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12 オレが噂のエースやで!
しおりを挟む「戸坂くん!」
「赤士さんっ!!」
涙衣と睡蓮が現場に到着した頃。
「おっす」
「なんやお前ら、今更来たんか」
夕暮れの空をバックに、俺と関西弁は捨て去られたバイクの傍でへたり込んでいた。
「似鳥は?」
「無事よ。流鏑馬君が付いてくれてる」
「それよりも犯人の方は──」
強張った表情の睡蓮に、俺はぎこちない笑みを返した。
そうだな、なんて説明したら良いものか。
「ああ、先輩。これにはちょっとした事情がありまして」
「本気で殺っちゃったんですの!?」
「ん!? 物騒な勘違いはやめて!?」
「で、ではそちらの半壊したバイクは……」
俺は視線を落とし、傷だらけになったバイクを軽く撫でる。
「別に事故ったわけじゃないんスよ。野郎が捨ててったってだけで」
「それは残念。逃げられてしまったのですね……」
「逃がしてやったんや」
と、間髪入れずに男が口を挟む。
「バイク取り押さえとるのが見えんのか。警察がナンバー照合すれば一発や。読んで字の如く、泳がせとるっちゅーことやね」
「そのバイクも元を辿れば盗品だったりして」
涙衣が軽口を叩く。
彼女はいつもの調子で毒を吐いただけなのだろうが、男の方はそうは受け取らなかった。
「なんやお前。文句あんならハッキリ言ったらどうや」
「別に。あたしは可能性の話をしただけよ」
「……ケッ。面白くないお嬢さんや」
まるで悪びれない涙衣の態度に、男はツンと唇を尖らせた。
それから彼はだるそうに立ち上がって、尻の埃を手で払う。
「あかんあかん。面倒事は勘弁や。あとは任せた。オレはもう帰る」
「あ、ちょっと」
俺はその背中を呼び止めた。
手伝ってもらった礼がまだ済んでいない。
ただ、向こうは向こうで消化不良の部分があったらしく、
「おっと。そういや聞いておかなあかんなぁ」
振り向いた顔が、挑発的に歪められる。
「背中のそれ。おたくら、もしかしてフラフトボーラーか?」
「……!」
そういえば──と、出合いがしらの会話を思い出す。
確かこの男、ランドセルのことを知っているような口ぶりだった。
「図星やな」
彼はキシシと笑いを漏らす。
「ええやんええやん。ほんなら次の大会にも出てくるんやろ?」
「そ の と お り ! ですわっ!」
ドヤ顔の睡蓮が、シャツのボタンがはち切れそうなほどに胸を張る。
「我々は軽千代高校のフラフト部! そしてわたくしは主将の水面埼睡蓮ですわ!」
「水面埼。ほほーう、珍しい苗字やな」
そこか? 触れるところそこか? 口調とか服装とか気にならないのか?
「軽千代ってところも知らんけど、あんたはベッピンさんやから覚えとくわ」
「いえ、存じぬのであれば忘れてくださって結構ですわ」
睡蓮の進言に、男は変な顔をして首を傾げた。
「なんでや?」
「知らぬが仏。わたくしの正体を知れば今夜は眠れなくなることでしょう」
「イキリすぎやろ」
彼は鼻で笑い捨て、
「まあええ。金髪のお嬢ちゃんは?」
涙衣は視線を逸らし、低い位置で腕組みをした。
「……妹尾涙衣」
「おー、涙衣ちゃんな。で、そっちのイカレたチンピラは──」
「誰がチンピラだ誰が!」
まったく失礼な野郎だ。
「俺は──」
上書きするように睡蓮が大きな声で、
「彼は軽千代高校の超天才エース! あの伝説のフラフトボーラー、戸坂赤士さんですわ!」
……え?
え え え え え え !?
なに言い出してんだこの女!!
「と、戸坂? い、いやぁ、オレその伝説聞いたことないなぁ……」
でしょうね。口から出任せだからね。
しかし睡蓮の悪ノリは止まるところを知らず、
「うふふ、それはそれは。浅慮なお方だこと」
「なんやて?」
「しかし恥じる必要はございませんわ。赤士さんほどのスピード狂の域に達すると、噂の伝達も超高速。あっと言う間に流れ去って行きますので、凡人には追い切れないのは当然のことかと」
褒められているのか、馬鹿にされているのか。
なんとも微妙なニュアンスだったので俺はそのまま聞いていた。
「人は彼をこう呼びますのよ。──軽千代の鉄砲玉、と」
鉄砲玉。
なるほど鉄砲玉。
もう少しまともな二つ名はなかったのか。せめてほら、銃弾とか。
まあ俺のあだ名は追々検討するとして。
「なるほどなぁ。へえ。こいつは楽しみやわ」
と、男は笑った。
秘めたる実力の片鱗を見せ付けるかのような不敵な笑み。
だが彼のその自信は、きっと過ぎたものなどではないのだろう。
正直なところ、俺はじりじりとしたプレッシャーを感じていた。
虚飾だと見抜かれている──勘繰り過ぎかもしれない。しかし嫌な汗が出てくる。
彼の眼、刃のように輝く双眸が、今この瞬間にも俺の心を見透かしているような気がした。
「折角やからオレも自己紹介しておこうかな」
男は奇妙なポーズとともに声を張った。
「真波豪。星虹大附属のマッハゴーや。よく覚えとき」
異名のダサさは互角ってところか。
とりあえず、悪いヤツではなさそうだった。
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