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14 勝手にやらせてもらうんで!

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「で?」

 放課後の部室。

「「「「で?」」」」

 涙衣の呟いた疑問の声に、全く同じ反響が4件。

「どうすんのか訊いてんのよ」
「なにがだ?」
「部活よ部活! フラフト部!」

 痺れを切らした涙衣が机をバンっと叩く。

「教頭の話聞いてたでしょ。学校側はフラフト部の設立を認めない、って!」
「そうデカい声で騒ぐなよ。ちゃんと聞こえてっから」
「なんで? なんであんたらそんなに余裕でいられるわけ!?」

 むしろなにをそんなに熱くなっているんだ?

「悔しくないの!? このままナメられっぱなしで本当にいいの!?」
「おい、落ち着こうぜ」
「ムキーッ!! むかつくむかつく!! ばかあほうんちくそばばあ!!!」
「幼児退行すな」

 これでは話が進まない。
 涙衣の癇癪は一旦置いておくとして。

「ごめんっ!」

  ひとまず俺は謝罪の意として頭を下げた。

「……みんなには悪いことしたって思ってるよ」

 元を辿れば俺が巻いた種だ。

「軽率だった。アイス落っことされたくらいでカッとなっちまって」

 真新しい秘密道具を手に入れて、浮かれていたというのもある。

 昨日のフライトで身に染みた。
 あれは異能と言っても差し支えない代物だ。
 重力から解放され、普段の何倍もの速度で立体移動を可能にするわけだから、全能感に溺れていた節は否めない。

「自分の行動が招く結果について、もう少し考えるべきだったよ」
「……あ、う……っ」

 日陽がなにか言おうとして口籠る。

「……あー」

 完全に空気が死んだ。
 みんな言葉を失ってしまって、しかも窺うような眼差しがチクチクと刺さる。

「な、なーんてな」

 シリアスな雰囲気に耐え切れず、俺はあえておどけてみせた。

「ケジメだよケジメ。一応謝っておこうってだけ。別に本気で負い目を感じてるわけじゃねえから」
「と、戸坂さん……」
「ほら、警察には感謝されてるわけだし? じゃあ正しいのは俺ってことじゃん?」

「そうだよ」

 と、真っ先に肯定してくれたのは颯だった。

「誰も赤士のせいだなんて思ってないよ」
「お、おう」

 真正面から言われるとさすがに照れるな。

「ほ、ホントに?」
「うん。だよね、部長さん」

「え、ええ」

 睡蓮はまだ少し硬い表情をしていたが、頬をぐにぐにと揉んで無理矢理笑顔を作り上げた。

「当然っ! この偉業は赤士さんの手柄ですわ。ですので大いに誇ってくださいまし」
「みなさんの言うとおりですよ、戸坂さん」

 と、日陽まで。

「その、私はあの、なにもお手伝いできませんでしたけど」

 言葉を探し、口先をもごもごと動かす。

「す、すごく、感謝してます。戸坂さんが助けてくれたお陰で、私、バイクに撥ねられずに済みました。折角のアイスは無駄になっちゃいましたけど……」
「似鳥」
「だ、だから────えっと」

 言い掛けて、日陽は小さくかぶりを振った。
 口から出そうになった言葉を振り払うようにして、それっぽい代替を繋げる。

「アイス屋さん。また行きましょうね」

「……ああ。お前の奢りでな」

 俺は大きく頷き返した。

 彼女が本来言おうとしていた言葉はなんとなく察しが付いた。
 多分、俺が責任を取ってここから去ることを危惧していたんだと思う。


「じ、じゃあ、あの……フラフト部の件ですが……」

 触れづらいところに日陽が切り込む。

「降りたい方がいらっしゃったら、遠慮なく仰ってください」

 互いに互いの顔を見比べる。

「先生の言い分は正しいです。フラフトは危ない競技です。怪我の可能性も、命の危険性も、他のスポーツの比ではありません。でも──」

 日陽は淀みなく言った。

「私は続けます」

 微塵の迷いすら存在しない、はっきりとした決意表明だった。

「こんな足ですし、地上にいるよりも空の方が安全なので。えへへ」

「わたくしも屈するつもりはありませんわ」

 次いで睡蓮が手を挙げる。

「学校での活動は制限されてしまいましたが、所詮はそれだけの話です。わたくしの有り余る資金とコネを持ってすれば、フラフトの安全性を最大限まで高めることができますわ」

「おれもやるよ」

 と、颯も乗った。

「道路を歩けば車に轢かれる。食事をすれば喉に詰まる。お風呂で溺れることだってある。リスクを恐れてばかりいたら、生きてる意味すらなくなるよ」

 視線が俺に集まってくる。
 なにを今更。俺は肩を竦めて笑ってやった。

「訊くなよ。それがやりたくて入ったんだから」

 では最後だ。

「妹尾は……」

「なによ。やるに決まってるでしょ」

 涙衣はパイプ椅子に踏ん反り返って鼻を鳴らした。

「あたしは元フラフト部よ。いちいちビビるかっつーの」
「おっ、頼もしいねえ」
「ふんっ。副部長として、このまま終わらせるつもりはないわ」

 ……おや?
 こいつはいつの間に副部長になったんだ?

「あの先公に目に物見せてやるんだから。なにがなんでもフラフト部を承認させるわよ」

「でもどうやって認めさせるんだ?」

 あれだけ正論を並べられると捲るのは容易なことではない。
 中途半端な言い訳をしたところで、俺たちがワガママしているようにしか映らないだろう。

「実績がある相手には強く言えないんじゃないかな」

 颯は頬杖を付いたまま、机に散らかっていたプリントをひらひらと揺する。

「たとえばこれとかね」

 第十回全国高等学校フライングフットボール・サマーカップ。

 おそらくこれが、今の俺たちに用意できる最大限の口説き文句だろう。
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