何か問題がありましたか?」
「リフィ殿は、昨日から奴らと随分と親しげだな?」
「ええ、誰に対しても気軽で、面白いお方ですよ」

 私は淡々と答えます。
 少しでも迷ったら、変に疑われるかもしれません。
 国王の要件は『魔王について』だというのはわかりましたが、真意はまだ読み取れません。なので、いつも通りを装います。

「今回の目的は何だと思う?」
「は? 魔王との友好関係を築くのではないのですか?」
「……いいや、違う。本当の目的は──魔王を殺すことだ」

 ──ピクッと、背後で微かに動く気配がありました。

 私の背後には、古谷さんしかいません。
 チラリと覗き込むと、彼は酷く動揺していました。

 ……予想はしていましたが、やはり古谷さんも真実を聞かされていなかったのですね。
 もし聞かされていたなら、ミリアさんとはあんなに自然と接しなかったでしょう。

「魔王を殺す、ですか」
「意外と驚かないのだな」
「ええ、どうでもいいですから。それより、そんな重要なことを私に言って、どうしろと?」
「いや、リフィ殿には何もしないでもらいたい」
「……はぁ……何もしないですか」

 では、どうして言ったのでしょう?

 ──ああ、わかりました。
 次の食事会では完全に殺す気で行くから、全てに無反応でいろということですね?
 知らなければ、おかしいと思って止めるかもしれない。そうすれば国王はチャンスを逃し、それだけでなく犯行もミリアさん達にバレてしまう。

「次の食事会では、全ての兵士と騎士を投入する」

 ──は?

 それは流石のミリアさんでも、おかしいと気付くのでは?

「最初は毒殺しようかと思っているのだが……それでもダメだった場合は、力づくだ。その時には、リフィ殿と勇者にも力添えを頼みたい。相手はたった二人だ。難しい話ではない」
「あの、一つよろしいですか?」
「何だ」
「どうしてそこまでリスクを冒して魔王を倒そうとするのですか? 他国の勇者と協力して戦ったほうが、まだ勝機はあると思うのですが……」
「そんなの決まっている。他国に手柄を寄越すわけにはいかないのだ」
「あ、そうですか……」

 もう少しマシな理由があると思ったのですが、完全な私利私欲ですね。

「恥ずかしい話だが、我が国は今、他国から圧力を掛けられているのだ」

 まぁ、やりたい放題らしいですからね。そりゃあ圧力も掛けられますよね。

「今回でどうしても手柄を立てなければならないのだ!」
「はぁ……そうですか」

 全てあなたが悪いのでは?
 ……とは言いませんよ。面倒ですから。

 勇者を無駄に殺し、大量召喚している。
 金を私欲に使い、民だけではなく他国まで困らせている。
 そして今回、無断で魔王を国に招待した。

 確かに手柄を立てなければいけませんね。

 ですが、私には関係ありません。

 そんなどうでもいいことのために、ミリアさんを殺させる訳にはいきません。
 そんなどうでもいいことのために、ミリアさんを害そうとした国王を、私は許しません。

「わかりました。陛下はやりたいことをしてください。私は、それに合わせますので」

 私は国王に向けて、最大の笑顔を作りました。

「もう要件は終わりですね? では、私は戻ります。早く帰らなければ、魔王に変な疑いを持たれてしまいますから」
「うむ。よろしく頼んだぞ。では、食事会で会おう」
「はい。その時が楽しみですね。──古谷さん。行きますよ」
「え、あ……うん」

 私は軽くお辞儀だけをして、その部屋を出ます。
 古谷さんはそんな私の後を、まだ混乱しながらも付いて来ました。

「ねぇ、リフィさん」
「はい。何でしょうか?」
「……本当に、国王の言うことを聞くの?」
「そんな訳ありません」
「──え?」

 私は立ち止まり、まだ若い勇者に振り向きます。

「私は誰の指図も受けません。私のやりたいことをする。それだけです」
「……リフィさんは、どこまでも自分勝手だね。でも、それが羨ましい。……俺は、どうすればいいんだろう?」
「知りませんよ。そんなこと」

 私は私だけのために行動するだけ。

 安心して眠れる生活をしたいから、私は魔王の配下となりました。
 その生活を、ここの王は汚そうとしています。ならば、私はそれを止めるのみです。

「古谷さんはどうしたいんですか?」
「…………俺は、俺は……まだわからないんだ」

 古谷さんの表情は、迷っていました。
 考えを纏めたいのに、次々と考えることが多くなって、自分でもどうしていいのかわからなくなっている。

 今の彼は、そんな顔をしています。

「俺は勇者だ。魔王を倒さなくちゃいけない。それは間違っていないんだ。……でも、これで良い訳がない。俺だってミリアさんとは正々堂々勝負をしたい。そう思っていても、俺はまだ弱いんだ。殺せる時に殺せなきゃ、もうチャンスは来ないかもしれない。だったら──」


「くだらない」


 顔を歪めて苦難している古谷さんを眺め、私は吐き捨てるように言いました。

「あなたの考えは、勇者という使命に囚われすぎです。くだらない。勇者だからなんですか? そんな名前だけの使命だけに向き合って自分の考えを捨てるとは……呆れました」

 古谷さんはまだ若く、真面目です。
 だから色々と考えてしまうのでしょう。

 自分のやるべきことをやるのは、悪いことではありません。
 ですが、それだけを考えて人生を楽しめないのは、とても勿体無いです。

「私は古谷さん、古谷幸樹という貴方に問います。貴方の本心は──どれなんですか」
「…………くっ……!」

 古谷さんは拳を握りしめます。

「まだ食事会まで時間はあります。それまでじっくり考え、自分の本心と向き合ってください。決して、他人に流されてはいけませんよ」

 言いたいことは言いました。
 後は、彼自身がどうするかを決めるだけです。
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