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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第236話 事件は完全に終息する

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 ~少し前~ 
  
「そうですか……ライラックの伯父上は……亡くなりましたか……」 
  
 エリザベート襲撃事件から数日後、無事シアが出産を終えた後に、俺はカイラスの兄上からライラックの伯父上の戦死について聞かされていた。 

 ライラックの伯父上をカイラスの兄上が止めることは前々から決まっていたことだ。だからその報告を今してもらっている。シアの出産後しばらくしてから訪れてくれたのはカイラスの兄上の思いやりだろう。
  
「ああ……手加減が出来るような相手ではなかった。遺体は……」 

 言い淀むカイラスの兄上。エリザベートとの激しい戦いの後、システィさんは秘密裏に動き、ライラックの伯父上の遺体が痛まないように保管してくれたそうだ。
 システィさんともその際に会っているカイラスの兄上がライラックの伯父上の亡骸を気にするのも当然だろう。
  
「はい、シアに頼んで引き渡してもらいます。南側で丁寧に、けれど秘密裏に弔いましょう。伯父上の領地に関しても、こちらで何とかします」 
  
「助かる」 
  
「いえ……カイラスの兄上、今回はありがとうございました」 
  
 改めてカイラスの兄上にお礼を述べる。シアはエリザベートに気づいていたけれど、それはまだ確定と呼べるほどではなかった。襲撃が確実に起こると教えてくれたのはカイラスの兄上で、加えてライラックの伯父上とも戦ってくれた。 
  
 彼が居なければさらに被害が増えていたかもしれない。というのは前にシスティさんから聞いたことだ。だから今回の一件に関しては感謝しかない。 
  
 カイラスの兄上はいつもの無表情で、けれどどこか憑き物が落ちたような様子で「いや」と呟いた。そして少しだけ逡巡した後に、再び口を開いた。 
  
「……今から話すことはレティシア様ならば既に知っていることかもしれないが……」 
  
「? はい」 
  
 言いにくそうにするカイラスの兄上に対し、続きを促す。カイラスの兄上は目を瞑り、静かに語り始めた。 
  
「エリザベートはレティシア様とお前を排除することで北を自分が、南を私に治めさせるという未来を私達に語った。その際に、話は既に通してある、とも言っていた」 
  
 瞑っていた目を開き、カイラスの兄上はまっすぐに俺を見て告げる。 
  
「今回の一件、国王のオズワルド陛下も関わっている。いや、知っていて黙認していたという方が正しいだろう」 
  
 最後に残った事件の当事者を聞かされて、俺の心の中でエリザベートの時に燃え上がった怒りの感情が、また再度燃焼した。 
  
  
  
 ××× 
  
  
  
「お待ちくださいフォルス様!」 
  
 城の兵士の言葉で、回想から帰ってくる。ここは王都の王城の廊下。そしてそこを俺は堂々と歩き、周りには焦った表情の兵士が必死に止めようとしてくる。けれど俺は一切歩みを止めはしない。 
  
「陛下はお会いになられないと、そうおっしゃっています!」 
  
「…………」 
  
 知っている。当然だ。エリザベートの計画が失敗した以上、最大の望みであった俺とシアの排除は叶っていない。そんな時の俺の突然の訪問。あの陛下なら……いやオズワルドなら嫌な予感を感じ取るだろう。 
  
 けれどそれで歩みを止めるつもりなど毛頭ない。 
  
 俺は制止しようとする兵を視線のみで黙らせ、彼らの足を止めさせる。俺も一瞬だけ足を止め、兵士に言い放った。 
  
「邪魔をしないでくれ。この場で君達を斬りたくはない」 
  
 この怒りを抑えきれる自信もなく、そう願うように、けれど低く、強い声で告げた。その言葉に兵士達は言葉を失い、立ち尽くす。その隙に俺は再び歩き出し、謁見の間へと向かった。 
  
 扉を両手で勢いよく開き、中へと入る。そして光の差し込む謁見の間の最奥に鎮座するオズワルドを見て、怒りの表情のまま足を進める。謁見の間にはレイさんも居たけれど、そちらには目を向ける余裕もなかった。 
  
「ノ、ノヴァ……ど、どうしたんだ君らしくない……こんな無理やりなど……ヒィ!?」 
  
 睨みつけるようにオズワルドを見れば、彼は情けなく小さな悲鳴を上げた。拳を強く握りしめ、極力冷静になるようにしつつ口を開く。 
  
「……エリザベートと共にアークゲート家を襲撃した者のうち、ライラック・フォルス、ティアラ・アークゲートは戦死しました」 
  
「あ、ああ……聞いているとも……さ、災難だったな……」 
  
 顔を引きつらせながら冷や汗をかくオズワルドに、真相を突き付ける。 
  
「……カイラス・フォルスはこちらにつき、エリザベートから聞いた情報を話してくれました。今回の一件には……陛下も関わっていると」 
  
「ち、違う! そのようなこと……あるわけがっ!」 
  
「ほう?」 
  
 思わず左手が剣の鞘を強く握る。今にもこのとぼけるオズワルドを斬り伏せたい欲求に駆られるほどだ。 
  
「……妻も今回の一件にあなたが関わっているのは確定だと見ていますし、私もです。あなたは王族の地位を維持、または向上させるためにアークゲート家当主の私の妻と、フォルス家当主の私の排除を狙った。違いますか?」 
  
