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19 うちのエースをなめないで!
しおりを挟むキックオフ。
三棚高専、チップキック。
ボールはレイラへ。
「さっきはちぃとばかりビビらされたが、勝つのはあたしら三棚だ。お手並み拝見といこうかねぇ、軽千代ォ!」
スラスタ点火。
ボールを抱えたまま真っ直ぐに突っ込んでくる。
「にゃろう。一人で来るのか」
「おれたちも行こう!」
逆サイドの颯が即座に反応。少し出遅れて俺もカットに向かう。
向かい風だ、周囲に目を配る余裕はない。
とにかく一度ボールを奪うことを最優先に考えた。
「赤士、真横にまわってくれ」
「任しな」
向こうは一人。左右にパスを渡す対象はいない。
「二対一なら止められる!」
だが接触の直前、
「素人が! 常套手段なんだよォ!」
掠め取ろうと俺は足を伸ばした。
……ない。取れない。
レイラはボールを持っていない!
「馬鹿、下よ!」
涙衣から指示が飛んでくる。
俺は言われた方角を見下ろした。
落下していくボール、待ち構えるのはリーゼント頭の敵FW。
「落としたのか、ボールを」
「ナイスだ、真十郎!」
パスが繋がった。
敵の攻撃陣が前進してくる。
「こなくそっ」
腕を捩り、強引に体勢を立て直す。
「赤士追うな! 滑空しても間に合わない!」
颯が叫ぶ。俺は無視した。
「自分のケツは自分で拭くッ!」
ランドセルの設計上、垂直方向への降下は不可能に近い。
しかしそれはあくまでもスラスタの推進力を頼った場合の話だ。
「じゃ、これならどうだ?」
俺はランドセルのエンジンを切った。
「赤士なにを!?」
「わぁ♡」
「なっ──!」
「なにしとんねん!!」
「嘘っ! あんな危ないこと!」
「戸坂君ッ!!?!?」
急速落下────!!
風が顔にまとわりつく。
耳鳴り。ブラックアウト。息ができない。肺が痛い。喉の奥から酸素を吸い上げられていく感覚。
でもっ!!
「俺の方が速ぇんだよぉぉぉおお!!」
エンジン再始動。
急降下の後、片側のスラスタを点火して直角に方向転換。リーゼント頭の真十郎のすぐ脇につける。
軽く眩暈のする頭に大歓声が飛び込んでくる。
止め処なく押し寄せるスリルと熱狂に、思わず顔が綻んだ。
そうだ、これをやりたかった!
状況としては相手は前進、俺は後退、決して優勢とはいえないだろう。
しかし足を伸ばせばボールは取れる。これだけ張り付いていれば、向こうも突破するのは一筋縄ではいかないはずだ。
「オラオラどしたぁ!」
「くっ」
真十郎、急ブレーキ。
風圧でリーゼントが潰れる。俺も慌てて速度を落とす。
が、彼はもうパスを出していた。
ボールは俺の頭上を越え、フィールドの中央へと飛んだ。
「そっち行ったぞ!」
俺が言い終えるよりも早く、ボールは三棚のMFの足元に収まった。
相手チーム全選手前進。
残り数メートルでペナルティエリア内だ。
「あたしが押し返すっ!」
涙衣、全速力で敵MFを迎え撃つ。
睡蓮はパスコースのカットへ。
颯がレイラのマークに当たったのを見て、俺は引き続きFWの真十郎を追う。
保険に過ぎないが、もう一度さっきの立体パスを使われる可能性も十分に考えられた。
だがそれは杞憂に終わった。
「教えてあげる。こういう技もあるの」
涙衣、相手MF、エンゲージ。
交戦の刹那、涙衣はスライディングでボールを持った選手の真下へと滑り込む。
しかし相手は両足でボールを抱え、涙衣の上を飛び越えていく。
「甘いな」
「あなたがね」
涙衣、スラスタを点火。
仰向けからのムーンサルト、そしてそのまま爪先でボールを掠め取る。
奪った。涙衣がボールを奪い取った!
「凄い! 涙衣さん、ナイスカットですわ!」
「戸坂君っ!」
俺は咄嗟に相手ゴールを指差した。
「ありったけ前へ!」
「了解よ」
敵陣地に向けて容赦のないパスが蹴り出される。
ボールは風に乗り、ハーフウェーラインを飛び越えて相手エンドへ。
あちら側に残っているのはDFとGKの2人だけ。
他は戻ってくるまでに時間を要する。
俺は向きを変えてスラスタを吹かせた。
目指すは着弾地点の少し下。目測で30メートル、敵DFよりも先に追い付ける!
間に合え。
間に合えっ!!
「っしゃあ!」
キープ。上手く拾った。
正面から敵DFが迫る。
「味方は!?」
ちらと右上を確認。
颯が敵ペナルティエリア内へと流れていく。
オフサイドはギリギリ。マークはいない。この距離なら間違いなくパスは通る。
「入れてくれよ」
俺はボールを上げた。
ロングパス。
目指した場所からはだいぶズレていた。しかしあとは颯が調整してくれる。
「くそっ、クロスだ! ディフェンス急げ! 倒すんじゃないよ!」
レイラが叫ぶ。
「だがもう遅ぇ!」
「………ふーっ」
颯、シュート体勢に入る。
彼は人差し指を掲げ、空をなぞった。
観客を煽っているのか?
……いや違う。コースの計算だ。
俺がパスしたボールに、颯の左足がダイレクトで叩き込まれる。
「キーパー! 勇太、止めろォォォオ!」
浮いたボールを真横から叩く強烈なシュート。
形状が歪むほどの力を掛けられ、ボールは一瞬コースを外れたように見えた。
だが軌道は弧を描き、GKの左頬を掠めて客席へと吸い込まれていく。
光のネットが今、緑から赤に変わる。
入った。確かに入った!
「ご、ゴ ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ル ッ !!!!!!!!」
軽千代高校、先制。
前半開始から僅か3分足らずでの出来事だった。
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