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第1章
魔王が来ちゃいました
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特に何もしないまま、魔王が来る日になりました。
忙しそうに動き回っていた使用人達は、ずっと寝ないで働いていたのでしょう。目の下に大きなクマが出来ていました。
巡回している騎士達は、警戒と緊張が限界を迎えているのか、昨日から剣呑な空気です。
王城で働いている全員が、緊張の渦に呑まれているような雰囲気を、朝から滅茶苦茶感じていました。
そんな中、私は…………
「眠いですねぇ……」
中庭のベンチに座り、優雅に日向ぼっこしていました。
ああ、太陽の光が温い。
その横には古谷さんが座り、こちらを呆れたように見てきます。
「……何ですか。女の子をそんなにジロジロ見て」
「あ、いや……その、リフィさんは緊張していないのか?」
「緊張? していると思いますか?」
「…………しているようには、全然見えませんね」
「まぁ、正解です」
私は、この国の人達と違って、魔王軍の者ですからね。
緊張する訳ありません。
「……むしろ、嬉しいくらいです」
「え……ごめん、よく聞こえなかった。今、なんて……?」
「あ、いえ……何でもありません」
危ない危ない。
やっと帰られるという嬉しさから、思わず声に出してしまいました。
古谷さんがラノベ系主人公によくある難聴系男子だったのが幸いでしたね。
「古谷さんは緊張しているのですか?」
「そりゃそうだ。だって魔王が来るんだよ? 緊張しない訳ないでしょ」
「……はぁ、そういうものですか」
「むしろ、どうしてリフィさんが緊張していないのか不思議だよ」
「うーん、だって緊張する理由がないんですもの」
何度も言いますが、私は魔王軍なので緊張はしません。
ですが、理由はそれだけではないんです。
「古谷さんも、緊張することはないんですよ?」
「……どうして、そう思うんだ?」
「魔王が来るとしても、それは友好関係を築くために来るんです。戦争ではないのですよ? 緊張するのは、貴族などの政治家達だけで十分です。力以外に戦力になれない私達は、気長に時を待つだけですよ」
古谷さんは勇者です。
戦うことが仕事の彼が、今回のことで緊張する理由はありません。
「勇者だから魔王に対して、余計に何かを思うのは仕方ありませんが……魔王はそんなに野蛮な人ではありません」
「……どうしてそう思うんだ?」
「何となく、女の勘ってやつですよ」
適当だと思いますか?
その通りです。
『リーフィア、ミリアちゃん達が到着したよ』
『……わかりました。すぐに向かいます』
ウンディーネの報告と同時に、遠くの方から少し騒いだような声が聞こえてきました。
……あれ。というか私、魔王の監視でしたよね? 現場に居なければいけないのでは?
どうして何も連絡がないのでしょうか。
この国は報連相も出来ないのですかね。
まぁ、いいです。
今から行けば問題ありません。
「どうやら魔王が来たようですね」
「──え!? あっ、そうだ。時間になったら、リフィさんを門に連れて来いって言われているんだった!」
いや、犯人あんたかい。
「早く行こう!」
「あ、ちょ──あーれー」
強引に腕を取って走り出す古谷さん。
制止の声を聞いてもらえなかった哀れな私は、ずるずると城門まで引きずられます。
もう抵抗するのも面倒だったので、運命の導くままにおとなしくしていると、アホほど豪華な馬車が見えてきました。
あれは魔王が外出する時用の馬車です。
勿論、見たことがあります。
『ザ・悪役』って感じの見た目だったので、絶対に乗りたくないと思ったのは、まだ記憶に新しいです。
その側には、ミリアさん御一行……と言っても、魔王本人とアカネさんだけですが。それと国王の側近が一人と騎士数十人が居ました。
警戒し過ぎでは? とは思いましたが、まぁ魔王相手にしていると思えば、仕方ないですね。
「おお、来ましたか」
それまで困った様子だった側近の人は、走る古谷さんと引きずられる私を見て、パァと顔を明るくさせました。
アカネさんは最初から気付いていたようでしたが、ミリアさんはその声でようやく気が付いたようです。
長旅で疲れていたのでしょうか。
それまで眠そうにしていたミリアさんが、嬉しそうに口を開──って、やば。
「おおっ! ようやく会え──」
「お初にお目にかかります魔王様、その従者殿。あなた方の案内を務める、リフィと申します。ここではどうか、そうお呼びください」
ミリアさんが何かを言う前に、私はその言葉を遮って自己紹介をしました。
……危ないです。あと少し遅れていたら、大変なことになっていたでしょう。
久しぶりだから忘れていました。ここの国王が馬鹿なのに対して、うちの魔王はお馬鹿なお子様だということを。
