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5 カーテシーで出迎えて!

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 俺の通う軽千代かるちよ高校は極めて普通の私立学校だ。
 進学や就職の看板を掲げることもなく、売りになるほどの歴史もない。
 地元の平凡な中学生が滑り止めとして、受験してなんとなく入学しました。みたいな。

 もっとも『フラフト』なる怪しい集会が催されている陰の面もあるようだが……。

「放課後、間違いなく来てくださいね?」

 とは、日陽による勅命だ。

 伝えられた会合場所は部室棟の一室だった。
 帰宅部エースの俺にとっては馴染みのない場所だ。
 今は中間テストを控えているため、部活動のほとんどが休止中。よって廊下に人影はない。

 しばらく彷徨っていたところ、最奥の部室前にて佇む日陽を見つけた。

「よ!」
「あっ、どうもです」

 彼女は車椅子に座ったまま、どうにも中に入るのを躊躇っている様子だった。

「おう。そこ自動ドアじゃねえぞ」
「知ってますよ」
「入らないのか?」
「それが」

 視線で促され、俺もそれに倣う。

「声がするな」
「はい。怒鳴り声が聞こえたので、入らない方がいいかなぁと思って」

 確認しないことには進展しないので、スライド式のドアを2cmほど滑らせた。
 隙間から蛍光灯の光がこぼれ、きゃんきゃんと甲高い喚き声も聞こえてくる。

「だ・か・ら! あたしはもうフラフトはやらないってば!!」

 金切り声で叫ぶのは桃色のカーディガンを羽織った女子。
 髪はツインテールでクリーム色。当然校則には反している。

「す、すごい剣幕ですね」
「あれは俺のクラスメイトだ」

 名前は確か、妹尾涙衣。
 この春に転校してきたばかりの子だ。

「ですから理由をお聞かせください」

 対するもう片方は、スカートの裏地にフリルを施すという奇抜なファッションをしていた。

 濡烏色の髪にはウェーブパーマと白いヘアバンド。
 こっちは初見の顔だった。胸のリボンの色を見るに彼女は3年生だ。

「あんたには関係ないでしょ」
「いいえ。なにか一つくらいはお役に立てるはずです」
「余計なお世話っ!」

 一触即発、ぴりぴりとした空気が廊下まで伝わってくる。

「あわわわっ。と、戸坂さん、どどどどうしましょう」
「お、おう。これは入らなくて正解かもな」

 双方とも譲る気がないのは明白だった。

「わたくし案じていますの。神天道じんてんどう学院出身のあなたがどうして」
「それがうざいっつってんの!」

 突然の鋭い怒号に、日陽が「ぴぃ!」と悲鳴を上げた。

「おーい、頼むぜ。早くしてくれぇ……」

 俺の祈りに反し、涙衣の怒りは溢れ続けるばかりで、

「いい加減しつこいっての。毎度毎度癇に障る言葉ばかり並べて!」
「わ、わたくしそんなつもりでは……」
「他人の気持ちも判らないような人間に部長なんて務まるわけがないじゃない!」
「……も、申し訳ございません」
「器じゃないのよ。付き合っちゃいられないわ」

 涙衣はバッグを背負うと、がたんと大きな音を立てて席を立った。

「まずい。こっち来るぞ」

 俺は車椅子を押して、大慌てで道を開けた。

 しかし今一歩遅かった。
 ドアが勢いよく開かれ、折悪しく敷居を境に鉢合わせる結果となってしまった。

「あ、あー……えーと……」

 大した時間じゃない。
 ほんの数秒、或いは一瞬にも満たない僅かな間だ。

 しかしその継ぎ目はあまりにも永く感じられた。
 延々と引き伸ばされていくかのような刹那の中で、俺は文字通り凍り付いていた。

「し、失礼」

 結局、先に動いたのは俺だった。
 半歩下がって道を譲る。

「…………チッ」

 涙衣はまるで犬の糞でも見下ろすようにこちらを睨み付け、なにも言わずにドスドスと去っていった。

「ぴ、ぴぇぇん」
「お、おっかねええええ……」


 ところで部屋の住人もこちらに気付いたようで、

「日陽さん。あら、そちらの殿方は……ハッ!?」

 フリルスカートの女が駆け寄ってくる。
 あっと言う間に距離を詰められ、両手を握られ、顔を近付けられ、上品な香りに思わず胸がトゥンクしそうになった。

「ふぉおおおお!!!! ウェルカムですわ!!!!!」

 掴まれた両手が、豊満な胸元までぐいっと引き寄せられる。
 ぽよぽよとした感覚と微熱が手の甲に伝わり、俺は頬が紅潮していくのを自覚した。

 ……め、めっちゃ歓迎されてるっぽい?

