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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第185話 ヨークテイムの不可解な事件

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「そういえば、ヨークテイムの街で不可解な事件が起きたことはご存じですか?」

 最近ではもう珍しくもなくなったアランさんの来訪。彼とコーヒーを飲みながら他愛のない話をしていると、彼は思い出したように口にした。

「不可解な事件?」

「はい、ヨークテイムの大通りで、通り魔事件があったんです」

「え? それ大丈夫なの?」

「はい、死傷者は一人もいなかったそうですので」

「……んん?」

 死傷者ゼロと言うのを聞いて安心するけど、同時に不思議に思う。その場に腕利きの武人でも居て、怪我人が出る前に制圧したとかだろうか。

「ここからが不可解なんですが、犯人に襲われ、斬られた人は8名。けれどその全員が無傷で、かつ犯人も無傷で倒れていたそうです。警備が駆けつけた時には、通りには倒れていた計9人が居たとか」

「斬られたけど、斬られてなかった?」

「いえ、犯人の持っていた刃物には血がついていましたし、倒れた人の衣類にもついていたそうです。斬られたのは間違いないですが、誰かが治したというのが正しいかと」

「なる……ほど?」

 いまいち実感がわかなくて首を傾げていると、アランさんは体を少しだけ前に倒して言葉を続けた。

「犯人は確保され、尋問されました。気が触れていたのであまり詳細なことは分かりませんでしたが、ただ一つ判明したのは一人の女性を最後に見たということでした」

「女性? じゃあその人が……?」

「間違いなくそうだと思うのですが、その犯人が凶行に及んでから警備が到着するまで、そこまで長い時間はかかっていません。さらに8人を斬った時間を考慮すると女性が犯人を無力化したのはかなり短い時間になります。被害者の治療もしつつ、犯人を無力化、そして警備が到着したときには辺りには気配すらなかった」

「…………」

 アランさんの言葉を聞いて、俺の脳裏には何人かの女性の姿が思い浮かんでいた。シアなら、いや彼女じゃなくてもアークゲート家の人ならば不可能じゃないと思える。
 そのことがアランさんにも伝わったのか、彼はやはり、と呟いた。

「レティシア様ならば、可能ですか?」

「いや、シアだけじゃなくて何人か出来そうな人は居るよ。ユティさんとか、オーロラちゃんとか、システィさんとか……」

 出来るかもしれない、という事ならいくらでも候補はいる。そう伝えるとアランさんは難しそうな顔をした。

「……ですが、レティシア様達ならば姿を隠しませんよね?」

「うん、大ごとにしないように頼みはするかもしれないけど、姿を隠してその場を去ったりは……しないんじゃないかなぁ」

 実際、サリアの街でひったくり犯を捕まえた時もシアは犯人を引き渡すのに協力してくれていた。あれは俺が居たからかもしれないけど、それを差し引いても8人も斬られた現場からシアが隠れて逃げるとは思えない。
 それはユティさんやオーロラちゃんに関しても同様だ。

「……ちょっと聞いてみようか」

 そう呟いて立ち上がり、俺は執務机に向かう。机の上に置いてある白色、桃色、黒縁の便箋を手に取って、それぞれに『最近ヨークタウンに行ったことはある?』という旨を書き込んだ。

 それらをまとめて持ってアランさんの元に戻り、テーブルの上に置いた。
 三つも書けばどれかですぐに返信が来るかと思って待っていると、すぐに桃色の便箋に文字が書き込まれる。前から思っていることだけど、オーロラちゃんの返信は本当に早いと思う。ずっと持ってくれているのだろうか。

「……行ったことはない、みたいですね」

 書き込まれた文言を見てアランさんが呟く。オーロラちゃんの手紙には何かあったの? という言葉が続いたので、「なんでもない、ちょっと聞いてみただけ」という言葉をペンで書いて返した。

「あ、ユティさんからも来てるね……彼女も行ったことはないみたい」

 オーロラちゃんへの返信中にユティさんからも返ってきていて、彼女も行ったことは無さそうだ。そちらにも「ありがとうございます」という旨の返信を書き込んでいると、後ろに控えていたターニャが声を上げた。

「あ、奥様も返信をくださったようですね」

 ユティさんへの言葉を書き終えて黒い縁の便箋に目を向ける。そこにはオーロラちゃんやユティさんとは少し違った内容の返事が書かれていた。

『行ったことはありますが、最近はないですね。ヨークテイムがどうかしましたか?』

「奥様は行ったことがあると」

「シアはゲートの魔法を使うから、きっとほぼすべての街に行ったことがあるんじゃないかな」

 俺も北側はともかく、南側はゲートの機器を使用したいから馬車でそれぞれの貴族の屋敷へ行ったくらいだし。色々な場所を知っていると、ゲートの魔法って本当に便利なんだよなぁ、と思ったりした。

 ふと、ある時の事を思い出す。確かゼロードの事件があったあの日、シアはオーロラちゃんの姿を隠す魔法を使用していた筈だ。周りから認知できなくなり、消えたように見える魔法。あれと今回の一件は似ているんじゃないだろうか。

 シア宛ての便箋にそのことを書いてみた。

『以前ゼロードが事件を起こしたとき、オーロラちゃんに姿を隠す魔法を使っていたけど、あれってシアが作った魔法?』

『いえ、あれはアークゲート家に前から伝わっている魔法ですね。それを少し改良してはいますが』

 すぐに書き込まれた返信を見て、俺は考える。ということは、アークゲート家の人なら今回の事件を解決した人と同じことが出来る可能性が少しだけ高まった。

「あぁ……あの魔法ですか。本当にオーロラさんが急に現れるものだから、びっくりしましたよ」

 やり取りを見ていたターニャがそう呟くのを聞いて、アランさんは彼女に尋ねた。

「気配も感じられない程なんですか?」

「それはもう。魔法を解除したときなんて、急にその場に瞬間移動でもしたのかと思いましたからね」

 苦笑いを浮かべるターニャに、驚いた表情のアランさん。彼らを視界の隅に入れながら、俺は今回聞いた事件について興味が湧いていた。シア、ユティさん、オーロラちゃんでなくても、誰かしらがやった可能性はある。それこそティアラやノークさん、システィさんの可能性だってある。

「……ターニャ、仕事はある程度片付いているよね?」

「はい、特に問題はありませんが……まさか」

 えぇ……という表情で俺を見るターニャ。仕事はある程度片付いていて、目の前には気になる事件が転がっている。これはもう、やることは一つだ。

「うん、今回の事件を調べるために、ヨークテイムの街に向かうよ」

「……構いませんが……なんだかオーロラさんの言いそうな事ですね」

「まあ、それは否定しないかな」

 オーロラちゃんもオーロラちゃんで興味を持つと突っ走る感じだから、今の俺には少しだけ彼女の気持ちが分かる。でも気になるから仕方ないじゃない! という彼女の言葉が頭を過ぎった。

「ノヴァさん、自分もご一緒しても良いですか?」

「うん、アランさんも一緒に行こう」

 アランさんも今回の件が気になるみたいだ。俺はアランさんに頷いて返して、ゲートの機器の準備をする。久しぶりに、俺達は遠出した。
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