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ただの授業
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「無理ですよ」
静かに、だがはっきりと口にされて言葉は、どうしようもなく非情な現実だった。
「神器に取り込まれた人は、絶対に助かりません。まだ最初の段階であれば希望はありましたが……」
「これはほぼ完全に融合している。剥がすのは無理」
「しかも、体は見るからにぐちゃぐちゃ。万が一に助けられたとしても、すぐに死にます」
──だったら、殺した方が救いになりますよ。
シエラはそう言い、漆黒の大剣を肉塊に突き刺した。
ぐちゅり、と気味が悪い音が鳴り、漂う悪臭が更に酷くなる。
「うーん、ここですかね……いや、ここ? 違うなぁ、ここですか? ……うむむ……」
まるで粘土をこねくり回すように、シエラは大剣の先で肉塊を掻き分ける。
レーナの目には、それが異常に映った。
今は肉塊だとしても、元は人間だったものだ。
漂う悪臭に対して何一つ表情を変えず、ぶつぶつと何かを呟きながら剣で弄るその姿は、誰がどう見ても異質にしか映らない。
「何を、しているのだ……?」
「何って……探しているのですよ」
「探す? 一体何を?」
「うーん、核って言えば良いのですかね?」
核と言われて思いつくのは、首領だったものの腹にある神器だ。
しかし、シエラはそれとは反対にある場所から剣を突き刺している。
「神器と一番深く繋がっている場所。それが核。シエラはそれを探している」
「し、しかし、これでわかるのか?」
レーナの問いに、ミシェルは首を横に振った。
ではどうやって探るのだ? そう言いたげな視線を向けるレーナに、ミシェルは一言。
「勘」
「……勘、だと?」
「そう、ただの勘。ここかな、ここじゃないな。それだけで判断している」
「それでは何もわからないのと一緒だ」
「……まぁ、見ていればわかる」
ミシェルは意味深にそれだけを言い、シエラの行いをただジッと見つめた。
これ以上は何も言っても教えてくれない。それを悟ったレーナも、シエラの核探しが終わるのを待つことにした。
──人の慣れとは恐ろしい。
あれほど鼻を刺激していた悪臭も、慣れた今ではどうとも思わない。
きっと、二人も同じように慣れたのだろう。自分が考えられないほどの場数を踏んだことで、この酷い有様に慣れてしまったのだろう。
レーナがそう思うのと、シエラが「あっ」と声を上げたのは、ほぼ同時だった。
「……やっと見つかったか」
「はい、お待たせしました」
「それで、その核とやらをどうするのだ?」
シエラとミシェルの二人は、神器を絶対に壊せないと断言した。
それでいてわざわざ核を探すのだから、何か他に神器をどうにかする手段があるのだろう。そう思ったレーナだったが、シエラはあっけらかんとした様子で、一言。
「何もしませんよ?」
「…………はぁ?」
「……あ、説明不足でしたね。私は、何もしません。おいで、ミシェル」
「わかった」
シエラに手招きされ、ミシェルは肉塊の近くに歩み寄る。
「ここ、この嫌ぁな感覚がするところに、核があります。わかりますか?」
「その説明でわかると思うのなら、一度死ぬことをおすすめする」
「……うーむ、なんか、ゾワッとしません?」
ミシェルに大剣を渡し、「ほら、ここ。ここです」とぐちゃぐちゃ掻き乱す。
「…………確かに、なんかゾワッとするけれど……」
「ほらっ、やっぱりわかるでしょう?」
「でも、とても小さい。これを見つけるのは、一日掛かる」
「そこは慣れですよ。……さ、学習したところで次ですよ」
「…………わかった」
ミシェルは短剣を構え、レーナには認識出来ないほどの速さでそれを振り下ろす。
──ガキンッ! と金属同士がぶつかるような音が辺りに響き渡る。思わず耳を塞ぐレーナに対して、シエラはひどく真剣な表情で肉塊を眺めていた。
