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職場を締め出されまして②
しおりを挟む「もちろんエミリオ様のことですから、奥方を蔑ろにされることはないとは思うのですが……ちょっと仕事中毒なところが心配といいますか……余計なお節介というのは分かっているんですけどね?」
「いや、気にかけてもらえるのはありがたい」
エミリオが宥めるように言うと、彼はくわっと目を見開いた。
「だったら、今からでも遅くはありません。今日はお休みにしましょう。あとの仕事は私たちでやっておきますから。ね!」
同意を求めるように彼が同僚たちを振り返ると、肯定の声が即座にあちこちから上がった。
「お前にしてはいい考えだな。エミリオ様、是非そうしてください」
「幸い今日はもう急ぎの案件もございませんし」
「こんな機会はめったにありませんから是非とも!」
口々にそう勧められては強情につっぱねることもできない。あれよあれよという間に背中を押されて部屋から追い出されてしまう。
「職場を締め出されてしまった……」
自身の前で固く閉ざされた詰め所の扉を見つめ、エミリオは呆然と呟く。
「仕事中毒……か」
そんなふうに見えていたのか……と、自分では決してそんなつもりはなかっただけに、なんとなく落ち込む。
国を支えるためになすべきことをしていただけだったのだが、周りからそう見えるくらいには切羽詰まっていたということだろうか。
十五年前の王家の交代がこの国にとって大きな節目であったのと同様に、三年前もまた激震が走った年だった。
その年、国内の二つの地域で相次いで内乱が起きた。
内乱そのものは大したことがなく最小の被害で鎮圧できたが、その戦いの中で先王フィリップは小さな傷を負った。不運にもそこから悪いものが身体に入ったらしく、結局はそれがもとで亡くなってしまった。
王位の簒奪を成し遂げた軍人王の圧倒的な統率力で保たれていた国は、そのとき一つの危機を迎えたのだと思う。
強力な指導者を失った貴族や国民たちが狼狽えるのは必定。それを必死で食い止めたのは、先の国王の生き写しともいえるクロードと、筆頭貴族たるモニエ侯爵、そして彼らを実務で後押しするエミリオだった。
婚約という形で王家とモニエ侯爵家が強い結束を示したことも功を奏したのだろう。表面上はさほど大きな混乱を招くことなく今日に至っている。
だが、国の体制は盤石とは言いがたい。規模こそ小さかったもののほとんど同時に起きた二つの内乱は計画的に行われたもので、他国の関与も疑われていた。だからこそ、ラウレンティスとの婚姻でより確かな安寧を得る必要があるのだ。
だが、部下から指摘されるほど気を張りすぎてるというのはよくない傾向である。素直に休みをとるべきかと考えたところで、『奥方と過ごす時間も大切に』という言葉を思い出し、眉根を寄せる。
青藍宮でエミリオの帰りを待っているであろうセレナのことを考えると、それだけで面映ゆい幸福感に胸が満たされる。叶うことなら可愛い新妻のそばに四六時中寄り添っていたいとはエミリオだって思うのだ。
彼女に好意をいだいているという自覚は早いうちからあった。それもたぶんかなり重い部類の。
エミリオが一方的な片思いをしている間、セレナはクロードの婚約者だった。それでも彼女に対する想いを捨てられずにいたのだから、その時点で相当だ。
だからなんのしがらみもなくなった今、セレナに接するのが少し怖い。
結婚した夜のことだって――と思い返すと、忸怩たる思いに駆られる。
できることなら、最後までしたかった、と思う。
セレナの身体はとても美しくて、我慢強さには自信があるエミリオでも我を忘れそうになった。日頃の楚々とした佇まいの下にあんな魅惑的な身体を隠しているなんて反則だ。男だったら誰でも興奮してしまうに違いない。
だが、涙を流す彼女の姿に冷水を浴びせられたような気持ちになった。
欲に駆られた夫に恐れを覚えたのか、それともやはりクロードに心を残しているのか。どちらか判断はつかなかったが、こんなふうに奪うことに強い躊躇いを覚えた。
ずっと焦がれていた。健気で、真面目で、優しすぎる彼女。
クロードに尽くし、報われずにいた姿を知っているからこそ、大切に慈しんでやりたかった。
ひどいことなど絶対にしたくない。
だから、自分たちの間にはもう少し時間が必要なのだと思う。
セレナがエミリオを受け入れ、エミリオが彼女の全てを――クロードにいだいていたかもしれない愛情も含めて、寛容に包み込んであげられるようになるための、時間が。
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