私の完璧な彼氏さん

むつき紫乃

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二人の距離感

◆ 3

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 帰宅する方向が真逆にもかかわらず当然のごとく同じ電車に乗り、同じ駅で降りる鷹瑛に対して雪乃は始終無言だった。彼女が借りる単身者用アパートのドアの前に立ってみても、二人の間に会話はない。

 合鍵を渡されていない鷹瑛が視線を向けると、雪乃はバッグの中から鍵を取り出してドアを開けた。こちらをちらりとも見ようとしない。

「……どうぞ」

 目を伏せたままではあるが玄関に迎え入れられて、無視するつもりはなかったらしいと小さなことに安堵した。
 歓迎はしていないが拒絶するほどではないといったところだろうか。自己主張をしない彼女の振る舞いの一つ一つから、その間に置かれる距離を慎重に推し図ろうとした。

「じゃまするぞ」

 表面上は余裕の態度で部屋に踏み込んだ鷹瑛は、室内を見てため息をついた。
 相変わらず、あら捜しするほうが難しいほどに整っている。生活の痕跡が全くないわけではない。だが、その生活感すら作りものめいて見えるくらいに整然としていて、徹底した潔癖ぶりが透けて見えるようだ。

 リビングをあらためて眺めながら、この部屋のどこでくつろぎ、疲れを癒すのか――癒せるのか――首をかしげてしまう。ソファのカバーにしわ一つないのだ。雪乃の内側にある種の窮屈さを見てしまうのは、鷹瑛の気のせいなのだろうか。

 神経質なまでになにもかもをきちんとこなそうとする姿は、彼女の心を守る堅牢な鎧のようだ。今までと同じやり方ではおそらくその鎧を脱がすことはできないのだろう。

「コーヒーでも入れますね」

 バッグとコートを置くのもそこそこにキッチンに引っ込もうとする手を鷹瑛は素早く握った。

「いいから。こっち」

 リビングから戸を一つ隔てた薄暗い寝室に引き込んで、その肢体に腕を回す。

「……氷室課長……?」

 小さな手が脇腹をさまよって、抱きしめた身体は戸惑いに緊張していた。
 頬に手を添えて顔を合わせると、困惑した視線が鷹瑛を見返す。清楚に整った顔が弱気に眉を下げているのが可愛くて思わず唇を触れ合わせた。だが目立った抵抗はない。それをいいことにもっとと求めてしまう。

 何度も角度を変えて唇を重ね合わせているうちに舌でもその柔らかさを堪能したくなり、唇の合わせ目を強めになぞる。すると戸惑いつつも小さな隙間を開いてくれて、鷹瑛の舌は温かな咥内に迎えられた。

 舌先を尖らせて滑らかな上顎の感触を楽しんでいると、彼女の身体が小さく震える。堪えたようにもらす息など、控えめな反応が愛おしい。口の中をひとしきり愛撫してから、雪乃の唇を解放した。

「氷室課長……」

 性的なものを感じさせるように腰を撫で回すと、彼女は逃れようとして身をよじる。鷹瑛は口元だけで微笑んで、その動きをやすやすと封じ、華奢な身体をベッドに横たえた。
 熱の込もった眼差しで見つめながら、優しく頬を撫でる。心もとなさげに揺れる瞳がこちらを見上げた。組み敷いた身体は緊張に固くなっている。

「あの……」

 問うような視線は、決してこの先の行為を受け入れていない。
 普段ならここでやめるだろう。少しじゃれただけだと、なにごともなかったかのように離れる。けれども、押しきれば受け入れてくれるだろうとも確信していた。

「雪乃……」
「え? 課ちょぅ…………ふ、ぁん……」

 彼女の意向を無視してその首筋を吸い上げると、小さな驚きの声がもれた。
 次いで、愛らしい声。

 これまでお行儀の良い恋人として振る舞ってきたが、今夜そのつもりはない。雪乃への不満や十波に対する嫉妬、それから酔い。あらゆるものが鷹瑛を性急な行為に駆り立てていた。
 雪乃を知りたい。より深くまで受け入れられたい。その欲求が鷹瑛を突き動かす。

 彼女の弱点である耳に向かって唇をゆっくりはわせると、色っぽいため息がこぼれた。

「……雪乃」

 吐息混じりに名前を耳に吹き込みながら、手はブラウスのボタンを外して下着の内側に入り、じかに乳房をつつみこむ。

「あ……」

 刺激をこらえようと反るように差し出された首筋に噛み付く。喉に甘く歯を立てつつ乳首を指先で転がせば、彼女は首を振っていやいやともだえた。

「ふぅ、ん……あ、かちょぅ……」

 シーツをつかむ小さな手に、丸い爪がくい込んでいる。その手を包んで柔らかくほどき、指先を叱るように撫でた。
 そのまま手をずらして脇腹にはわせる。インナーをずらしスカートのホックを外して徐々に下半身に向かって下りていくと、恥じらいからか快感からか雪乃は細い腰をもどかしそうによじった。

「腰、揺れてる」

 笑いながら指摘して、鎖骨の綺麗なくぼみに舌をうずめる。
 片手は胸の先端を弾いてもう片方の手は平たいお腹を丸く撫でたあと、そろそろと降りて下着の中に隠された恥丘にたどり着く。柔らかなふくらみの間にある溝に指を差し込めば、ぬるりと湿ったものに触れた。鷹瑛は口角を上げた。

「濡れてる」
「ん、やぁ……」
「実は期待してたのか?」

 雪乃は首を横に振って否定するも、秘部はひくひくと震えて指先を誘い込もうとしている。まだそれほど触れていないというのに。

 もしや強引に迫られるシチュエーションが好きなのだろうか?

 禁欲的な雪乃のイメージからかけ離れたその発想は鷹瑛の興奮を高めた。
 恥ずかしがって表情を隠そうとする腕を掴んでシーツに縫い止める。

「目を逸らすんじゃない。ちゃんと見てろ」

 羞恥で目元を赤くした彼女がチクリと鷹瑛をにらむ。その心が無防備に露呈した一瞬を捉えて口を塞いだ。
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