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25 大人もたまにはこうやって!

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 暗然とした土日を跨いで月曜日。

 フラフト部のメンバーは職員室に呼び出しを喰らった。
 きっとこうなるだろうと覚悟していたので、俺はなにも不思議に思わなかった。

 以前と同様、教頭の指示によって横並びに整列させられる。
 俺、日陽、颯、睡蓮……。

 教頭は左右に視線を巡らせ、それぞれの顔を順番に睨み付けた。

「一人足りないようですが?」
「妹尾は休みです」

 と、早乙女先生。
 普段なら爽やかな笑みを絶やさない彼も、今回ばかりは表情が強張っている。

 先生が言ったように、この日涙衣は学校を休んだ。
 理由は言わずもがなだろう。
 負い目を感じているわけではないけれど、やはり俺の心境としては複雑だった。

「みなさん。ご自分が置かれている状況は理解していることと思いますが」

 教頭は勿体付けた口振りで、しかし容赦なく本題を突き付けた。

「フラフトの集会は本日を持って解散。今後、一切の活動を禁止します」
「そんな!」

 睡蓮が鋭く叫ぶ。

「お待ちください。いきなりそんなことを言われても納得いきませんわ」

「フラフト部の設立は確かに却下したはずです。
 再三の忠告を無視して大会出場に踏み切った件、教頭として最早容認することはできかねます」

 こればっかりは反論のしようがない。
 学校側に中指を立てて勝手に出場しているわけだから、文句くらいは甘んじて受け入れよう。

 しかし事実、俺たちは試合に勝った。
 実績云々の話は置いておくにしろ、ここでリタイアするのは三棚高専に対する侮辱行為に等しい。

「我々は正々堂々と試合を行い、その結果勝利を収めました。数日後には二回戦が控えております。この状況で活動禁止だなんて、あまりにも横暴ですわ!」

 そうだそうだ。
 俺は腕組みをして、睡蓮の言葉にうんうんと相槌を打った。

「横暴なのはあなたたちでしょう」

 教頭も断固として退こうとしない。

 学校側の主張は以前聞かされたとおり。
 フラフトは危ない、事故が起きた際に責任が取れない、と。

 故に、あちらにもまた譲れないものがある。
 その信念は睡蓮とは違う形をしているけれど根本的には似たようなものだ。
 結局はどちらも自分の意見を押し通すことしか考えておらず、互いに折衷案を模索し合うどころか、相手の意見に耳を貸そうとすらしていない状態だった。

 ただそうなると、教頭の方が有利な立場にある。 

「あまり度が過ぎる場合、除籍という処罰を取らざるを得ません」

 俺の隣で日陽がごくりと喉を鳴らす。

 除籍。
 つまりは退学処分。
 今回ばかりはさすがの睡蓮もたじろいだ。

 最後通告を前にしては、迂闊に反駁などできるはずがない。
 睡蓮は横目で俺たちのことを伺っていたが、こちらとしても助け舟を出せる状況ではなかった。

「…………」

 フラフト部に未来はない。
 手も足も出ない現状に、俺の胸中は煮え滾るような思いで溢れていた。

 別に全てが上手くいくと楽観していたわけじゃない。
 結果を出せば教頭が頷いてくれるだなんて、そんな都合のいい話を本気で信じていたわけでもない。
 ただ、万に一つの可能性に賭けてみたというだけだ。
 それが俺たちに出来る唯一の方法だったから。

「……潮時だな」

 俺は誰にも聞こえないよう、小さな声で呟いた。

 フラフト部はここまでだ。
 我ながらよく頑張ったと思う。

 期待するだけ無駄だったんだ。
 向こうに折れる気がないのだから、あれこれ策を練ったところでなんの意味もない。
 でも俺自身、薄々とは気付いていたはずだ。
 学校なんてその程度の場所で、この先の人間社会も似たようなものなのだろう、って。

 目を逸らしてきた“現実”が、いよいよ明るみになる。
 人生そのものに対する諦めにも似た虚しさと向き合い始めた、その時──。

「お言葉ですが」

 まだ一人、俺たちに味方する大人がいた。

「フラフト部を大会に出場するよう唆したのは私です」

「えっ?」

 え、ええっ!?

