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逃げる
一
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少年は自分の名前や、さっきクラスと言っていたが何年何組だったかとか、何が好きだったか、何が嫌いだったか、就寝時間は何時だったか、そういう些細なことまで自分を忘れていた。
私たちは部屋を出ないで、一応用心して扉にもたれながら、話を続けていた。といってもおしゃべりな少年に相槌を打つだけだ。
自分のことを忘れている彼だが、その代わり「モアナちゃんはおれのことを好きって言ってくれてた」とか「お父さんはいつもお母さんを怒ってたんだ、埃があったとか、お父さんの帰ってくる時間ぴったりに料理を用意しとけとか、オムライスは絶妙な半熟じゃなきゃダメだって、殴ってた。おれも目が合ったら殴り飛ばされてたなあ」と言ったように、他人のことは覚えていた。
チルギの言っていたことが本当なら自分のことを忘れているが他人のことは覚えている彼は他殺者のようだった。
その上で、思うのだが、モアナが好意を寄せていたことを少年は覚えている。好意はモアナの中にあるもので、寄せていた事実は少年にとっては思い出に違いないのに。
私たちは部屋を出ないで、一応用心して扉にもたれながら、話を続けていた。といってもおしゃべりな少年に相槌を打つだけだ。
自分のことを忘れている彼だが、その代わり「モアナちゃんはおれのことを好きって言ってくれてた」とか「お父さんはいつもお母さんを怒ってたんだ、埃があったとか、お父さんの帰ってくる時間ぴったりに料理を用意しとけとか、オムライスは絶妙な半熟じゃなきゃダメだって、殴ってた。おれも目が合ったら殴り飛ばされてたなあ」と言ったように、他人のことは覚えていた。
チルギの言っていたことが本当なら自分のことを忘れているが他人のことは覚えている彼は他殺者のようだった。
その上で、思うのだが、モアナが好意を寄せていたことを少年は覚えている。好意はモアナの中にあるもので、寄せていた事実は少年にとっては思い出に違いないのに。
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