「お主が妾達の案内役か。妾は魔王の配下が一人、アカネと申す。しばしの間よろしく頼む。ほらミリア、挨拶じゃ」
「う、うむ……余はミリアだ。よろしく頼む。リー…………リフィよ」
大丈夫でしょうか。
少し、幸先が不安になってきました。
──頼みますよ。
──お主こそな。
という会話を、私とアカネさんは視線のみで交わします。
「……そこの者は、誰じゃ?」
アカネさんは、私を連れてきた男、剣の勇者を指差しました。
古谷さんは体をビクッとさせ、それでもナメられないように目元をキリッとさせました。
「お、俺は、俺が剣の勇者だ!」
頑張って威勢を張ろうとしているところは認めますが、声が震えすぎです。
大丈夫ですか剣の勇者。緊張しまくっているじゃないですか。
「ふむ、そうか」
そんな古谷さんの頑張りを知らず、アカネさんは『勇者』という単語に目を細めましたが、すぐに彼から視線を外しました。
ミリアさんも同様に、古谷さんを視界から除外したようです。
……あれは完全におもちゃから興味を失くした子供の目でした。
古谷さん、ドンマイ。
「……え、それだけか?」
「別にそれだけじゃが? 他に何かあるか?」
「だけど、俺は勇者なんだぞ。もっと警戒するとか……ないのか!?」
「では聞こう、剣の勇者よ。お主は、ここで妾達と戦う気か?」
「……いや、別に、そうじゃないけど」
「ならば、問題ない。妾達は、友好のために招待を受けたのじゃ。何もせぬよ……そちらが何かをしない限り、な」
含みのある言い方で、ニヤリとほくそ笑むアカネさん。
魔王よりも魔王らしいそのお姿と迫力に、王国陣営は完全に呑まれていました。
……なに現場を掌握しているのですか。
ほら、古谷さんが固まってしまいましたよ。
どうしてあんたらは、私が嫌がる面倒事を息をするように作り出すのですか。
もしかして私に恨み持ってます?
勝手に休暇を取りに逃げた私を、不幸にしてやろうとか思っていたりします?
そしてミリアさん。
そこで眠そうにしないの。誰に似たんですか、もう。
「こほんっ……ここで話すのもなんです。移動するといいのでは?」
「──っ、あ、ああそうだな。では、魔王ミリア殿、アカネ殿。こちらへ来ていただこう」
私が救いの手を差し伸べると、側近は我に返って案内を始めました。
それにミリアさんとアカネさんは静かに頷き、おとなしく後を付いて行きます。
「…………大丈夫ですか?」
私は、未だに呆気にとられている古谷さんに声をかけます。
「古谷さん? 古谷さーん? おーい……ああ、これはダメですね」
手を振っても反応は返ってきません。
早々に諦めた私は、彼をその場に置き去りにして、ミリアさん達の後を追いかけました。
忙しそうに動き回っていた使用人達は、ずっと寝ないで働いていたのでしょう。目の下に大きなクマが出来ていました。
巡回している騎士達は、警戒と緊張が限界を迎えているのか、昨日から剣呑な空気です。
王城で働いている全員が、緊張の渦に呑まれているような雰囲気を、朝から滅茶苦茶感じていました。
そんな中、私は…………
「眠いですねぇ……」
中庭のベンチに座り、優雅に日向ぼっこしていました。
ああ、太陽の光が温い。
その横には古谷さんが座り、こちらを呆れたように見てきます。
「……何ですか。女の子をそんなにジロジロ見て」
「あ、いや……その、リフィさんは緊張していないのか?」
「緊張? していると思いますか?」
「…………しているようには、全然見えませんね」
「まぁ、正解です」
私は、この国の人達と違って、魔王軍の者ですからね。
緊張する訳ありません。
「……むしろ、嬉しいくらいです」
「え……ごめん、よく聞こえなかった。今、なんて……?」
「あ、いえ……何でもありません」
危ない危ない。
やっと帰られるという嬉しさから、思わず声に出してしまいました。
古谷さんがラノベ系主人公によくある難聴系男子だったのが幸いでしたね。
「古谷さんは緊張しているのですか?」
「そりゃそうだ。だって魔王が来るんだよ? 緊張しない訳ないでしょ」
「……はぁ、そういうものですか」
「むしろ、どうしてリフィさんが緊張していないのか不思議だよ」
「うーん、だって緊張する理由がないんですもの」
何度も言いますが、私は魔王軍なので緊張はしません。
ですが、理由はそれだけではないんです。
「古谷さんも、緊張することはないんですよ?」
「……どうして、そう思うんだ?」
「魔王が来るとしても、それは友好関係を築くために来るんです。戦争ではないのですよ? 緊張するのは、貴族などの政治家達だけで十分です。力以外に戦力になれない私達は、気長に時を待つだけですよ」
古谷さんは勇者です。
戦うことが仕事の彼が、今回のことで緊張する理由はありません。
「勇者だから魔王に対して、余計に何かを思うのは仕方ありませんが……魔王はそんなに野蛮な人ではありません」
「……どうしてそう思うんだ?」
「何となく、女の勘ってやつですよ」
適当だと思いますか?
