上 下
160 / 237
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第160話 二人の、将来のために

しおりを挟む
 夜も深まった頃の夫婦の寝室に、響くのは本のページをめくる音だけ。俺は今日一日の仕事を終え、就寝前に本を読んでいた。隣の椅子にはシアの姿もあって、彼女もまた本を読んでいる。俺達は時折、就寝前にこうして時間を過ごす。語り合うこともあれば、今のように静かに本を読むだけの時もあった。

 テーブルの上にはサリアの街で購入し、シアに贈った栞が置かれている。プレゼントした後にすぐに使ってくれているみたいで、買ってよかったと思える瞬間だ。
 ある程度本を読み終えたところで、一旦本を閉じて膝の上に置き、背もたれに体を預ける。ふぅ、と一息ついた。

「もうお休みになりますか?」

「ううん、ちょっと休憩しているだけ」

「そうですか」

 シアが俺の方を向いた後に、再び視線を自分の本に落とすのを感じた。目を瞑っているからこそよく分かるけど、シアの声音はとても穏やかで、それを聞いて俺も心が穏やかになる。
 さっきの本の内容を頭から追いやって、少し考えに更ける。ここ数日、色々なことがあったけど一番大きいのはアランさんの件だろう。二人が心を通わせたのは、言うまでもない。

「…………」

 目をつむったままで考える。今考えたアランさんの協力もあって、南側の貴族との仲は良好だ。もちろんレイさんともそれなりに上手くやっているし、アークゲート家の皆ともいつも通り。就任した当初はバタバタしていたけど、最近はそれも落ち着いてきて余裕も出てきた。

 そうなってくると、考える時間も増える。それはその……子供についてだ。貴族にとって、というよりもどんな家でもそうだと思うけど、世継ぎが大事だって言うのはフォルス家だって例外じゃない。

 シアとは再会して、結ばれて、結婚して、そういったこともして……次の段階に進んでもいい頃だと、個人的には思う。
 ……息子や娘……かぁ。

 頭の中で、まだ見ぬ未来に出会う小さな姿を思い浮かべる。男の子なら男の子で、強い意志を持った子に育ってほしい。俺よりもシアに似た方が強そうではある。
 そして女の子なら女の子で、こちらもきっとシアに似た可愛い子になるだろう。ひょっとしたら姉妹だからオーロラちゃんやユティさんに似た子になるかもしれないけど、それでも可愛くて、皆から愛される子になるに違いない。

 男の子なら俺が剣技を教えたいし、ギリアムさんに覇気を教えてもらうのも良いだろう。いやひょっとしたら女の子でも剣に興味を持ったりするかもしれないな。でも個人的には女の子なら魔法をシアから習って欲しいかもしれない。
 いや、それこそフォルスの覇気とアークゲートの魔法の両方を持ったすごい子供になるかもしれないのか……いや……いやいや?

 そこまで考えて、俺は一つの事に思い至った。

 普通に考えればフォルスの覇気とアークゲートの魔力を持った、すごい子供が誕生するかもしれない。けどそもそもこの二つの力は反発する。もしも一つの体に二つの力が存在するようなことになれば、その子はどうなってしまうのか。

「…………」

 目を開けて、背もたれから体を起こす。
 いやそれだけじゃない。俺はフォルス家の覇気を扱えず、それゆえにアークゲートの魔力との反発が起こらない唯一の存在だ。それは……子供にも遺伝されるのか?
 もしも仮に遺伝されるなら多少は考え方が楽になるけど、遺伝されない、あるいは男の子にしか遺伝されないなら、それはそれで問題の解決にはならない。

「……ノヴァさん? どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

「あ……ああ……ちょっとあることを思いついちゃって……」

 シアに言われて、俺は一旦思考の海から戻ってくる。心配そうなシアの表情を見て、大丈夫だと告げたけど、彼女は本を膝の上に置いて俺の方をじっと見てくる。

「何を思ったんですか?」

「……今考えていたのは、俺についてだよ。ほら、俺ってフォルス家の覇気が使えないから、アークゲートの魔力が効かないでしょ? それって子供に遺伝するのかな、って思って」

「……なるほど」

 納得したように頷くシア。彼女に相談すれば何か分かるかも、そう思ったけど。

「結論から述べると、ノヴァさんの性質は子供には遺伝しないと思われます」

「……え?」

 何か分かるどころか、答えを言われて俺は目を見開いた。

「実は、少し前にユティに頼んでノヴァさんの体質について調べてもらっていたんです。フォルスの覇気が使えない事や、アークゲートの魔力を従えられることについて。正確なことは分かりませんが、少なくとも私もユティも、今のノヴァさんの力は先祖返りだと考えています」

「先祖……返り?」

 確か遠い祖先の力や姿が、離れた子孫に隔世遺伝することだっけ? と思って聞き返すと、シアは頷いた。

「その可能性が最も高いです。ですので子供に遺伝する可能性はかなり低いのでは、と私達は考えています」

「……俺の体質? については分かったけど、それはそれで問題があると思うんだ。俺の体質が遺伝しないなら、子供はフォルスの覇気とアークゲートの魔力を持つことになる。それは……子供が苦しむことになるじゃないか……」

 遺伝しないという事が分かって、生まれる子供が苦しむという可能性に至る。それは何とかしないといけないんじゃないか、そう思ったけど。

「はい、ですのでそっちも考えています」

「……え……っと?」

 シアは穏やかな表情のままで続けた。まるで心配ない、と言わんばかりの態度に、少しだけ困惑する。そっちも考えているっていうのは、どういう事だろうか。
 シアは膝の上の本をテーブルの上に置いて、俺を見て微笑んだ。

「私がノヴァさんと再会するよりも少し前、縁談を申し込むときから、フォルスの覇気とアークゲートの魔力の問題については何とかしなくてはならないと考えていました。ですから現在、王都のナターシャとユティに依頼してこの二つの反発を少なくする薬の開発を行ってもらっています」

「……へ? 薬の……開発?」

「はい……とはいえ現時点で結構時間がかかっているのですが完成にはまだ時間がかかるらしく。とはいえ数年以内には完成する予定です。隠しているつもりはなかったのですが、ノヴァさんが不安になるなら先に話しておけば良かったですね。すみません」

「い、いや……それは別にいいけど……」

 シアの話だとかなり昔から準備してきたみたいだし、話すタイミングがよく分からなくなっていた、みたいな感じだろう。きっと俺の体質に関してもそうだと感じた。それ自体は別にいいけど、そんなに前からフォルスの覇気とアークゲートの魔力について考えていてくれたのかと、驚いた。

「私も同じです」

「……え?」

「ノヴァさんとの間の子供には、健やかに育ってほしいですから。フォルスの覇気やアークゲートの魔力に翻弄されないで、もちろん両家のしがらみにも囚われずに」

「シア……」

 シアもまた、俺との未来の事を考えてくれている。いや俺以上に、考えてくれていたんだ。それが嬉しくて、心が温かくなった。

「ノヴァさん、明日時間ありますか? これも良い機会ですので、よければ王都に一緒に行きませんか? 開発している薬の現状について、お知りになるのも良い事かなと」

「うん……そうだね。仕事もそこまで溜まっていないし、夕方くらいからなら行けると思う」

「ではそのくらいの時間に、執務室の方に迎えに来ますね」

 シアの言葉に頷いて、俺は自分の本をテーブルの上、シアの本の隣に置く。
 そうして立ち上がって、シアに手を伸ばした。彼女は俺の手を取って、席から立ち上がる。

 手をつないだままで、俺達はベッドへと向かっていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2024.8.29)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...