上 下
18 / 27

職場を締め出されまして②

しおりを挟む


「もちろんエミリオ様のことですから、奥方を蔑ろにされることはないとは思うのですが……ちょっと仕事中毒なところが心配といいますか……余計なお節介というのは分かっているんですけどね?」
「いや、気にかけてもらえるのはありがたい」

 エミリオが宥めるように言うと、彼はくわっと目を見開いた。

「だったら、今からでも遅くはありません。今日はお休みにしましょう。あとの仕事は私たちでやっておきますから。ね!」

 同意を求めるように彼が同僚たちを振り返ると、肯定の声が即座にあちこちから上がった。

「お前にしてはいい考えだな。エミリオ様、是非そうしてください」
「幸い今日はもう急ぎの案件もございませんし」
「こんな機会はめったにありませんから是非とも!」

 口々にそう勧められては強情につっぱねることもできない。あれよあれよという間に背中を押されて部屋から追い出されてしまう。

「職場を締め出されてしまった……」

 自身の前で固く閉ざされた詰め所の扉を見つめ、エミリオは呆然と呟く。

「仕事中毒……か」

 そんなふうに見えていたのか……と、自分では決してそんなつもりはなかっただけに、なんとなく落ち込む。
 国を支えるためになすべきことをしていただけだったのだが、周りからそう見えるくらいには切羽詰まっていたということだろうか。

 十五年前の王家の交代がこの国にとって大きな節目であったのと同様に、三年前もまた激震が走った年だった。

 その年、国内の二つの地域で相次いで内乱が起きた。
 内乱そのものは大したことがなく最小の被害で鎮圧できたが、その戦いの中で先王フィリップは小さな傷を負った。不運にもそこから悪いものが身体に入ったらしく、結局はそれがもとで亡くなってしまった。

 王位の簒奪を成し遂げた軍人王の圧倒的な統率力で保たれていた国は、そのとき一つの危機を迎えたのだと思う。

 強力な指導者を失った貴族や国民たちが狼狽えるのは必定。それを必死で食い止めたのは、先の国王の生き写しともいえるクロードと、筆頭貴族たるモニエ侯爵、そして彼らを実務で後押しするエミリオだった。

 婚約という形で王家とモニエ侯爵家が強い結束を示したことも功を奏したのだろう。表面上はさほど大きな混乱を招くことなく今日に至っている。

 だが、国の体制は盤石とは言いがたい。規模こそ小さかったもののほとんど同時に起きた二つの内乱は計画的に行われたもので、他国の関与も疑われていた。だからこそ、ラウレンティスとの婚姻でより確かな安寧を得る必要があるのだ。

 だが、部下から指摘されるほど気を張りすぎてるというのはよくない傾向である。素直に休みをとるべきかと考えたところで、『奥方と過ごす時間も大切に』という言葉を思い出し、眉根を寄せる。

 青藍宮でエミリオの帰りを待っているであろうセレナのことを考えると、それだけで面映ゆい幸福感に胸が満たされる。叶うことなら可愛い新妻のそばに四六時中寄り添っていたいとはエミリオだって思うのだ。

 彼女に好意をいだいているという自覚は早いうちからあった。それもたぶんかなり重い部類の。
 エミリオが一方的な片思いをしている間、セレナはクロードの婚約者だった。それでも彼女に対する想いを捨てられずにいたのだから、その時点で相当だ。
 だからなんのしがらみもなくなった今、セレナに接するのが少し怖い。

 結婚した夜のことだって――と思い返すと、忸怩たる思いに駆られる。

 できることなら、最後までしたかった、と思う。
 セレナの身体はとても美しくて、我慢強さには自信があるエミリオでも我を忘れそうになった。日頃の楚々とした佇まいの下にあんな魅惑的な身体を隠しているなんて反則だ。男だったら誰でも興奮してしまうに違いない。

 だが、涙を流す彼女の姿に冷水を浴びせられたような気持ちになった。
 欲に駆られた夫に恐れを覚えたのか、それともやはりクロードに心を残しているのか。どちらか判断はつかなかったが、こんなふうに奪うことに強い躊躇いを覚えた。

 ずっと焦がれていた。健気で、真面目で、優しすぎる彼女。
 クロードに尽くし、報われずにいた姿を知っているからこそ、大切に慈しんでやりたかった。

 ひどいことなど絶対にしたくない。

 だから、自分たちの間にはもう少し時間が必要なのだと思う。
 セレナがエミリオを受け入れ、エミリオが彼女の全てを――クロードにいだいていたかもしれない愛情も含めて、寛容に包み込んであげられるようになるための、時間が。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

塩対応彼氏

詩織
恋愛
私から告白して付き合って1年。 彼はいつも寡黙、デートはいつも後ろからついていく。本当に恋人なんだろうか?

この誓いを違えぬと

豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」 ──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。 ※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。 なろう様でも公開中です。

処理中です...