「ようこそおいでくださいました。素敵なご尊顔を拝めて光栄ですわ」
「ど、どうも」
「失礼ながら、戸坂赤士さんでお間違えありませんでしょうか?」
「ええ、まあ」

 俺は呆気に取られながら頷いた。

「やっぱり! お噂はかねがね伺っております!」

 噂ってなんだろう。バイトしてるってやつかな……。

「申し遅れました」

 フリル女が気の利いた一礼を披露する。

「わたくしは3年の水面崎睡蓮みなもさきすいれん。フラフト部の部長を務めております」

 部長。やはりフラフトとは部活動の類らしい。

「すんません、部長さん。俺そのフラフトってやつ」

 よく知らないんだけど……、と続けるつもりだったのに。

「当然! 我々フラフト部はあなたをお待ちしておりましたわぁ!」

 駄目だこいつ。まるで会話が成り立たねえ。

 早いことは良いことだが、最低限こちらの話くらいは聞いて欲しい。
 本来通訳を担うはずの日陽も、さっきの涙衣にビビったままで心ここに在らずな状態だった。

「ご心配なく。赤士さんの負担は最小限に抑えさせていただく所存ですわ。わたくし、お金持ちですので!」

 睡蓮は得意気な表情で、ご立派な胸をぐぐっと反らせる。

「足りないもの、必要なものがあればなんなり仰ってください。わたくしが責任を持って世界中からお取り寄せいたしますわ」
「ちょっと。俺の話を」
「はい、ご注文をお伺いいたしますわ! エロ本からアジアゾウまでご遠慮せずにどうぞ!」

 俺の頭はオーバフローしていた。
 いかんせん語りが滑らかなせいで脳の処理が追いつかない。

 怒涛の勧誘案内に俺が目を回していると、

「ん、ふあぁ。。。」

 窓際から大きなあくびが聞こえてくる。
 部屋の隅っこ、カーテンに包まれた椅子で眠りこけていた男が片目を開けた。

「……む? おはよ」

 と、呑気な挨拶。
 あれだけ騒がしかったのによく今まで眠っていられたなと感心してしまう。

「あんたは」
流鏑馬颯やぶさめはやて。隣のクラスだよ」

 返ってきたのはそれだけで、代わりに睡蓮が継いだ。

「颯さんは中学のサッカー大会でMVPを二度も獲得した神童ですのよ」
「ほーん。すごそう」
 
 悪いが俺は素人だ。
 それ以上の感想を求められても期待に副うのは難しい。

 流鏑馬颯。
 野暮ったい栗色の髪に寝ぼけたようなジト目。
 じっとりとした視線はどこか虚空を見つめていて、この空間にはまるで興味がなさそうな表情だ。

 とりあえず小さく会釈を返しておいた。

「俺は戸坂──」
「うん。知ってる」
「……おう」

 話が早くて助かる。

「そっちのキミは知らないよ」

 颯に顎で指名され、日陽は車椅子を前へと動かした。
 おもむろに部屋の中央まで移動して、大袈裟な深呼吸を一つ。

「い、一年C組、似鳥日陽です。
 好きな食べ物は鮭おむすびとケンタッキーです。
 今日からみなさんと一緒にフラフト部の一員として一生懸命頑張る所存です。
 ご迷惑を掛けてしまうこともあるかと思いますが、どうかよろしくお願いいたしますっ!」

 ぱらぱらと拍手が起こる。
 予め台本の用意があったのか、最後まで噛まずに言い切った。お見事。

「ではでは、自己紹介も済んだことですし」

 睡蓮はごてごてのデコレーションが施されたスクールバッグを漁り始めた。

「くふふふっ。遂にこの日がやって来ましたのね」

 などと薄気味悪い笑みを溢しながら、取り出した薄い冊子を各々に配る。

「ガイドブック?」

 ぱらぱらと目を通す。
 目次に始まり、フラフトのルールが手書きの文字で綴られていた。

「活動を始めるにあたり、まずはフラフトがどういった競技なのかをご理解いただく必要がありますから」

 へえ。フラフトとやらは競技の一種だそうだ。
 そういえば日陽がタマ蹴りがどうとか言っていたっけ。

「ちなみにこの冊子、わたくしの手作りですの」
「暇人かよ」

 その行動力には感服するが、生憎俺は長文を読むのが大の苦手だ。

 もっとも活字アレルギーなのはどうやら俺だけではないようで、

「水面崎先輩。まさかこれ丸暗記しろとは言いませんよね?」

 ポーカーフェイスを貫いていた颯の顔が、今はどこかげんなりとして見える。

 しかし水面埼睡蓮という女は俺の想像よりも一歩先を行っていた。

「もちろん、退屈な時間を過ごさせるような真似はいたしませんわ」

 ぱちんと指を弾く。
 ……先輩、うまく鳴ってません!

「なぜならフラフトは最高の競技である以前に、最高のエンターテインメントでもあるのですから」

 睡蓮は備品のテレビの傍へと踊り出て、

「日陽さんがステキなものをご用意してくださいました。世界大会の映像ですわ。まずはこれをご覧になって」
「世界大会が開かれるほどの規模なのか」
「ええ。地元のアメリカでは毎年凄い盛り上がりを見せますのよ」

 俺はまだ半信半疑だった。
 生まれてこのかたフラフトなんて単語を耳にした憶えがない。

「地上波での試合中継がないから、日本人には馴染みが薄いんです」

 と、日陽。
 試合の映像を所有しているくらいだ。彼女は思っていたよりもフラフトに精通しているらしい。

「ではそろそろ、第一回フラフト部の活動を始めましょうか」
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