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彼は私のことを奇跡のような救いだと思っている。どこの馬の骨ともしれぬ私を。どうしたらここから抜け出せるかを考えて、仕方なく体を任せた私を。
「そなたは、故郷に帰りたいか?」
「はい。……ごめんなさい」
境遇には同情するし、必要とされるのを嬉しいと思う気持ちもあるけれど、私はやはりうちに帰りたい。大しておもしろいことのある人生ではなかったし、一人で山奥の秘湯にチャレンジする程度にはおひとりさま生活が長いし、正直こんなイケメンとは知り合う機会すらなかったけれど。
思いの外、郷愁の念は強い。
「なぜ謝る? それは普通のことだ」
一瞬、悲しげな影が彼の瞳をよぎったように見えたが、次の瞬間には泰然とした表情に戻っていた。
「だが、残念ながら『世界の裏側』、そなたにとっては表側か? に戻る方法は、その伝承には書かれていなかった」
「そうですか……」
「そこで提案だ」
「はい」
「しばらくハレムに滞在して、俺の無聊を慰めてくれ。その代わり、俺はそなたが故郷に帰る方法を探させよう。俺自身が探すとなると、無意識に手心を加える可能性があるからな。理由を述べずに信頼できる家臣に当たらせる。そなたも好きなように調べられるようにしよう」
私はこの孤独な人の慰めになるのだろうか。それは少し嬉しいことのように思う。
一方、生きていくために、うちに帰るために、王族の愛人をするという行為に、まったく抵抗がないわけはない。でも、それ以外にこの世界で生き延びる術があるとも思えない。
触れた手からは、彼が嘘を吐いていないことが伝わってきた。きっと真摯に故郷に帰る方法を探させてくれるのだろう。
「いいんですか? それをしなければ、私をずっとここに留めることができるでしょうに」
「構わぬ。ただ、どうしても見つからなかったら、諦めて俺の元で過ごせよ」
「そうするしかないでしょうね」
その提案に少し喜んでしまう気持ちと、反発する気持ちが混じり合って、思わず溜息が漏れる。
「なんだ、その顔は」
彼も私と同じように眉をひそめた。
私は思いつくことをそのまま口にする。
「正直なところ、ハレムが怖いんです。毒を盛られたりしそうですし、女同士の争いも激しそうで」
「どちらも俺のハレムに限っては、ないだろうな」
「私の故郷では一夫一妻制なので、抵抗が」
「そなたが望むなら、他の女には手を出すのをやめよう。求められておらぬのだし、ちょうどいい」
「妊娠してしまったらどうするんですか」
「あー、しばらくは避妊薬を飲んでおくか?」
「しばらくも何も、私はなんとか帰る気満々ですよ」
この不本意な状況に対する反抗心から、そう言って軽く睨むと、彼は不敵に笑った。
心が小さく波打つのを感じる。
「俺はそなたを心変わりさせる気満々だ」
「え?」
「反魔力は喉から手が出るほど欲していた、魅力的な属性だがな。俺はそなたも気に入ったのだ。そなたを俺に心底惚れさせれば、帰る方法が見つかっても帰らぬだろう?」
「なっ……」
「疾く俺に落ちるがいい、タカコ。後悔はさせぬ」
無骨な手の甲が頬を優しく撫でる。自信に溢れた目に吸い込まれるような感覚を覚えた。動けないでいると、体の上に乗せられ、大切なもののように抱き締められる。
この時にもう、この名前も知らぬ人に気持ちが傾いてしまっていたことに、私はまだ気づいていなかった。
「そなたは、故郷に帰りたいか?」
「はい。……ごめんなさい」
境遇には同情するし、必要とされるのを嬉しいと思う気持ちもあるけれど、私はやはりうちに帰りたい。大しておもしろいことのある人生ではなかったし、一人で山奥の秘湯にチャレンジする程度にはおひとりさま生活が長いし、正直こんなイケメンとは知り合う機会すらなかったけれど。
思いの外、郷愁の念は強い。
「なぜ謝る? それは普通のことだ」
一瞬、悲しげな影が彼の瞳をよぎったように見えたが、次の瞬間には泰然とした表情に戻っていた。
「だが、残念ながら『世界の裏側』、そなたにとっては表側か? に戻る方法は、その伝承には書かれていなかった」
「そうですか……」
「そこで提案だ」
「はい」
「しばらくハレムに滞在して、俺の無聊を慰めてくれ。その代わり、俺はそなたが故郷に帰る方法を探させよう。俺自身が探すとなると、無意識に手心を加える可能性があるからな。理由を述べずに信頼できる家臣に当たらせる。そなたも好きなように調べられるようにしよう」
私はこの孤独な人の慰めになるのだろうか。それは少し嬉しいことのように思う。
一方、生きていくために、うちに帰るために、王族の愛人をするという行為に、まったく抵抗がないわけはない。でも、それ以外にこの世界で生き延びる術があるとも思えない。
触れた手からは、彼が嘘を吐いていないことが伝わってきた。きっと真摯に故郷に帰る方法を探させてくれるのだろう。
「いいんですか? それをしなければ、私をずっとここに留めることができるでしょうに」
「構わぬ。ただ、どうしても見つからなかったら、諦めて俺の元で過ごせよ」
「そうするしかないでしょうね」
その提案に少し喜んでしまう気持ちと、反発する気持ちが混じり合って、思わず溜息が漏れる。
「なんだ、その顔は」
彼も私と同じように眉をひそめた。
私は思いつくことをそのまま口にする。
「正直なところ、ハレムが怖いんです。毒を盛られたりしそうですし、女同士の争いも激しそうで」
「どちらも俺のハレムに限っては、ないだろうな」
「私の故郷では一夫一妻制なので、抵抗が」
「そなたが望むなら、他の女には手を出すのをやめよう。求められておらぬのだし、ちょうどいい」
「妊娠してしまったらどうするんですか」
「あー、しばらくは避妊薬を飲んでおくか?」
「しばらくも何も、私はなんとか帰る気満々ですよ」
この不本意な状況に対する反抗心から、そう言って軽く睨むと、彼は不敵に笑った。
心が小さく波打つのを感じる。
「俺はそなたを心変わりさせる気満々だ」
「え?」
「反魔力は喉から手が出るほど欲していた、魅力的な属性だがな。俺はそなたも気に入ったのだ。そなたを俺に心底惚れさせれば、帰る方法が見つかっても帰らぬだろう?」
「なっ……」
「疾く俺に落ちるがいい、タカコ。後悔はさせぬ」
無骨な手の甲が頬を優しく撫でる。自信に溢れた目に吸い込まれるような感覚を覚えた。動けないでいると、体の上に乗せられ、大切なもののように抱き締められる。
この時にもう、この名前も知らぬ人に気持ちが傾いてしまっていたことに、私はまだ気づいていなかった。
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