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第1章 呪いを恐れない奴隷少女
第17話 彼女が隠していたもの
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月明かりが照らす静かな部屋にレオの声が木霊する。
その声を聞いて、白銀の髪を月光に輝かせた少女はピクリと反応した。
「レ、レオ様……」
安心したような声。
その声を、レオは知っている。
たった数日だが、ずっと一緒に居た、一緒に居てくれた信頼できるパートナーの声。
その声が、なぜか見知らぬ白銀の少女からする。
「アリエス……なのか……?」
「……え?」
ゆっくりと首だけで振り返る少女。
そして彼女の顔を見て、レオは全身の血が凍り付くような感覚に陥った。
白銀の少女は、あの最悪の光景で見た少女だった。
見間違えるはずもない。
あの光景で、黒い触手に無残にも殺されていた彼女だ。
レオは目を見開き、拳を強く握りしめる。
そんなレオの様子に白銀の少女、いやアリエスは気づいたのだろう。
ハッとした顔をして、そして手を持ち上げ、自分の体を見下ろした。
「な、なんで……」
「変身……魔法」
納得がいったという風に、しかしたどたどしくレオは告げる。
魔物を倒すためにレオが行使した力は全てを吹き飛ばした。
黒い魔物も、鉄のような触手も、そしてアリエスを覆っていたであろう変身魔法も。
けれど。
「……どう……して」
「…………」
どうしてそんなものを使っているのか。
レオの言葉にアリエスは何も答えなかった。
ただ俯いているだけ。
けれどその錦糸のような前髪の向こうに、彼女の目を見た。
しっかりと閉じられた、アリエスの両目を。
「……見えないのか」
「…………」
「……目が……見えないのか……」
「……はい」
レオの言葉は戸惑いに震えている。
目の前の光景が心底信じられないというように、口を閉じることすら忘れていた。
アリエスの声は消え入りそうなほどに小さかった。
やがて彼女は観念したように滔々と語り始める。
「ごめんなさい……レオ様の言う通り、わたしは目が見えません……だから、自分を偽るために変身魔法を使っていました」
「…………」
レオの頭の中で様々な光景がフラッシュバックする。
だからあのとき、アリエスは自分の姿を見失ったのか。
だからあのとき、依頼書の内容を自分で読むことなく、自分に手渡したのか。
過去を回想すればするほど、それはアリエスが盲目であることを証明していた。
今から過去に向かい、アリエスとの思い出を振り返ると、彼女の目が見えないというヒントがちりばめられていた。
そして思考の過去への旅は彼女と出会ったときにまで遡る。
初めて自分を恐れずに、目を向けてくれたたった一人の少女の記憶へと。
(嘘……だろ……)
それが、真っ黒に塗りつぶされていく。
アリエスは目が見えない。
なら、レオの右目だって視界に入るわけがない。
なら、それを恐れることなどできるはずもない。
そもそも彼女は、レオの姿かたちを視認できないのだから。
「呪いの右目も……見えないのか……」
それは、レオの最後の祈りのように思えた。
せめてそれだけは、否定してほしかった。
他は別にいい。
でも、でもそれだけは。
「……ごめんなさい」
けれどその祈りは脆くも崩れ去る。
アリエスから返ってきた言葉は、謝罪だった。
彼女は、レオを恐れないのではない。
レオを見ることが出来ない、恐れることができないのだ。
「なんだよ……」
握りしめた拳が震える。
指が手のひらの皮膚にめり込み、血の感触が広がる。
自分は、騙されていたのか。
たった一つの希望。それすらも嘘だったのか。
そんな思いがレオの頭の中に募っていく。
人に拒絶され、王国から見捨てられ、誰も頼れなかった。
その中で見つけた唯一の光だったアリエスすら、嘘だったというのか。
思ってしまったことが、水面のように何もなかったレオの心に、まるで雫のように落ちた。
波紋が広がり、それが大きくなる。
水が、心が、煮える程震える。
視界が怒りで赤く染まっていく。
レオの頭を過ぎる、人々の表情。
恐れる人、憐れむ人、嫌悪する人。
呪いを目にして目を見開き、足を止めるエバ。
隠しきれないほど大きな恐怖の色を雰囲気に宿したデネブラ国王。
王都の宿屋の路地裏に居た、同じ呪われた男性の化け物を見る目。
アリエスがしたことは、そもそもその段階にすら至ってない。