「やはり、壊せませんか」
「いけると思った……」
「筋は悪くありません。ですが、まだ甘いですね」
ミシェルは悔しそうに顔を歪め、シエラがその頭をそっと優しく撫でる。
それは本当の姉妹のように見えたレーナだったが、すぐに我に返って二人に質問する。
「一体、今のはなんだったのだ?」
「ただの授業ですよ」
「は?」
「だからただの授業です。ミシェルが、どうしても自分も神器を破壊出来るようになりたいと言うので、特別に教えてあげているのです」
今のところ成功はしていませんけれどね、とシエラは笑った。
「だが、神器は壊せないと、そう言っていたではないか」
「……まぁ、そうですね。普通は出来ませんよ。ミシェルの本気でも出来ないのですから、不可能と言っても過言ではないでしょう」
「…………だがその口ぶり。シエラには出来るのか」
もしかしたらシエラならばそれが出来るのではないか。そう思っての発言だったが、やはりシエラはあっけらかんと答えた。
「流石の私もやれませんよ。出来ていたら不可能とは言いませんって」
──ガクッとその場でコケるレーナ。
「し、しかし……それでは何故核を刺せばいけると思っているのだ?」
「ただの実験です。確かに神器は人の手では壊せませんが、それと繋がっている人の部位を攻撃すれば、もしかしたら出来るのでは? と考えた結果、ミシェルと協力して授業兼実験をしているのです」
その言葉に、ミシェルはコクンッと頷いて肯定する。
なるほど、理由はわかった。
だが、問題はまだ残っているとレーナは思う。
「それでは何の解決にもなっていない。この領地が救われない」
「だから大丈夫ですって」
ピンッと人差し指を立て、シエラはレーナを安心させようと笑顔を浮かべる。
「壊せないのであれば別の方法で。ですよ」
「……ちなみに、どうやって?」
どうにも嫌な予感がする。
レーナは警戒したように、その方法とやらを質問した。
そして返ってきたのは、レーナの予想もしないことだった。
「喰います」
静かに、だがはっきりと口にされて言葉は、どうしようもなく非情な現実だった。
「神器に取り込まれた人は、絶対に助かりません。まだ最初の段階であれば希望はありましたが……」
「これはほぼ完全に融合している。剥がすのは無理」
「しかも、体は見るからにぐちゃぐちゃ。万が一に助けられたとしても、すぐに死にます」
──だったら、殺した方が救いになりますよ。
シエラはそう言い、漆黒の大剣を肉塊に突き刺した。
ぐちゅり、と気味が悪い音が鳴り、漂う悪臭が更に酷くなる。
「うーん、ここですかね……いや、ここ? 違うなぁ、ここですか? ……うむむ……」
まるで粘土をこねくり回すように、シエラは大剣の先で肉塊を掻き分ける。
レーナの目には、それが異常に映った。
今は肉塊だとしても、元は人間だったものだ。
漂う悪臭に対して何一つ表情を変えず、ぶつぶつと何かを呟きながら剣で弄るその姿は、誰がどう見ても異質にしか映らない。
「何を、しているのだ……?」
「何って……探しているのですよ」
「探す? 一体何を?」
「うーん、核って言えば良いのですかね?」
核と言われて思いつくのは、首領だったものの腹にある神器だ。
しかし、シエラはそれとは反対にある場所から剣を突き刺している。
「神器と一番深く繋がっている場所。それが核。シエラはそれを探している」
「し、しかし、これでわかるのか?」
レーナの問いに、ミシェルは首を横に振った。
ではどうやって探るのだ? そう言いたげな視線を向けるレーナに、ミシェルは一言。
「勘」
「……勘、だと?」
「そう、ただの勘。ここかな、ここじゃないな。それだけで判断している」
「それでは何もわからないのと一緒だ」
「……まぁ、見ていればわかる」
ミシェルは意味深にそれだけを言い、シエラの行いをただジッと見つめた。
これ以上は何も言っても教えてくれない。それを悟ったレーナも、シエラの核探しが終わるのを待つことにした。
