上 下
29 / 50

第27話 魔王

しおりを挟む
「……魔王だって?」
「そう、妾は魔王じゃ。…………なんじゃ? 信じられぬと申すのか?」
「いや、疑いはしないよ。むしろ納得した。そんな異様な雰囲気、普通じゃ出せない」
「さすがは魔眼の継承者じゃ。それくらいは見抜けるか。……それに、勘も良いようじゃな。妾のことを視なかったのは、賢明な判断じゃと褒めてやろう」
「それはどうも……」

 受け答えしながら、私は考える。
 魔王の存在は元から知っていたけど、こんなに可愛らしい姿をしていたのか。

 ──魔王。

 何年にも渡って人と争いを続けてきた絶対悪の存在。ファンタジーのド定番の敵キャラだ。
 ……って、教えられてきたんだけどなぁ。人の常識ってなんなんだろうね。

「……ん?」
「なんじゃ? 妾の顔をジロジロと見おって何か付いているか?」
「あ、いや……あなたのことを、どこかで見た気がしてね」
「……ふむ? いや、それはありえぬな。妾はお主と会うのは初めてじゃ」
「そう、だよね……ごめん。忘れて」

 そう、私もマトイと会うのはこれが初めてだ。
 ……それなのに、どこか懐かしい感覚を覚えるのはどうしてだろう? 
 相手は魔王なのに、とても親しく感じる。

「……そういえば、アリスはあの鬼族と知り合いだったの? ほら、同じ魔王の配下なんでしょ?」

 もしそうなら、すぐに迷宮に案内した理由もわかる。特別親しい様子はなかったけど、面識だけあったってもの考えられる。

「いえ、あの方は私が仕えていた魔王様ではありません」
「ん? どういうこと? 世代変わったとか?」
「──なんじゃ、そんなことも知らんかったのか」
「申し訳ございません。説明するのを忘れていました」

 まだ理解しきれていない私に、マトイの意外そうな声とアリスの謝罪の声がかけられる。

「魔王は一人ではない。複数いるのじゃよ」
「へぇぇ、そうなん──ってええええええ!?」

 最早、威厳を保っている余裕なんてなかった。
 魔王が複数いるなんて初耳だ。

 どの物語でも魔王は一人だった。そして、その魔王を倒してみんなが平和になる。
 そんな話ばかりで、いつの間にか私は魔王が一人なのだと思い込んでいた。

「勇者という者も複数おるじゃろ? そっちだけ数が多いなんてズルいじゃろうが」
「……よく、今まで人間が魔王に支配されてなかったな。と私は人を褒めたいよ」
「魔王が複数いると言っても、過激派と穏健派で派閥があるからの。人に知られているのは、主に過激派のやつらじゃよ。ちなみに昔は妾も過激派じゃったが、今は穏健派として落ち着いておる」

 勇者が複数いるのは知っていた。物語でも勇者同士が助け合って魔王を倒していたし……それについては魔王が強すぎるから、勇者がたくさんいるのかと思ったけど、どうやら違かったらしい。
 というか魔王にも派閥ってあったのか。その中でマトイは穏健派だと言っているけど、もしかしたら悪い奴じゃないのか?

 ……いや、そう決めるには早い。

 いくら穏健派と言っても、人の目線から見たら酷い行いをしているかもしれない。それに、昔は過激派だったとマトイは言った。それはつまり、昔は沢山の人と争ったということになる。
 結局は魔王。その固定概念が、私の警戒度を上げている。
 だから私は軽率な判断が出来ない。あのレインが今もずっと警戒しているほどの相手だ。怒らせてしまったら、私たちは無事じゃ済まないだろう。

「…………それで、その魔王様が何の用?」
「なぁに、そんなに警戒せんでよい。今日はちょいとした挨拶に来ただけじゃ」

 挨拶か。それにしては随分と派手な登場だったけど、単純に派手好きなだけなんだろうなぁ。後ろのグレンたちが呆れたように頭を抱えているのが、その証拠だ。

「妾は……というよりも妾たち魔王の半分は、遥か昔に魔眼に世話になったことがあってな。そのお礼と、新たな継承者を一目見ておきたいと思ったのじゃ」
「私はあなたたちを助けた本人じゃないから、そんな礼なんてされても困るんだけど……」
「別にお主には礼を言わぬよ。妾はお主の保有しているその眼に礼を言うのじゃ」