「だ、断じて違う!」 
  
「…………」 
  
 玉座でみっともなく叫ぶオズワルド。その態度が、彼が嘘を語っている証拠でもあった。そしてその様子をどこか冷たい視線で見るレイさんは、きっとシアから事前に聞いているのだろう。彼がオズワルドに向ける視線は、実の父に向けるものとは思えないほどに冷淡だった。 
  
 カイラスの兄上やエリザベートが嘘を言う必要はない。加えて俺もこの城でアークゲート家の魔力を感じた。今だから分かるが、あの魔力は確かについ先日戦ったエリザベートのものだった。 
  
 俺の中で、オズワルドが関わっていたのはほぼ確定だ。俺だけでなくシアも確定と見ている。それだけで十分な理由になる。 
  
「私は元々、王族に歯向かうつもりも、脅かすつもりもありませんでした。両者が手を取って歩んでいければよいとさえ考えていました」 
  
 そしてそれを、到底許すことは出来ない。 
  
「けれど……けれど俺やシアを……それのみならず俺の大切な人まで傷つけようとしたなら、それは絶対に許せない」 
  
 許すことなど、出来る筈がない。その当事者がのうのうと過ごしていることなど、特に。 
  
 剣を抜き、その切っ先をオズワルドへ向ける。オズワルドが目を見開き、口をわなつかせた。 
 剣を持ったまま歩みを進め、玉座へと近づいていく。 
  
「ま、待てノヴァ……待ってくれ……違う、勘違いだ!」 
  
「へ、陛下――」 
  
「手を出すな!」 
  
 叫んだのはレイさんだった。その言葉と共に近づこうとする兵士を強く睨みつける。王子であるレイさんの声と俺の視線で、兵士達は動きを止めざるを得なかった。 
  
「違う……違うのだ……」 
  
 玉座から崩れ落ちるように床に倒れるオズワルド。彼に近づき、冷たく見下ろした。 
  
「違う? 違うだと?」 
  
 シアやユティさん、オーロラちゃんを危険に晒したエリザベートの襲撃を黙認していながら、当事者の一人となっておきながら、違うと言うのか。 
  
「それが許されるとでも……思っているのか……」 
  
「ひぃっ……ち、違う……わ、私はエリザベートから話を聞いた……それを黙認しただけだっ!」 
  
「お前っ!」 
  
 その胸ぐらを掴み、持ち上げ、オズワルドと目を合わせる。その瞳の奥に、明確な恐怖の感情が見えた。 
  
「仕方なかったのだ! 私はお前達が恐ろしかった……恐ろしくて、いつかこの座が脅かされると思ってしまった! だから――」 
  
「そんな理由でっ!」 
  
 剣を持つ手に力が入り、それをオズワルドの首に当てる。少しでも動かせば首を斬り落とせる位置。それを悟り、オズワルドは震えた。 
  
「ま、待てノヴァ……頼む、許して――」 
  
「お前はっ!」 
  
 胸ぐらを掴んだ手を少しだけ揺らし、声の限りに叫んだ。 
  
「ただ権力に固執しているだけだっ! 今の自分の地位を守りたいだけだ! 自分勝手な感情で俺達を巻き込むな!」 
  
「あ……ああ……」 
  
「……次に何かしようとすれば、容赦なくその首を落とす」 
  
 剣を握る手から力が抜けるように必死に体に命令を下し、剣を力任せにオズワルドの首から離す。もしそのままならば、力を入れて首を斬っていたかもしれない。 
 オズワルドの胸ぐらを押すようにして放し、立ち上がる。剣を鞘に入れ、大きく息を吐いた。 
  
「……レイモンド王子」 
  
「……なんだ」 
  
 少し遠くにいるレイさんに声をかけ、目線はオズワルドに向けたままで告げる。 
  
「オズワルド陛下に譲位を勧めてください。もしも彼がこのまま玉座に納まるなら、フォルスもアークゲートも一切手を貸さない。むしろ、この城を攻め落とします」 
  
「……分かった。すぐに手続きをしよう」 
  
 レイさんのその言葉に、オズワルドがうな垂れるのがしっかりと目に映った。 
 踵を返し、俺は謁見の間を後にするべく扉へと向かう。背後に残った人たちは誰も、何も言わなかった。 
  
 俺は一度も振り返ることなく謁見の間の扉を開き、その場を後にする。 
 こうしてエリザベート襲撃事件は完全に終わりを迎えた。 
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