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第58話 囮作戦
しおりを挟む私達は脇目も振らずに、洞窟の中を走っていた。
後ろを振り向かなくても、そこから伝わってくる振動で何が起こっているか、何が迫って来ているかの想像はつく。だからこそ、現実逃避の意味でも絶対に後ろを見たくなかった。
もし振り返ったら、洞窟の通路を覆い尽くすほどの魔物の大群に焦って、その場で剣を振り回してしまいそうになる。
それでは洞窟が崩れるし、エリスだけじゃなく、攫われた人達も危なくなってしまう。
だからエリスは、私に『絶対に洞窟では剣を振るな』と口を酸っぱくして何度も忠告していた。
「エリス! 後どれくらいで外に出られる!?」
「もう少しだ。それまで走り続けろ!」
私の索敵が無くても、すでにエリスの脳内には辿ってきた洞窟の地図が描かれている。
エリスはまだ人間の領域を越えられていないので、走る速度はそこまで速くはない。だから私は彼女の後ろを走りながら、魔物の障害物を作りながら補助に回っていた。
でも、魔物は流石だった。
ちょっとした妨害は力づくで突破してくるし、道に油を撒いても体感がしっかりしているのか転ぶことはない。
「魔物達は私がどうにかするよ。エリスは取り残された子達をお願い!」
「だが……いや、そうだな。魔物達相手ならば、カガミに任せた方が安全だ。……決してやり過ぎるなよ」
「大丈夫だって! 安心して!」
「安心できないから言っているんだ!」
「ごめんなさい!?」
最近、やらかすことが多過ぎて反射的に謝る癖がついてしまった。
そのことに文句を言っても、自業自得だと言われるのがオチなので、黙っておくことにする。
「外に出たら、カガミはもう一度『挑発』を使え! 私は横に逸れる」
「了解!」
すでに発動している『挑発』を使う理由は、更に私への注目を上げるためだ。
エリスは気配を遮断したり、軽減させたりするスキルを持っていない。その代わりに私が目立つ必要がある。
「見えてきたぞ!」
エリスが指差す先には、光があった。
あそこが洞窟の出口だ。
「そろそろ出るぞ!」
光が徐々に近づいて、太陽の光が私達を照らした。
真っ暗な洞窟と、明るい外の差に目がチカッとしたのは一瞬。
「カガミ!」
エリスが真横に大きく跳び、私の名を呼ぶ。
「──挑発!」
真後ろから感じる視線が、より一層強いものになった。
私は振り返ることなく、走り続ける。
攫われた人達は、エリスが何とかしてくれる。
だから私は、私に出来ることをやるだけだ。
私はしばらく走り続けた。
そしたら森を出て、とても広い草原に辿り着いた。
でも、まだ我慢だ。
ここからだと巻き込んでしまう。
もう少し。
もう少しだけ、振り向くのは我慢する。
そして、一分。
「──よし」
十分に離れた。
これでもう大丈夫だ。
私は急ブレーキを掛けると、ちょっとだけ地面が盛り上がった。
完全に勢いを殺せずに数メートルほど地面を滑った後、私は剣を手に添えながらくるりと振り向く。
そして──
「死んで」
鞘から剣を抜き、一閃。
太陽にも負けない光が奔り、遅れて風が巻き起こった。
魔物達は止まることなく走り続けていた。
まるで私が見えていないかのように走り続け、通り過ぎた後……魔物は上下が真っ二つになって崩れ落ちた。
「……ふぅ」
私は一息、剣を鞘に戻す。
後ろに広がっている凄惨な死骸を一瞥し、エリスを出迎えるために走り出した。
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