上 下
17 / 29

17 今回はオレの視点やで!

しおりを挟む

 赤士たちと同じスタジアムにて────。

「はいはい、どいてどいて」

 うだるような炎天下。
 明るい茶髪の少年が、観客席の階段を二段飛ばしで駆け上がっていく。

 両手にぶら下げたいくつものビニール袋からは、ふわりふわりと香ばしい湯気が立ち昇る。
 彼は人の荒波に揉まれながら、やっとのことで自分と同じ制服姿の一団を見つけた。

「マッハゴー、ただいま戻りました!」

「豪おっそーい。ロナずーっと待ってたんですけどー」

 出会い頭、日傘を差したショートポニーの少女がきつい言葉をぶつけてくる。

「このグズ♡ ノロマ♡ のんびりカメさん♡」

 豪は今にも泣きそうになりながら、

「か、勘弁してくださいよぉ。自分階段の近くの席って言うてはりましたやん」

 訛りはまだ抜け切らない。彼は春先に上京してきたばかりだった。

「ところでおつかい済んだー?」
「そらもう、つつがなく」

 豪は得意気に自分の胸を叩く。

「まずはロナ部長のきなこ揚げパンやろ」

 不機嫌そうにむくれていた揺川ゆるかわロナは表情を反転させ、

「おほぉ♡ 去年よりおっきい♡」

 豪から注文の品を受け取るや、小さな口でかぷりといった。

「んーっ♡ やっぱここの揚げパン最っ高ー!」

「ええと、この袋は……クロックムッシュや。これ、みさき先輩のです」
「どうもすみません。わたしまで甘えちゃって」

 ぱっつん前髪の長身美女、大野城おおのじょうみさきが手を伸ばす。
 豪は袋といくらかの釣り銭を渡した。

「……豪さん?」
「はい?」
「冷え冷えなんですが……」
「げっ、ほんまですか!」

 やってしまったと青ざめる豪だったが、

「なんて。嘘です」

 みさきは悪戯っぽくチロと舌を覗かせる。

「あかん。またやられた。」

 豪は自嘲するように笑いながら眉間を押さえた。

「みさき先輩の嘘に騙されるの、これで何度目やろか」
「うふふ。まだ温かいですね」
「オレ滅茶苦茶急ぎましたもん。遅い鈍いと言われてはマッハゴーの名が廃りますわ」
「だけどお釣りが足りません」
「んなアホな!」
「嘘ですっ」

 まったりとしたみさきと、スピードの世界に生きる豪。
 両者の関係は水と油だが、傍から見ると結構仲が良かった。

「あとこれは、棋士浦先輩やな。焼きそば一丁お待たせしました」
「すまない」

 肩幅の広い短髪の男、棋士浦玄徳きしうらげんとくは仏頂面のまま短い礼を告げる。
 それ以上の反応は見せず、豪としてもそのことを気に留めたりはしなかった。

「しっかし……みなさん、よう食いますなぁ」
「んー? そーぉ?」
「だってついさっき昼飯食ったやないですか」
「そういう豪さんもしっかりと買い込んでいらっしゃいますねぇ」

 痛いところを指摘され、豪は手に持ったままのビニール袋を背中に隠した。

「や、これはですね……あはは。まあ、良いやないですか。試合長いんだし」
「たこ焼きー? お好み焼きー? ロナも一口食べたーい」

 豪は演技めいた動作で、頭を振ってみせる。

「ただのバーガーですよ。たこ焼きなんてとてもとても。都会の粉物は高くて手が出せませんわ。ソースの量もドケチやし、ボリ過ぎやろ」
「えー? 美味しければ別によくなーい?」
「ですね」

 ロナの後に、みさきも続く。

「賑やかな場では自然とお財布の紐も緩くなるものです。或いは不当に吊り上げられた物価こそがお祭りの証、いわば醍醐味なのかもしれませんね」
「醍醐味、ねえ」

 皺だらけの湿気たハンバーガーを眺め、豪はふんと鼻を鳴らす。
 最後に「嘘です」が付け加えられないのを確認してから、バーガーにぱくついた。


 しばらくして入場のアナウンスが入った。

 姿はまだ見えない。豪はスマートフォンで大会の日程表を開く。
 大会初日の第二試合、三棚高専と軽千代高校のカード。

「軽千代。鉄砲玉の学校か」

 引ったくり犯を追った時のことを思い出す。

 豪はあの後、戸坂赤士の名を一応調べた。
 しかしヒットするのはよく似た名前のバイクレーサーの情報ばかり。
 そのレーサーも既に故人とのことで、彼は無駄な時間を過ごしてしまった。

 多分、自分はからかわれたのだろう。
 そう思い込んでいた豪だったが────。

「不思議なめぐり合わせがあったものや」

 彼がなにより解せなかったのが、先輩たちが今朝になって突然「試合を観に行く」と言い出したことだ。

 直前まで敵情視察の予定はなかった。
 事実、他の部員たちは今も別の場所で練習を続けている。
 ましてや無名校同士の試合だ。なにを思い立ってのことなのか、豪は未だに納得できずにいた。