 早乙女先生の思い掛けない言葉に、俺はぎょっと目を剥いた。
 教頭も全く同じ反応をしていた。

「さ、早乙女先生? いったいなにを」

 先生は素知らぬ顔で、俺の横に並び立つ。

「この戸坂赤士は私のクラスの生徒です。
 彼の素行はそれはそれは目に余る問題児そのものでして、
 遅刻早退は当たり前、授業態度もすこぶる悪く、煙草に喧嘩に校則違反とやりたい放題。
 担任の私も手を焼かされています」

「お、俺そんなことやってません。九割盛られて……あっ」

 怖い。筋肉ゴリラにぎろりと睨まれ、俺は口を噤んだ。

「しかしどうしたことでしょう。
 そんな不良生徒が自分の口からスポーツをやりたいと言うのです。
 新しく部を設立してまで、フラフトという競技の世界に飛び込みたいというのです。
 教頭、私は驚きましたよ。他の生徒ならともかく、あの戸坂が自主的に動くなんて」

 早乙女先生のどこか嬉しげな口調に、教頭は唸るように嘆息する。

「それであなたも焼きが回ったと?」

「かもしれませんな。
 少なくとも今の彼は本気でフラフトに取り組んでいます。
 その証拠に彼の周りには、こんなにもたくさんの仲間が集まりました。
 彼らは一丸となり、我々に否定されようとも自分たちの意志を貫き、初出場にも関わらず一勝をもぎ取ってみせた。
 これほどまでの直向きさを見せられて、どうしてそれを否定することができましょう?」

「ここは学び舎で、我々は教師です。
 生徒たちと真正面から向き合い、盲目に突き進む彼らを導くのが我々の仕事でしょう」

「盲目はどちらですか!!」

 突然の大きな叫びに、おそらく場の全員が一瞬びくりと震えた。

「教師の役目は生徒と向き合うことではありません、生徒の背を押してあげることです。──他ならぬ、あなたの言葉じゃないですか!」
「な、早乙女先生……」
「オレの背中を押してくれたはずの大人が、今度はオレの教え子たちの行く手を阻もうとしている。
 あんたは今、かつてあんた自身が最も忌み嫌っていた姿になった!
 生徒の心を汲み取らず、保護者や己のメンツばかりを気に掛けるクソッタレの先公となった!」
「……っ」

 お、おう。

 俺は圧倒されるがまま、両者のやりとりを呆気に取られて見守っていた。

 教頭はよろめき、たまらず背後の机に手を付く。
 彼らの関係性など俺には知る由もないが、血相を変えて叫ぶ早乙女先生の言葉は、少なからず教頭にダメージを与えたようだ。

「……どうりでおかしいと思いました」

 頭痛に額を押さえながら、教頭がぼそぼそと呟く。

「そもそも大会に出場するにはその連盟への加入と校長による署名が必須。
 それらを根回ししたのも早乙女先生、あなたの仕業だったのですね」

 早乙女先生は目を伏せ、静かに頭を下げた。

「勝手な行動を取ってしまい申し訳ない」

「校長が許可を下した以上、今更私がなにを言っても無駄でしょう。
 だけど、いったいなぜ校長はそのようなイレギュラーを認めたのかしら?」

 眼鏡の向こう、虚ろな眼差しが睡蓮の顔に留まる。
 ふと教頭の口元に薄く笑みが浮かんだ。

「……ああ。そういうことでしたか」

 一人で勝手に納得する教頭を見て、睡蓮はきょとんと目を丸くした。

「私からのお話は以上です。お時間を取らせましたね、フラフト部のみなさん」

 教頭は自分を落ち着かせるように深呼吸を挟んだ。

「ですが私はまだ全てを承知したわけではありません。
 フラフトに関し、私の他にも不賛成な先生方はいらっしゃるでしょう。
 部の設立に対し、不公平だと思う生徒も出てくるでしょう。
 あなた方がもしも目に余る行為をするようであれば、私は今後も口を出すつもりでいます」

 彼女の表情は怒っているのか微笑んでいるのかよくわからない。
 ただ──、

「あなたもですよ。フラフト部顧問の早乙女先生」

 早乙女先生に向けられた呆れ顔は、目に見えて優しい眼差しだった。

「次の試合、頑張って頂戴」

 それだけ言い残し、教頭は職員室から出ていった。


 残された俺たちは互いの顔を見比べ、その視線は最終的に早乙女先生のところに集まる。

「先生」
「ま、たまにはな」

 彼は照れくさそうに首を押さえ、

「童心に戻るって言うのかな。お前らみたいなのを見ていると、先生も馬鹿をやってみたくなるんだよ」
「ありがとう、先生」
「感謝感激ですわ。お力添えいただき、なんとお礼申し上げればよいのか……」

 今にも泣き出しそうな睡蓮に、早乙女先生はわたわたと両手を振った。

「ああっ、よしてくれ。先生はそういうくすぐったいのは苦手だ! ふんふんっ!」

 しんみりとした空気感に耐え切れなくなったのか、先生は突然スクワットを始めた。

「まあそんなわけで! 今日から先生がフラフト部の顧問だ! よろしく頼もう!」
「こちらこそ、先生」

 俺たちは揃って頷き返した。
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