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職場を締め出されまして①

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 国王の判が捺された書類を手に、エミリオは壮麗に飾り立てられた王宮の廊下を足早に進む。

 クロードの確認を受けた書類は数ヵ月後に予定されている彼の結婚式の実施要項を記したものだった。エミリオを含む政務官たちが作成したそれは無事に承認を得られたため、次なる仕事は要項の内容を各部署に通達することだ。その後、実施にあたっての懸念点や留意事項を洗い出してもらい、万全の状態で当日を迎えられるよう検討して準備に取りかかる。

 その煩雑な工程を思うと少しだけげんなりする。
 さすがにエミリオとセレナの結婚式よりは長い準備期間が設けられているものの、だからといって余裕は少しもない。
 国と国とを結ぶ婚姻なので、国外からも多くの来賓を招くことになる。現王家の威信を示すには絶好の機会であり、手抜かりは許されない。

 エミリオは政務長官という大層な名前のついた役職を拝命しているが、その職務は陛下の判断に基づき各部署を調整して政策遂行の道筋を立てるというたいへん泥臭いものだ。平時から常に大量の仕事を抱えているというのに、自分の結婚が終わったかと思えば次は陛下なのだから息つく暇もない。

 大理石でできた中央階段を降りたエミリオは、少々奥まったところにある行政区画に足を向けた。本宮の正面側は賓客をもてなすために重厚な作りをしていて落ち着いた雰囲気があるが、背面側に移動すると、一転して実務的な色彩が濃くなっていく。

 絵画やオブジェなどが一切ない廊下では今日も相変わらず人が忙しなく行き交っていた。エミリオが長を務める政務官の詰め所はそんな区画の中心部に位置している。

 実用性重視の木製の扉を開くと、在室していた部下たちが一斉に顔を上げ、上司の姿を確認して頭を下げる。

「シルヴィア殿下との婚礼について陛下の承認が下りた。各部署に出す通達の準備をしてくれ」

 エミリオが全体に声をかけると、彼らは口々に意欲的な返事をして早速作業に取り掛かる。
 それらを眺めつつエミリオが最奥にある自身の執務机に着くと、しばらくして一人の若い部下が外回りから戻ってきた。

「あれ、エミリオ様、どうしているんです? 今日お休みの予定ではありませんでしたか?」

 室内に入ってくるなりそんな疑問を口にしたのは、子爵家の陽気な次男坊だ。堅苦しい礼儀に囚われすぎず、エミリオにも比較的気さくに声をかけてくる者でもあった。

「休みをもらったのは朝だけだ。やることがたくさんあるからな。休んでばかりもいられない」

 そうでなくてもセレナとの婚約期間中は、部下たちが積極的にエミリオの仕事を引き受けてくれて頼りっぱなしだったのだ。結婚の準備をなんとか間に合わせることができたのは、彼らの助力によるところが大きい。

 無事に式も済ませ、国王の結婚という国を上げての一大行事が控えている今、エミリオはできるかぎり部下たちに無理な負担が行かぬよう上官として尽力するつもりだった。それにはお礼の意味合いもあったのだが、目の前の部下は驚愕したように口をあんぐりと開けた。

「いや、いやいやいやいや、ちょっと待ってください。エミリオ様は新婚なんですよ。『休んでばかり』って、エミリオ様が政務を休んだのは結婚式の日だけじゃないですか。翌日からまた毎日仕事で、ようやく今日お休みをおとりになったと思っていたのに!」

 突然大仰に嘆きだした部下にエミリオが驚いていると、ほかの部下たちも同意見ということなのか、それぞれの机で神妙に頷いているのが目に入った。

「お仕事も大事ですが、結婚した直後の時期というのは人生で一度だけなんですから、奥方と過ごす時間も大切になさってください」
「大切に……?」

 エミリオは思わず呟く。
 十分しているつもりだが。
 しかし彼は大いに頷いた。

「ええ。セレナ様が天使もかくやという寛大な女性であることは私も承知しておりますが……だからこそ! 寂しい思いはさせないであげてほしいのです!」

 ぐっと拳を握って熱弁する彼は、そういえばセレナの隠れ支持者だったなあ、とエミリオは思い出した。

 清楚で美しい容姿と万人に優しい博愛的な人柄から、彼女に密かに憧れをいだく男は少なくないのだ。モニエ侯爵は娘を王家に嫁がせることしか眼中になく、実際彼女は三年間ずっと国王の婚約者だった。ゆえにその憧憬を大っぴらに口にする者はおらず、若い男だけが集まる気安い場でしか語られない話だから、おそらくセレナ自身も知らないことだろう。
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