「あの、先輩方? なんだって急にこんなことしてるんです?」

 と、豪は思い切って訊ねた。

「見応えのあるカードってわけでもあらへんのに、わざわざ練習サボってまで観戦なんて……」

「豪ー? そーんなこともわからないのー?」

 彼の懸念したとおり、ロナには鼻で笑われた。
 代わってみさきが質問に答えた。

「星虹大の伝統だからですよ」
「伝統。観戦が、ですか?」
「はい。名の知れた学校ばかりが強敵とは限りません。
 フラフトは人と人が争う競技。チームは常に入れ替わります。
 たった一人のイレギュラーを相手に、足元を掬われる可能性だって十分にあるでしょう?」

 うちのキーパーのことだ──豪は即座にそう気付いた。

 新入生、棋士浦玄徳の活躍により、星虹大附属は前大会でかつてない功績を残している。
 データにない新人、即ちジョーカーとなり得る新入部員はどの学校にだって存在し得る。

 今日は大会の初日。
 各校がまだ手探りの状況である以上、敵情視察は重要な意味を持つのだろう。

「……あれ? じゃあ午前中の試合は観なくてもよかったんやろか?」

 自分の言葉に豪はハッとなる。

「……みさき先輩? もしかして嘘です?」

 彼女はにっこり微笑んで、

「はい嘘ですっ。伝統なんてありませんっ」
「やっぱりかーい!」

 これでは話にならないと視線でロナに訴えるも、

「ばーか♡ まぬけ♡ カモまる出し♡」

 甘ったるい声で煽られた。

「はぁ。そんな意地悪言わんといてくださいよ」
「えー? ロナにディスられて嬉しいくせに♡」


 冗談はさておき。

「軽千代と三棚の試合についてだけどさー」

 ふと、ロナが語り始める。
 彼女が見つめる先では丁度、コートを描画する光センサーが作動し始めたところだった。

「まあ実を言うとロナもよく知らないんだー。でもあいつが言うんだから、まず間違いないかなーって」
「キャップが?」
「そ。なんでも、お気に入りの子がいるらしいよー」

 選手入場。
 会場に拍手と歓声の波が押し寄せる。

 大空へと舞う、黒と薄紫のユニフォーム。

 これまで寡黙を貫いていた玄徳は、その口元に微かな笑みを覗かせた。

「我らが大将のお墨付き、精々楽しませてもらおうじゃないか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

私を追い出しても大丈夫だというのなら、どうぞそうなさってください

新野乃花(大舟)
恋愛
ハイデル第二王子と婚約関係にあった、貴族令嬢のメリア。しかしある日、ハイデルは突然にメリアとの婚約を破棄したうえ、新しい婚約者として自身の幼馴染であるアリッサを迎え入れると宣言する。自分がいなくなったら王宮は破滅すると警告を発するメリアだったものの、ハイデルはそんな彼女の言葉に一切耳を貸さず、結局一方的にメリアの事を追い出してしまう。メリアの言葉は負け惜しみに過ぎないと思っていたハイデルだったが、メリアが予言した通りに自分の地位が少しずつ崩壊していく姿を目の当たりにして、彼女の言っていたことは本当だったのだと理解するも、時すでに遅しであり…。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

あなたと妹がキモ……恐いので、婚約破棄でOKです。あ、あと慰謝料ください。

百谷シカ
恋愛
「妹が帰って来たので、今日はこれにて。また連絡するよ、ルイゾン」 「えっ? あ……」 婚約中のティボー伯爵令息マルク・バゼーヌが、結婚準備も兼ねた食事会を中座した。 理由は、出戻りした妹フェリシエンヌの涙の乱入。 それからというもの、まったく音沙汰ナシよ。 結婚予定日が迫り連絡してみたら、もう、最悪。 「君には良き姉としてフェリシエンヌを支えてほしい。婿探しを手伝ってくれ」 「お兄様のように素敵な方なんて、この世にいるわけがないわ」 「えっ? あ……ええっ!?」 私はシドニー伯爵令嬢ルイゾン・ジュアン。 婚約者とその妹の仲が良すぎて、若干の悪寒に震えている。 そして。 「あなたなんかにお兄様は渡さないわ!」 「無責任だな。妹の婿候補を連れて来られないなら、君との婚約は破棄させてもらう」 「あー……それで、結構です」 まったく、馬鹿にされたものだわ! 私はフェリシエンヌにあらぬ噂を流され、有責者として婚約を破棄された。 「お兄様を誘惑し、私を侮辱した罪は、すっごく重いんだからね!」 なんと、まさかの慰謝料請求される側。 困った私は、幼馴染のラモー伯爵令息リシャール・サヴァチエに助けを求めた。 彼は宮廷で執政官補佐を務めているから、法律に詳しいはず……

仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...