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目が覚めると、豪奢な天蓋の下、たくさんのクッションに埋もれていた。様々な素材と織り方の生地、複雑でカラフルな刺繍、柔らかい中身……、贅沢を尽くしたものだということが、こういうのには疎い私にも察せられる。
天蓋からゆったりと垂らされた布は、大きく開かれていて、明るい光が入ってきていた。
「起きたか」
相変わらずのイケメンが、近くで肘をついて寝そべってこちらを見ていた。お風呂にでも入ったのだろうか、さっぱりしていて、服も装飾品の少ないシンプルなものを身に着けている。
私はどこもかしこもベタベタでひどい状態だったはずだけれど、綺麗になって薄手のガウンのようなものを着せられていた。
「お、おはようございます……?」
「ふっ」
好みのイケメンに、寝起き早々目元を緩ませて笑われたら、どんなに抵抗してもときめかざるを得ないと思う。
(まあ、こんな人とあんなことやこんなことをしてしまったわけだし、それがあれだけ気持ちよければ、そりゃときめきもするよなー。あー、でも、結構無理矢理されてるわけだから、ストックホルム症候群だったりするのかなー)
一度睡眠をとって少し落ち着いたからか、いつもの調子が戻ってきたように思う。
「体は大丈夫か」
「筋肉とか関節とかが痛いです」
「ふ。ああいうことには慣れぬか」
いい笑顔でそういうことを言われると、気恥ずかしくてたまらない。手近にあったクッションを抱き寄せて顔を半分隠した。
「吐き気は」
「ありません」
「そうか……」
どこか安心したようにそう言うと、再び小さく笑った。
「そなた、名をなんという」
「貴子です」
「タカコ。耳慣れぬ響きの名だな。『世界の裏側』から来たのであれば、当然か?」
「あの、その『世界の裏側』というの、私が寝る前にもおっしゃってましたよね」
「聞こえていたか」
作法なんてまったくわからないから、お行儀が良くないのかもしれないけれど、なんとなく精神安定のためにクッションを抱き締めたまま起き上がって、寝そべったままこちらを向いている彼に向かい合う。
「俺はおとぎ話だと思っていたのだがな。この世界とは反対の力を持つ者たちの世界があるという。例えば、我らの魔力を打ち消す反魔力」
「もしかして……?」
「そうだ。おそらくそなたは反魔力の持ち主だろう。それも随分魔力量が多い。こうして触れ合っているだけで、俺の余計な魔力が相殺されて消えていく」
彼は私の手を取りそう言った。
「わかるか?」
「いえ、自分が魔力、じゃなくて反魔力を持っていることすら知らなかったので。私のいた世界では、一般に魔力であれ反魔力であれ、そういったものの存在そのものが否定されています」
「なんと。そのような世界があるのか」
驚いたように瞬く。
「それは……、少し羨ましいな」
「なぜ、ですか?」
彼は何かを懐かしむような、同時に苦いものを飲み込むような表情で、少し遠くを見つめた。
「俺は魔力が多すぎて、生活するのにも苦労をしていた。精神が昂ぶるだけで、魔力が暴れる。制御できずに傷つけた者も多く、子どもの時分は随分それで悩んだ。王家にはたまにそういう者が生まれるのだ」
私とは視線を合わせず、ただ私の手を弄びながら語る。
「その体質のせいで荒れていた頃、俺は王家の伝承を調べ、俺と同じ体質の先祖が『世界の裏側』から来た女を娶った話を見つけた。都合のいい夢物語だと思った。苦悩の末にそんな妄想を書いた狂人だとも、未来の俺のような者へのわずかばかりの希望の餞だとも考えた。
年頃になってハレムを持たされた頃には、それなりに制御する術を学んでいたが、閨事に慣れぬ若造が女と交わるのに精神が昂ぶらないわけがない。やはり幾人か傷つけた」
彼が後悔を噛み締めるように目を伏せると、濃いまつげが目元に影を落とした。
(まつげ長いなぁ)
深刻な話の最中なのに、そんなことが気になった。
「交わる時は魔力を暴走させないように気をつけてばかりで、楽しむどころではない。しかし王族の義務で行為をしないわけにもいかない。それに魔力の強すぎる精を受ければ、女は魔力酔いをするし、それは何日も続いて大層つらいという。そのくせ懐妊する確率はとても低い。はじめから魔力が高く忍耐強い女を選んでいるらしいが、今では皆俺のことを恐れるばかりだ。期待をしていた親戚縁者に冷たく当たられるのを覚悟でハレムを去った者もいる」
それは彼も、ハレムの女性たちもつらかっただろう。
「王家の伝承によれば、大きな反魔力を持つ者が相手ならば、どんなに昂ぶっても魔力が打ち消されるから、気兼ねなく交わることができるという。それだけでなく、触れているだけで魔力も感情も落ち着かせることができるため、普段から気持ちを乱さぬよう細心の注意を払って生きるという綱渡りのような感覚から解放されるとあった。はじめて読んだ時は、そんな都合のいい存在があってたまるかと思っていたのだが……。実は写しを作って何度も読んでいる」
「……」
「本当にいるとは思わなかった」