「結局……同じか……そうやって、俺を騙して……」
「ちがう……違います、レオ――」
もういい。
もう、何も信じられない。
目をつぶった少女が、おぞましいなにかにしか見えなかった。
「同じだよ」
飛び出した言葉は、恐ろしいほど低く、そしてまっすぐだった。
今この瞬間、レオは目の前の少女を、おぞましいものを、自分の意識の外側に追放した。
「まって……まってください……」
目の前の少女が姿勢を変え、前のめりになり、フルフルと首を横に振る。
不安に引きつった表情は、今にも泣きだしそうだ。
けれどそんな少女の感情など、レオにとってはどうでもいい。
「もう一緒には居られない。俺はもう、お前を信じられない」
「……レオ……様……」
結局、最初から最後まで信じられるのは自分だけだ。
自分だけなのだ。
だから、それ以外はいらない。
目の前の少女も、心の中に居る陽だまりの彼女も、必要ない。
硝子の割れるような音が、レオの頭に響いたような気がした。
おぞましい少女は唖然とした表情を作った後に、俯く。
体が震えている。
「無理だ。俺の前から、消えてくれ。奴隷の契約は解除する」
レオは祝福をもって、目の前の少女との契約を解除する。
サルマンが行っていた魔法を見よう見まねで使ってみたが、上手くいったようだ。
白い光が少女の中へ入れば、それは自分の前から逃げることができるようになる。
危害を加えることだってできるようになった。
今この瞬間をもって、レオと少女の関係は唐突に終わりを告げた。
あまりにもあっけない関係性の終わりに、レオは自嘲する。
そもそも繋がりなんて、この程度のものでしかなかったのだろう。
これでレオにとって、目の前の少女は、モノになった。
「街までは送る、そこでお別れだ」
今のレオにとって、目の前の白銀の少女はそのくらいの存在に成り下がっていた。
自分を騙し続け、最後の希望にすり替わったモノ。
それが暗闇の中で見つけた他にない絶対の光だったからこそ、レオはそれを許すことができない。
冷たい怒りを、沈めることができない。
「……そう……ですよね……」
弱々しい掠れた声が、やけに鮮明に耳に響いた。
目の前のモノはゆっくりと足を動かし、立ち上がる。
見れば見るほど、その姿はあの最悪の光景そのままだ。
月明かりに照らされる表情も、ほとんど同じ。
唯一違いがあるとすれば。
光景の少女は何かから解放されたようだったが、目の前のモノは作った笑顔を浮かべているくらいだ。
「わたしは……とんでもないことをしました。最低です……ごめんなさい……っ……レ、レオ様が怒るのも……当然です」
「…………」
体を震わせ、今にも泣きそうなのに、目前のモノはそれを必死に堪えている。
必死に笑顔を作り、涙を見せまいとしている。
彼女は知っている。
泣きたいのは、レオの方だと。
だから、彼女は涙を見せない。
悪いのは、全部自分だと思っているから。
その感情の揺れがうっすらとだがレオに届いたからこそ、彼もまた目を見開く。
何も言えないけれど、レオの心の中に今の少女の姿は記憶に焼き付くかのように強烈に映る。
「ごめんなさい……もう、ここでお別れしますね……レオ様もその方がいいです……っ……本当にっ……ご、ごめんなさいっ!」
少女の左目の目じりから、一筋の涙が零れ落ちるのをレオは見た。
それを隠すかのように、踵を返して少女は走り出す。
レオの方ではなく、彼が廃屋に開けた穴から逃げるように。
自分という重りから彼を開放するために、走る。
「……っ!」
そんな少女の背中を見ながら、レオは無意識に右手を持ち上げ、彼女に伸ばしていた。
引き留めるかのような、そんな動き。
けれど、声は出せなかった。
半歩踏み出した右足も、それ以上は前に出なかった。
夜の風がレオの金髪を遊び、木々を揺らす。
月光に照らされている少女。
けれどその姿は、すぐに闇に消える。
伸ばしていた手を力なく下ろし、必死に目線を闇から逸らす。
(あいつは……俺を騙してたんだ……)
内心でそう強く思い、アリエスへの気持ちを封じ込める。
硝子が割れる音が、響いた気がした。
それが自分の心が上げた悲鳴であることに、レオは気づかない。
半壊した廃屋。
そこで射しこんでくる光に導かれ、レオは上を向く。
森の木々に邪魔されず、雲一つすらない星空。
数々の星が輝く光景は綺麗で、さらにその中心でレオを照らしてくれる満月も、見入ってしまうほど綺麗だった。