 マトイの雰囲気がガラリと変わった。
 さっきまでのおちゃらけた雰囲気とは異なり、今の表情は真剣そのものだった。

「──あの時は妾の命を救ってくれたこと、誠に感謝する。色々と教えてくれたことで、こうして魔王という地位に上り詰めることが出来た。今は何一つ不自由のない生活を送っておるよ。魔眼の後継者は妾が守護することで、恩を返そう。じゃから、どうか安心してくれ」
「…………ん、んん? 私を守護? 何を言っているんだこの狐様は」
「くくっ、ささやかな恩返しといったところじゃよ」
「でも、さっき言った通り、助けたのは私じゃないから、お礼されても困るんだけど?」
「妾はお主に礼を言ってはおらん。じゃが、お返しは誰にするかなんて言っておらん」

 ……この、言葉巧みに言いやがって。

「セリア様……」
「ん、どうしたのレイン」
「我は守護してもらうのも悪くはないと思います。あの者から感じられる気は、はっきり言って異常です。私でも本気でやって勝てるかどうか……」
「マジか、レインでも厳しいか。……アリスはどう?」
「私もレイン様の意見に賛成です。こちらも十分な戦力を保持しているとはいえ、まだ無知な部分はあります。もしもの時に助けになってくれるのではないでしょうか」

 …………ふむふむ、アリスの言うことは最もだ。
 確かに私たちは戦力としては十分だろう。けれど、私は元村娘。この世界のことについて知らないことが多すぎる。さっきの魔王の話だってそうだし、色々と教えてもらうためには良いのかもしれない。

「考えは纏まったかの?」
「一つ、聞きたい。これはあなたたちの傘下に加われってこと?」
「いや? 別に配下に迎えようなんて企んでおらんよ。さっき言ったじゃろう。妾は魔眼の魔女に命を救われた。ただ、その恩に報いたいのじゃ。……じゃから、妾は終始対等な立場で接したいと考えておる」

 嘘は、言っていない。
 悪戯好きっぽいけど、根は真面目で優しいのか。……魔王なのに?

「わかった、その代わり約束して。私の大切な従者、レインとアリスには絶対に害を加えないで」
「了解した。──妾は誓おう。魔眼の友として、お主らを守護すると」
「うん、よろしく」

 マトイがそれを言い終わった後、私の中に膨大な魔力が流れ込んで来た。あったかくて、とても安心する感覚。これはマトイの魔力なのか?

「今、ここに誓いは結ばれた。妾はいつでもお主を見守ろう」

 それが本当なら、ありがたい。
 けど、まだ完全に信じることは出来なかった。

「それと、妾は契りを交わした者がいる場所なら、先ほどのように一瞬で転移することが出来る。遠慮せずになんでも申すがよい」
「契り?」
「先ほどのような契約と一緒じゃ。契りの場合は、ちと特殊じゃがな」

 へぇ、じゃあ後ろにいる鬼族の巫女さんはマトイと契りを交わしたってことになるよね。
 でも私たちの中にマトイと契りを交わしているのはいないけど、それはどうするんだろう?
 それを聞いてみると、マトイは元から予定していたかのようにこう言った。

「それなら、こやつらを置いてゆく。女が多いが、鬼族じゃから頑丈な奴らじゃよ。好きに使ってくれい」

 グレンたちに驚きはない。
 こっちもすでに知らされていたことらしい。

「こんな田舎者にこき使われることになるけど、あなたたちは良いの?」
「我らは元々、マトイ様を尊敬しているが、忠誠を誓っているわけではない。一つの協力関係として存在しており、今回、友となるための橋渡し役になってくれる者はいないか、というマトイ様の相談により、我々の意思でここに来たのだ」

