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13 大人はいつもそうやって!

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『――以上の5名。至急、職員室まで来るように』

 校内放送で名指しの招集が掛かり、二年A組は万雷の拍手に包まれた。

「聞いたぜ、赤士。ひったくり犯を捕まえたんだってな」
「オートバイ相手に追い付いたってマジ? 戸坂君早過ぎーっ!」

 先日の俺たちによる功績は、既にみんなの知るところとなっていた。

「や、どーもどーも。フラフト部です。俺がフラフト部の戸坂赤士です」

 正確には犯人特定に繋がる情報を提供したというだけだ。
 しかし噂の中で尾鰭が付いて、なぜか『フラフト部とかいうやつらが引ったくり犯を捕まえた』ことになってしまっているらしい。

 まあ俺としても悪い気はしなかった。
 アイスの件は未だに根に持っているが、この手柄には代えられない。
 犯人には余罪があったらしく、警察から感謝の言葉も届いていると聞いた。


 そんなわけで、俺は涙衣とともにスキップしながら職員室へと向かう。

「金一封とか貰えるんかなぁ」
「がめついわね。表彰されるだけでも光栄なことなのよ」


 しかし結論から言うと、そこには俺の望むようなものは何一つとして用意されていなかった。


「失礼しまーす……っと、んん?」

 まず初めに、職員室に入ると冷ややかな静寂に出迎えられた。
 行き交う教師たちの視線は、どこか俺と涙衣を憐れんでいるふうにも見える。

「先生、来ましたよ」
「早いな。全員揃うまでそこに立って待ってろ」

 早乙女先生の声音にもいつもの勢いがなく、俺は災いを予感した。

 そして5分と経たないうちに、その懸念は的中することとなる。

「遅くなってすみませんっ」

 日陽が担任教師と一緒にやってきた。
 次いで睡蓮が、最後に気だるげな颯が列に加わり、呼び出された顔ぶれは出揃った。

 いずれの面持ちにも光はなく、どこか不安や懐疑の念が見え隠れしている。

「…………空気重くね?」

 小声で涙衣に訊ねたら舌打ちを返された。なぜ??


 それからもう一人、遅れてやってくる者がいた。
 50代の女教師だ。釣れた眉に銀縁の眼鏡、その奥に覗く眼差しは凄然と研ぎ澄まされている。
 確か彼女は軽千代高校の教頭だったか。

  教頭は俺たちの前に立ち、それぞれの顔を順番に見つめ、

「さ、手早く済ませましょうか」

 と、話を始めた。一番遅かったくせにね。

「今朝、学校の方に電話がありました。昨日の夕方、軽千代うちの生徒が道路の真ん中を飛び回っていたとのことです」

 俺はみんなの横顔を一瞥した。
 涙衣は顔をしかめ、日陽は俯き、颯は退屈げに指先を弄んでいる。
 睡蓮だけはなにやらアイコンタクトを送ってきた。

「……?」

 まったく理解はできなかったが、ひとまず黙秘を貫くことにしておいた。

「同時に警察からも連絡をいただきました。ひったくり犯の逮捕に協力したと聞きましたが、日時、時間ともに先の通報と一致しています。どちらも事実に相違ありませんね?」
「間違いありませんわ!」

 ドヤッといつものように睡蓮が胸を強調させる。
 さっきの合図はいったいなんだったんだ??

「我がフラフト部の期待のホープ・戸坂赤士さんの勇敢な行動によって、無事に犯人を捕らえることができました。これは名誉ある功労であり、部長のわたくしとしても鼻が高――」

「水面埼さん」

 教頭はわざとらしい咳払いで睡蓮の言葉を遮った。

「フラフト部発足の件について、我々は十分に話し合ったはずですよ」
「…………ええと」

 途端に睡蓮がどもる。

「それは……その……」
「不許可との旨は既にお伝えしたはずです。学校側はフラフト部の活動を認めていません」
「な、納得いきませんわ!」

 すかさず睡蓮は反論した。

「頭ごなしに否定するばかりでなく、駄目な理由をお聞かせください!」

 教頭は溜息を吐き、あくまでも落ち着いた口調で語った。

「一つ、部活動の新規設立は前年度中にと決まっています。
 一つ、軽千代高校の部活動である以上、学校の規則には従ってもらう必要があります。
 一つ、フライング・フットボールなどという危険な競技を我々は認めるわけにはいきません」

 教頭の言葉は頑なだったが、睡蓮の側も怯まない。

「フラフトが認可されている学校は他にいくらでもありますわ。
 危険を伴うのはどのスポーツも同じこと。もう少し明確な理由をご提示いただけますか?」

「有事の際、学校として責任を取ることができないからです」

「責任はわたくしが──」

「お金で命は買えませんよ」


 言葉は短く、しかし俺は頭を殴られたような気がした。

 スリルの向こう側に待つのは不可逆の未来だ。
 未だ帰らない──二度と帰ることのない、父の笑顔が脳裏を掠める。


「水面崎さん。確かにあなたの仰るように、スポーツに怪我は付きものです。
 しかしフラフトという競技はそのリスクがあまりにも高過ぎます。
 もしもこの場の誰かが取り返しの付かない状況に陥った時、あなたになにができますか。
 いえ、あなただけではありませんね。我々教師にできることがありますか」

 彼女は最後にこう付け加えた。

「……もっとも、私がわざわざお伝えするまでもないのでしょうが」

 睡蓮はなにも言わなかった。
 言い返せなかったのかもしれない。

「……っ」

 ただただその場に立ち尽くし、垂れ下がった両手だけが震えている。
 その拳がいつか殴り掛かるのではないかと俺は気が気でなかった。
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