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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第140話 オーロラ先生の模擬戦授業

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 フォルス家当主になって忙しくはなったけど、大体の生活の流れが変わったわけじゃない。例えば早朝に起きるのは元からだし、朝食後は剣の訓練をする日課も相変わらずだ。 
 でもその後に、時間が合えばフォルス家の兵の人達と模擬戦をすることもある。フォルス家は剣の名家で、独自の兵を持っている。 
  
 三男として小さな領地を持っていた時も本当に少人数だけど兵は持っていたし、カイラスの兄上だって自分の領地に兵を持っているけど、ここフォルス本家の兵は量も質も段違いだ。 
 俺としても強い人と剣を交えられるのは嬉しいことだし、たまにギリアムさんが訪れて参加することだってある。本当にたまにでは、アランさんの参加もあるくらいだ。 
  
 けど今日の訓練はいつもとは少し違っていた。屋敷から離れたところにある訓練場で木刀を構える兵士の男性はやや圧されたように冷や汗をかいている。どの角度から攻めればいいのか、答えが見えていないような様子だ。 
 一方で彼の対戦相手は涼しい表情で木刀を持つこともなく、ただそこに立っていた。 
  
 若い男性兵士の模擬戦相手は、つい先日俺の補佐兼秘書になってこのフォルス家に引っ越してきたオーロラちゃんだ。 
 彼女が来てから俺の生活のいろんな場面に彼女が現れるようになって、屋敷が少し明るくなった。朝食は一緒に食べるし、朝にやっている一人での剣の訓練の時は、オーロラちゃんはターニャ、ソニアちゃんと一緒に微笑んで見て楽しんでくれている。 
  
 そんな彼女は、当然フォルス家の兵やメイドからも人気である。 
  
『オーロラ様がいらしたことで、この屋敷がさらに明るくなったように思えます!』 
  
『月の輝きのような奥様と、太陽のようなオーロラ様……嘘、私の勤める屋敷、輝きすぎ!?』 
  
『奥様もオーロラお嬢様も、こちらの屋敷に来てからよく笑っておいでです。 やはり旦那様がいらっしゃるから……ということでしょう』 
  
『オーロラ様とソニアちゃんの絡み……私は遠くから見るだけで満足です!』 
  
 父上がいた頃と比べると兵士やメイドの顔触れが変わっているから、何の先入観もなくシアやオーロラちゃんを評価してくれている。アークゲートの名前を最初は恐れていた人も実際に会ってみてその違いに驚き、そして段々と慣れていくみたいだ。 
  
 やっぱりシア達は勘違いされやすいだけで、本当はとっても可愛くて優しい最高の妻や明るく笑顔の似合う可愛らしい義妹であることに皆が気付いてくれて、夫としても鼻高々だ。 
 なぜかターニャには目を逸らされてしまったけど。 
  
「これが……オーロラ……様……」 
  
 そんなわけでフォルス家に馴染み始めたオーロラちゃんだけど、たった今彼女を見つめる兵士の男性は固唾を飲んで呟いた。 
 見てみれば彼の後ろに控える他の兵士達も目を見開いてオーロラちゃんを見つめている。 
  
『剣の訓練も大切だけど、対魔法使いの訓練も大事でしょ?』 
  
 そう言ってくれたオーロラちゃんの言葉に賛同して始めたはいいものの、結果は誰一人としてオーロラちゃんに一撃を与えられていなかった。 
 最初はオーロラちゃんが女性でまだ15歳という事で心配している兵士もいたけど、彼らの表情は一人目が何もできずに降参したことで一変した。 
  
 そして今、兵士の中でもそれなりの腕前を持つ男性が木刀片手に駆けだす。 
 地面を蹴る音が響いたと同時に空が割れて、そこから水の刃が飛び出した。水の刃に反応して男性は木刀でその軌道を逸らす。しかし。 
  
 次の瞬間には魔法により地面から少しだけ飛び出していた岩に足を取られて、地面を派手に転がった。 
  
「くっ……」 
  
「はい」 
  
 オーロラちゃんの声に目を開いた男性は、水の刃に囲まれているのを見て負けを自覚した。オーロラちゃんの圧倒的な勝利だった。 
  
「魔法使いが一番嫌なのは接近されることなの。だからあらゆる手段を使って妨害してくる。 
 上から、下から、右から左から。使う魔法が多くても少なくても、私達の接近される前の最優先事項は近づかせないこと。もっと言えば、その状態で相手を無効化して戦局を有利に進める事。 
 だから剣士さんは色んな所に注意を払うの……分かった?」 
  
「は、はいっ! ありがとうございます、先生!」 
  
「…………」 
  
 圧倒的な差を見せつけて、やや生意気ともとれる言動をするのにオーロラちゃんの人気は青天井だ。言う事は正論だし、確固たる実力がある。そしてそれらが相手のために考えて発言していることが分かるからだろう。 
  
 オーロラちゃん……本当に良い子……としみじみとしていると、兵士達の中からまっすぐに腕が上に伸びた。 
  
「……なに?」 
  
「先生っ! それならあの奥様であっても剣士に近づかれるのは嫌、という事でしょうか!?」 
  
「……だから年上の人達に先生って言われるのは微妙だし、グレイス先生と被るからやめてって言ってるんだけど……はぁ……。 
 えっと、お姉様の場合? 別に嫌じゃないと思うわよ。お姉様は別格だから」 
  
 頭を押さえていたオーロラちゃんは、ため息を吐いてシアについて話し始める。彼女の言う別格の意味を俺はよく知っているけど、兵士は知らないようだ。 
  
「お姉様は近づかれても気にしないわ。どうせ剣が届く人なんて世界に一人しか居ないだろうし」 
  
 チラリと俺を見てそう言ったオーロラちゃんは、こほんっ、とわざとらしく咳払いをして続けた。 
  
「まあお姉さまは考えなくていいわ。とにかく、近づかれたくないっていうのは魔法使い皆が思っていること。でも、力を持った魔法使いであればある程近距離戦も出来るわ。 
 今のアークゲートにはいないけど、歴代では魔法と剣どちらも使える人もいたみたいだし。近づいて終わりじゃないから、油断してはダメよ」 
  
「……なるほど」 
  
 感心したように呟く兵士は新人のようで、彼の後では経験豊かな兵士の男性達が頷いている。覚えがある、という事だろう。弱点が分かっているならそれを克服する、というのは剣士も魔法使いも変わらないという事か。 
  
「さあ、次よ! 次は誰!?」 
  
「オーロラ先生! 俺、旦那様とオーロラ先生の模擬戦が見たいです!」 
  
「あんたねぇ……ノヴァお兄様に私が勝てるわけないでしょ。いいから次、誰でもいいから前に出なさい!」 
  
「……そんなぁ」 
  
 要望を出した兵士以外にも、がっくりと肩を落としている兵士が多く、俺は苦笑いを浮かべた。オーロラちゃんの魔法でもシアの魔法と同じように俺の力になることが分かっている。俺がシアの魔法を全て打ち破って彼女に勝てるように、オーロラちゃんにも勝ててしまうことを知っているのだが、この場でそれを知っているのは俺とオーロラちゃんとターニャだけだ。 
  
 ちなみに渋々前に出た次の兵士も、そのまた次の兵士もオーロラちゃんにボコボコにされていた。この一日でフォルス家兵士達の中でオーロラちゃんを先生と呼ぶ人が増えたのは、言うまでもないだろう。 
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