 グレンが。

「ええ、それにあなた様のような、客人にも優しく接してくれる方の下でなら、私共は喜んで働きましょう」

 巫女さんが。

「私も同意見です。今は前線を引退した身ですが、上手く使ってください」

 武人風の女性が。

「……若の決めたことならば、それに従うのみ」

 無口な少女が。

「誠心誠意働くので、どうかよろしくお願いします!」

 脳筋っぽい女性が。

「そう……」

 レインとアリスを見る。二人は頷き、私に決定を委ねて来た。

「それなら、よろしくお願いしようかな」

 皆の心が決まっているなら、私は快くそれを受け入れよう。
 こうして、私の迷宮に新たな仲間が加わった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?

ラララキヲ
ファンタジー
 わたくしは出来損ない。  誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。  それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。  水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。  そんなわたくしでも期待されている事がある。  それは『子を生むこと』。  血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……  政略結婚で決められた婚約者。  そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。  婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……  しかし……──  そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。  前世の記憶、前世の知識……  わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……  水魔法しか使えない出来損ない……  でも水は使える……  水……水分……液体…………  あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?  そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──   【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】 【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】 【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵
ファンタジー
 貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。  けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。  おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。  婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。  そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。  けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。  その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?  魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです! ☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。  読者の皆様、本当にありがとうございます! ☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。  投票や応援、ありがとうございました!

【完結】討伐対象の魔王が可愛い幼子だったので魔界に残ってお世話します!〜力を搾取され続けた聖女は幼子魔王を溺愛し、やがて溺愛される〜

水都 ミナト
ファンタジー
不本意ながら聖女を務めていたアリエッタは、国王の勅命を受けて勇者と共に魔界に乗り込んだ。 そして対面した討伐対象である魔王は――とても可愛い幼子だった。 え?あの可愛い少年を倒せとおっしゃる? 無理無理!私には無理! 人間界では常人離れした力を利用され、搾取され続けてきたアリエッタは、魔王討伐の暁には国を出ることを考えていた。 え?じゃあ魔界に残っても一緒じゃない? 可愛い魔王様のお世話をして毎日幸せな日々を送るなんて最高では? というわけで、あっさり勇者一行を人間界に転移魔法で送り返し、厳重な結界を張ったアリエッタは、なんやかんやあって晴れて魔王ルイスの教育係を拝命する。 魔界を統べる王たるべく日々勉学に励み、幼いながらに威厳を保とうと頑張るルイスを愛でに愛でつつ、彼の家臣らと共にのんびり平和な魔界ライフを満喫するアリエッタ。 だがしかし、魔王は魔界の王。 人間とは比べ物にならない早さで成長し、成人を迎えるルイス。 徐々に少年から男の人へと成長するルイスに戸惑い、翻弄されつつも側で支え続けるアリエッタ。 確かな信頼関係を築きながらも変わりゆく二人の関係。 あれ、いつの間にか溺愛していたルイスから、溺愛され始めている…? ちょっと待って!この溺愛は想定外なのですが…! ぐんぐん成長するルイスに翻弄されたり、諦めの悪い勇者がアリエッタを取り戻すべく魔界に乗り込もうとしてきたり、アリエッタのウキウキ魔界生活は前途多難! ◇ほのぼの魔界生活となっております。 ◇創造神:作者によるファンタジー作品です。 ◇アリエッタの頭の中は割とうるさいです。一緒に騒いでください。 ◇小説家になろう様でも公開中 ◇第16回ファンタジー小説大賞で32位でした!ありがとうございました!

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

アイテムボックスだけで異世界生活

shinko
ファンタジー
いきなり異世界で目覚めた主人公、起きるとなぜか記憶が無い。 あるのはアイテムボックスだけ……。 なぜ、俺はここにいるのか。そして俺は誰なのか。 説明してくれる神も、女神もできてやしない。 よくあるファンタジーの世界の中で、 生きていくため、努力していく。 そしてついに気がつく主人公。 アイテムボックスってすごいんじゃね? お気楽に読めるハッピーファンタジーです。 よろしくお願いします。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

処理中です...