けれど、なぜかレオはそれを空虚な気持ちで見上げるしかできなかった。
下ろした右手は強く握られ、怒りではなく悲しみで震えていた。
その声を聞いて、白銀の髪を月光に輝かせた少女はピクリと反応した。
「レ、レオ様……」
安心したような声。
その声を、レオは知っている。
たった数日だが、ずっと一緒に居た、一緒に居てくれた信頼できるパートナーの声。
その声が、なぜか見知らぬ白銀の少女からする。
「アリエス……なのか……?」
「……え?」
ゆっくりと首だけで振り返る少女。
そして彼女の顔を見て、レオは全身の血が凍り付くような感覚に陥った。
白銀の少女は、あの最悪の光景で見た少女だった。
見間違えるはずもない。
あの光景で、黒い触手に無残にも殺されていた彼女だ。
レオは目を見開き、拳を強く握りしめる。
そんなレオの様子に白銀の少女、いやアリエスは気づいたのだろう。
ハッとした顔をして、そして手を持ち上げ、自分の体を見下ろした。
「な、なんで……」
「変身……魔法」
納得がいったという風に、しかしたどたどしくレオは告げる。
魔物を倒すためにレオが行使した力は全てを吹き飛ばした。
黒い魔物も、鉄のような触手も、そしてアリエスを覆っていたであろう変身魔法も。
けれど。
「……どう……して」
「…………」
どうしてそんなものを使っているのか。
レオの言葉にアリエスは何も答えなかった。
ただ俯いているだけ。
けれどその錦糸のような前髪の向こうに、彼女の目を見た。
しっかりと閉じられた、アリエスの両目を。
「……見えないのか」
「…………」
「……目が……見えないのか……」
「……はい」
レオの言葉は戸惑いに震えている。
目の前の光景が心底信じられないというように、口を閉じることすら忘れていた。
アリエスの声は消え入りそうなほどに小さかった。
やがて彼女は観念したように滔々と語り始める。
「ごめんなさい……レオ様の言う通り、わたしは目が見えません……だから、自分を偽るために変身魔法を使っていました」
「…………」
レオの頭の中で様々な光景がフラッシュバックする。
だからあのとき、アリエスは自分の姿を見失ったのか。
だからあのとき、依頼書の内容を自分で読むことなく、自分に手渡したのか。
過去を回想すればするほど、それはアリエスが盲目であることを証明していた。
今から過去に向かい、アリエスとの思い出を振り返ると、彼女の目が見えないというヒントがちりばめられていた。
そして思考の過去への旅は彼女と出会ったときにまで遡る。
初めて自分を恐れずに、目を向けてくれたたった一人の少女の記憶へと。
(嘘……だろ……)
それが、真っ黒に塗りつぶされていく。
アリエスは目が見えない。
なら、レオの右目だって視界に入るわけがない。
なら、それを恐れることなどできるはずもない。
そもそも彼女は、レオの姿かたちを視認できないのだから。
「呪いの右目も……見えないのか……」
それは、レオの最後の祈りのように思えた。
せめてそれだけは、否定してほしかった。
他は別にいい。
でも、でもそれだけは。
「……ごめんなさい」
けれどその祈りは脆くも崩れ去る。
アリエスから返ってきた言葉は、謝罪だった。
彼女は、レオを恐れないのではない。
レオを見ることが出来ない、恐れることができないのだ。
「なんだよ……」
握りしめた拳が震える。
指が手のひらの皮膚にめり込み、血の感触が広がる。
自分は、騙されていたのか。
たった一つの希望。それすらも嘘だったのか。
そんな思いがレオの頭の中に募っていく。
人に拒絶され、王国から見捨てられ、誰も頼れなかった。
その中で見つけた唯一の光だったアリエスすら、嘘だったというのか。
思ってしまったことが、水面のように何もなかったレオの心に、まるで雫のように落ちた。
波紋が広がり、それが大きくなる。
水が、心が、煮える程震える。
視界が怒りで赤く染まっていく。
レオの頭を過ぎる、人々の表情。
恐れる人、憐れむ人、嫌悪する人。
呪いを目にして目を見開き、足を止めるエバ。
隠しきれないほど大きな恐怖の色を雰囲気に宿したデネブラ国王。
王都の宿屋の路地裏に居た、同じ呪われた男性の化け物を見る目。
アリエスがしたことは、そもそもその段階にすら至ってない。
「結局……同じか……そうやって、俺を騙して……」
「ちがう……違います、レオ――」
もういい。
もう、何も信じられない。
目をつぶった少女が、おぞましいなにかにしか見えなかった。
「同じだよ」