──人の慣れとは恐ろしい。
あれほど鼻を刺激していた悪臭も、慣れた今ではどうとも思わない。
きっと、二人も同じように慣れたのだろう。自分が考えられないほどの場数を踏んだことで、この酷い有様に慣れてしまったのだろう。
レーナがそう思うのと、シエラが「あっ」と声を上げたのは、ほぼ同時だった。
「……やっと見つかったか」
「はい、お待たせしました」
「それで、その核とやらをどうするのだ?」
シエラとミシェルの二人は、神器を絶対に壊せないと断言した。
それでいてわざわざ核を探すのだから、何か他に神器をどうにかする手段があるのだろう。そう思ったレーナだったが、シエラはあっけらかんとした様子で、一言。
「何もしませんよ?」
「…………はぁ?」
「……あ、説明不足でしたね。私は、何もしません。おいで、ミシェル」
「わかった」
シエラに手招きされ、ミシェルは肉塊の近くに歩み寄る。
「ここ、この嫌ぁな感覚がするところに、核があります。わかりますか?」
「その説明でわかると思うのなら、一度死ぬことをおすすめする」
「……うーむ、なんか、ゾワッとしません?」
ミシェルに大剣を渡し、「ほら、ここ。ここです」とぐちゃぐちゃ掻き乱す。
「…………確かに、なんかゾワッとするけれど……」
「ほらっ、やっぱりわかるでしょう?」
「でも、とても小さい。これを見つけるのは、一日掛かる」
「そこは慣れですよ。……さ、学習したところで次ですよ」
「…………わかった」
ミシェルは短剣を構え、レーナには認識出来ないほどの速さでそれを振り下ろす。
──ガキンッ! と金属同士がぶつかるような音が辺りに響き渡る。思わず耳を塞ぐレーナに対して、シエラはひどく真剣な表情で肉塊を眺めていた。
「やはり、壊せませんか」
「いけると思った……」
「筋は悪くありません。ですが、まだ甘いですね」
ミシェルは悔しそうに顔を歪め、シエラがその頭をそっと優しく撫でる。
それは本当の姉妹のように見えたレーナだったが、すぐに我に返って二人に質問する。
「一体、今のはなんだったのだ?」
「ただの授業ですよ」
「は?」
「だからただの授業です。ミシェルが、どうしても自分も神器を破壊出来るようになりたいと言うので、特別に教えてあげているのです」
今のところ成功はしていませんけれどね、とシエラは笑った。
「だが、神器は壊せないと、そう言っていたではないか」
「……まぁ、そうですね。普通は出来ませんよ。ミシェルの本気でも出来ないのですから、不可能と言っても過言ではないでしょう」
「…………だがその口ぶり。シエラには出来るのか」
もしかしたらシエラならばそれが出来るのではないか。そう思っての発言だったが、やはりシエラはあっけらかんと答えた。
「流石の私もやれませんよ。出来ていたら不可能とは言いませんって」
──ガクッとその場でコケるレーナ。
「し、しかし……それでは何故核を刺せばいけると思っているのだ?」
「ただの実験です。確かに神器は人の手では壊せませんが、それと繋がっている人の部位を攻撃すれば、もしかしたら出来るのでは? と考えた結果、ミシェルと協力して授業兼実験をしているのです」
その言葉に、ミシェルはコクンッと頷いて肯定する。
なるほど、理由はわかった。
だが、問題はまだ残っているとレーナは思う。
「それでは何の解決にもなっていない。この領地が救われない」
「だから大丈夫ですって」
ピンッと人差し指を立て、シエラはレーナを安心させようと笑顔を浮かべる。
「壊せないのであれば別の方法で。ですよ」
「……ちなみに、どうやって?」
どうにも嫌な予感がする。
レーナは警戒したように、その方法とやらを質問した。
そして返ってきたのは、レーナの予想もしないことだった。
「喰います」
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