その通りです。
『リーフィア、ミリアちゃん達が到着したよ』
『……わかりました。すぐに向かいます』
ウンディーネの報告と同時に、遠くの方から少し騒いだような声が聞こえてきました。
……あれ。というか私、魔王の監視でしたよね? 現場に居なければいけないのでは?
どうして何も連絡がないのでしょうか。
この国は報連相も出来ないのですかね。
まぁ、いいです。
今から行けば問題ありません。
「どうやら魔王が来たようですね」
「──え!? あっ、そうだ。時間になったら、リフィさんを門に連れて来いって言われているんだった!」
いや、犯人あんたかい。
「早く行こう!」
「あ、ちょ──あーれー」
強引に腕を取って走り出す古谷さん。
制止の声を聞いてもらえなかった哀れな私は、ずるずると城門まで引きずられます。
もう抵抗するのも面倒だったので、運命の導くままにおとなしくしていると、アホほど豪華な馬車が見えてきました。
あれは魔王が外出する時用の馬車です。
勿論、見たことがあります。
『ザ・悪役』って感じの見た目だったので、絶対に乗りたくないと思ったのは、まだ記憶に新しいです。
その側には、ミリアさん御一行……と言っても、魔王本人とアカネさんだけですが。それと国王の側近が一人と騎士数十人が居ました。
警戒し過ぎでは? とは思いましたが、まぁ魔王相手にしていると思えば、仕方ないですね。
「おお、来ましたか」
それまで困った様子だった側近の人は、走る古谷さんと引きずられる私を見て、パァと顔を明るくさせました。
アカネさんは最初から気付いていたようでしたが、ミリアさんはその声でようやく気が付いたようです。
長旅で疲れていたのでしょうか。
それまで眠そうにしていたミリアさんが、嬉しそうに口を開──って、やば。
「おおっ! ようやく会え──」
「お初にお目にかかります魔王様、その従者殿。あなた方の案内を務める、リフィと申します。ここではどうか、そうお呼びください」
ミリアさんが何かを言う前に、私はその言葉を遮って自己紹介をしました。
……危ないです。あと少し遅れていたら、大変なことになっていたでしょう。
久しぶりだから忘れていました。ここの国王が馬鹿なのに対して、うちの魔王はお馬鹿なお子様だということを。
「お主が妾達の案内役か。妾は魔王の配下が一人、アカネと申す。しばしの間よろしく頼む。ほらミリア、挨拶じゃ」
「う、うむ……余はミリアだ。よろしく頼む。リー…………リフィよ」
大丈夫でしょうか。
少し、幸先が不安になってきました。
──頼みますよ。
──お主こそな。
という会話を、私とアカネさんは視線のみで交わします。
「……そこの者は、誰じゃ?」
アカネさんは、私を連れてきた男、剣の勇者を指差しました。
古谷さんは体をビクッとさせ、それでもナメられないように目元をキリッとさせました。
「お、俺は、俺が剣の勇者だ!」
頑張って威勢を張ろうとしているところは認めますが、声が震えすぎです。
大丈夫ですか剣の勇者。緊張しまくっているじゃないですか。
「ふむ、そうか」
そんな古谷さんの頑張りを知らず、アカネさんは『勇者』という単語に目を細めましたが、すぐに彼から視線を外しました。
ミリアさんも同様に、古谷さんを視界から除外したようです。
……あれは完全におもちゃから興味を失くした子供の目でした。
古谷さん、ドンマイ。
「……え、それだけか?」
「別にそれだけじゃが? 他に何かあるか?」
「だけど、俺は勇者なんだぞ。もっと警戒するとか……ないのか!?」
「では聞こう、剣の勇者よ。お主は、ここで妾達と戦う気か?」
「……いや、別に、そうじゃないけど」
「ならば、問題ない。妾達は、友好のために招待を受けたのじゃ。何もせぬよ……そちらが何かをしない限り、な」
含みのある言い方で、ニヤリとほくそ笑むアカネさん。
魔王よりも魔王らしいそのお姿と迫力に、王国陣営は完全に呑まれていました。
……なに現場を掌握しているのですか。
ほら、古谷さんが固まってしまいましたよ。
どうしてあんたらは、私が嫌がる面倒事を息をするように作り出すのですか。
もしかして私に恨み持ってます?
勝手に休暇を取りに逃げた私を、不幸にしてやろうとか思っていたりします?
そしてミリアさん。
そこで眠そうにしないの。誰に似たんですか、もう。
「こほんっ……ここで話すのもなんです。移動するといいのでは?」
「──っ、あ、ああそうだな。では、魔王ミリア殿、アカネ殿。こちらへ来ていただこう」
私が救いの手を差し伸べると、側近は我に返って案内を始めました。
それにミリアさんとアカネさんは静かに頷き、おとなしく後を付いて行きます。
「…………大丈夫ですか?」
私は、未だに呆気にとられている古谷さんに声をかけます。
「古谷さん? 古谷さーん? おーい……ああ、これはダメですね」
手を振っても反応は返ってきません。
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