飛び出した言葉は、恐ろしいほど低く、そしてまっすぐだった。
今この瞬間、レオは目の前の少女を、おぞましいものを、自分の意識の外側に追放した。
「まって……まってください……」
目の前の少女が姿勢を変え、前のめりになり、フルフルと首を横に振る。
不安に引きつった表情は、今にも泣きだしそうだ。
けれどそんな少女の感情など、レオにとってはどうでもいい。
「もう一緒には居られない。俺はもう、お前を信じられない」
「……レオ……様……」
結局、最初から最後まで信じられるのは自分だけだ。
自分だけなのだ。
だから、それ以外はいらない。
目の前の少女も、心の中に居る陽だまりの彼女も、必要ない。
硝子の割れるような音が、レオの頭に響いたような気がした。
おぞましい少女は唖然とした表情を作った後に、俯く。
体が震えている。
「無理だ。俺の前から、消えてくれ。奴隷の契約は解除する」
レオは祝福をもって、目の前の少女との契約を解除する。
サルマンが行っていた魔法を見よう見まねで使ってみたが、上手くいったようだ。
白い光が少女の中へ入れば、それは自分の前から逃げることができるようになる。
危害を加えることだってできるようになった。
今この瞬間をもって、レオと少女の関係は唐突に終わりを告げた。
あまりにもあっけない関係性の終わりに、レオは自嘲する。
そもそも繋がりなんて、この程度のものでしかなかったのだろう。
これでレオにとって、目の前の少女は、モノになった。
「街までは送る、そこでお別れだ」
今のレオにとって、目の前の白銀の少女はそのくらいの存在に成り下がっていた。
自分を騙し続け、最後の希望にすり替わったモノ。
それが暗闇の中で見つけた他にない絶対の光だったからこそ、レオはそれを許すことができない。
冷たい怒りを、沈めることができない。
「……そう……ですよね……」
弱々しい掠れた声が、やけに鮮明に耳に響いた。
目の前のモノはゆっくりと足を動かし、立ち上がる。
見れば見るほど、その姿はあの最悪の光景そのままだ。
月明かりに照らされる表情も、ほとんど同じ。
唯一違いがあるとすれば。
光景の少女は何かから解放されたようだったが、目の前のモノは作った笑顔を浮かべているくらいだ。
「わたしは……とんでもないことをしました。最低です……ごめんなさい……っ……レ、レオ様が怒るのも……当然です」
「…………」
体を震わせ、今にも泣きそうなのに、目前のモノはそれを必死に堪えている。
必死に笑顔を作り、涙を見せまいとしている。
彼女は知っている。
泣きたいのは、レオの方だと。
だから、彼女は涙を見せない。
悪いのは、全部自分だと思っているから。
その感情の揺れがうっすらとだがレオに届いたからこそ、彼もまた目を見開く。
何も言えないけれど、レオの心の中に今の少女の姿は記憶に焼き付くかのように強烈に映る。
「ごめんなさい……もう、ここでお別れしますね……レオ様もその方がいいです……っ……本当にっ……ご、ごめんなさいっ!」
少女の左目の目じりから、一筋の涙が零れ落ちるのをレオは見た。
それを隠すかのように、踵を返して少女は走り出す。
レオの方ではなく、彼が廃屋に開けた穴から逃げるように。
自分という重りから彼を開放するために、走る。
「……っ!」
そんな少女の背中を見ながら、レオは無意識に右手を持ち上げ、彼女に伸ばしていた。
引き留めるかのような、そんな動き。
けれど、声は出せなかった。
半歩踏み出した右足も、それ以上は前に出なかった。
夜の風がレオの金髪を遊び、木々を揺らす。
月光に照らされている少女。
けれどその姿は、すぐに闇に消える。
伸ばしていた手を力なく下ろし、必死に目線を闇から逸らす。
(あいつは……俺を騙してたんだ……)
内心でそう強く思い、アリエスへの気持ちを封じ込める。
硝子が割れる音が、響いた気がした。
それが自分の心が上げた悲鳴であることに、レオは気づかない。
半壊した廃屋。
そこで射しこんでくる光に導かれ、レオは上を向く。
森の木々に邪魔されず、雲一つすらない星空。
数々の星が輝く光景は綺麗で、さらにその中心でレオを照らしてくれる満月も、見入ってしまうほど綺麗だった。
けれど、なぜかレオはそれを空虚な気持ちで見上げるしかできなかった。
下ろした右手は強く握られ、怒りではなく悲しみで震えていた。
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