暗く、しかし熱量を持った目で見つめられて言葉に詰まった。その思いの重さに、ぽっと出の何かを言えるわけがない。
天蓋からゆったりと垂らされた布は、大きく開かれていて、明るい光が入ってきていた。
「起きたか」
相変わらずのイケメンが、近くで肘をついて寝そべってこちらを見ていた。お風呂にでも入ったのだろうか、さっぱりしていて、服も装飾品の少ないシンプルなものを身に着けている。
私はどこもかしこもベタベタでひどい状態だったはずだけれど、綺麗になって薄手のガウンのようなものを着せられていた。
「お、おはようございます……?」
「ふっ」
好みのイケメンに、寝起き早々目元を緩ませて笑われたら、どんなに抵抗してもときめかざるを得ないと思う。
(まあ、こんな人とあんなことやこんなことをしてしまったわけだし、それがあれだけ気持ちよければ、そりゃときめきもするよなー。あー、でも、結構無理矢理されてるわけだから、ストックホルム症候群だったりするのかなー)
一度睡眠をとって少し落ち着いたからか、いつもの調子が戻ってきたように思う。
「体は大丈夫か」
「筋肉とか関節とかが痛いです」
「ふ。ああいうことには慣れぬか」
いい笑顔でそういうことを言われると、気恥ずかしくてたまらない。手近にあったクッションを抱き寄せて顔を半分隠した。
「吐き気は」
「ありません」
「そうか……」
どこか安心したようにそう言うと、再び小さく笑った。
「そなた、名をなんという」
「貴子です」
「タカコ。耳慣れぬ響きの名だな。『世界の裏側』から来たのであれば、当然か?」
「あの、その『世界の裏側』というの、私が寝る前にもおっしゃってましたよね」
「聞こえていたか」
作法なんてまったくわからないから、お行儀が良くないのかもしれないけれど、なんとなく精神安定のためにクッションを抱き締めたまま起き上がって、寝そべったままこちらを向いている彼に向かい合う。
「俺はおとぎ話だと思っていたのだがな。この世界とは反対の力を持つ者たちの世界があるという。例えば、我らの魔力を打ち消す反魔力」
「もしかして……?」
「そうだ。おそらくそなたは反魔力の持ち主だろう。それも随分魔力量が多い。こうして触れ合っているだけで、俺の余計な魔力が相殺されて消えていく」
彼は私の手を取りそう言った。
「わかるか?」
「いえ、自分が魔力、じゃなくて反魔力を持っていることすら知らなかったので。私のいた世界では、一般に魔力であれ反魔力であれ、そういったものの存在そのものが否定されています」
「なんと。そのような世界があるのか」
驚いたように瞬く。
「それは……、少し羨ましいな」
「なぜ、ですか?」
彼は何かを懐かしむような、同時に苦いものを飲み込むような表情で、少し遠くを見つめた。
「俺は魔力が多すぎて、生活するのにも苦労をしていた。精神が昂ぶるだけで、魔力が暴れる。制御できずに傷つけた者も多く、子どもの時分は随分それで悩んだ。王家にはたまにそういう者が生まれるのだ」
私とは視線を合わせず、ただ私の手を弄びながら語る。
「その体質のせいで荒れていた頃、俺は王家の伝承を調べ、俺と同じ体質の先祖が『世界の裏側』から来た女を娶った話を見つけた。都合のいい夢物語だと思った。苦悩の末にそんな妄想を書いた狂人だとも、未来の俺のような者へのわずかばかりの希望の餞だとも考えた。
年頃になってハレムを持たされた頃には、それなりに制御する術を学んでいたが、閨事に慣れぬ若造が女と交わるのに精神が昂ぶらないわけがない。やはり幾人か傷つけた」
彼が後悔を噛み締めるように目を伏せると、濃いまつげが目元に影を落とした。
(まつげ長いなぁ)
深刻な話の最中なのに、そんなことが気になった。
「交わる時は魔力を暴走させないように気をつけてばかりで、楽しむどころではない。しかし王族の義務で行為をしないわけにもいかない。それに魔力の強すぎる精を受ければ、女は魔力酔いをするし、それは何日も続いて大層つらいという。そのくせ懐妊する確率はとても低い。はじめから魔力が高く忍耐強い女を選んでいるらしいが、今では皆俺のことを恐れるばかりだ。期待をしていた親戚縁者に冷たく当たられるのを覚悟でハレムを去った者もいる」
それは彼も、ハレムの女性たちもつらかっただろう。
「王家の伝承によれば、大きな反魔力を持つ者が相手ならば、どんなに昂ぶっても魔力が打ち消されるから、気兼ねなく交わることができるという。それだけでなく、触れているだけで魔力も感情も落ち着かせることができるため、普段から気持ちを乱さぬよう細心の注意を払って生きるという綱渡りのような感覚から解放されるとあった。はじめて読んだ時は、そんな都合のいい存在があってたまるかと思っていたのだが……。実は写しを作って何度も読んでいる」
「……」
「本当にいるとは思わなかった」
暗く、しかし熱量を持った目で見つめられて言葉に詰まった。その思いの重さに、ぽっと出の何かを言えるわけがない。
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