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第1章 宿敵の家の当主を妻に貰うまで

第13話 ターニャに意思表明

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 夕暮れ時になり、南の街を回り終えた俺達は屋敷へと向かっていた。サリアの街で別れるのかと思いきやフォルス家の屋敷からゲートを繋ぐそうで、そこまでは一緒にいてくれるということらしい。屋敷の門が見えたところで、シアは口を開いた。

「今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」

「ああ、俺も楽しかったよ。二人で街を回るっていうのも悪くないと思ったかな」

「あら? ターニャさんと一緒に行ったことはないんですか?」

「え? いや、ターニャは侍女だからないかな。抜け出した俺を彼女が連れ戻しに来たことはあるけど」

 なぜここでターニャの話を? と思ったものの、シアは「そうですか」と少しだけ嬉しそうに返答してくれた。その会話を最後に、俺達はついに屋敷の門へと着いてしまった。

「もう、お別れですね」

 寂しそうに呟く彼女。

「いつでも来てくれ。話すだけでもいいし、また街を回るのもいいと思うんだ」

 そんなシアを見てそう声をかければ、彼女は勢いよく顔を上げた。

「本当ですか!? それじゃあ早速明日……からはしばらく用事があるのでダメなのですが……また来てもいいですか?」

「ああ……大歓迎だよ」

 俺が返事をすると、シアはやったと小声でつぶやきながらガッツポーズをする。そんな彼女の様子を微笑ましく思った。これまで予定と言えば剣の訓練くらいしかすることがなかったけど、そこにシアと一緒に過ごすという予定が入ったのが嬉しかった。

「そういえばノヴァさんは今はこちらに住んでいる、というわけじゃないんですよね?」

「あ、そうだよ。言ってなかったけどここは俺の実家で、普段住んでいる屋敷は別の領地にあるんだ」

「なら、その街の名前を教えていただけますか?」

 シアに尋ねられて、俺は屋敷のある街の名前を伝える。いまいちよくわからないけど、街の名前を聞くだけでゲートの魔法を繋げることができるということだろうか。やっぱりすごい魔法だと、そう思った。

「では、今日はこの辺で」

「うん、気を付けて……っていうのも変だね。またね」

「いえ、ありがとうございます。それでは……また」

 黄金の光を放つゲートの中に入りながら、名残惜しそうに手を振るシアに手を振り返す。光の中に入ってシアが消えてからゲートそのものが消えるまで見送り、そこまで来てようやく俺は深く息を吐いた。

「……楽しかったな」

 本心が不意に漏れた。これまで感じたことがない程、楽しい一日だった。けどその一方で後半は少しだけ上の空だった。その原因はシアのこと。頭をまた過ぎったのは彼女が倒れる最悪の光景だ。

 未来の話だし、しかも訪れる可能性なんて低い未来だ。けど0じゃない。だから彼女を護りたいと思った。どんな敵が出てきてもシアが傷つかないようになりたいと。俺では力不足かもしれない。役に立たないかもしれない。それでも、そう思ったんだ。

 縁談の事も、本気で考えないとな、と心の中で強く思う。当主になるまで結婚をしないと言っているゼロードの兄上と違って、俺の場合は縁談を受け入れて婚約すれば、それがそのまま結婚に直結する。これまでは身分の違いとか、シアの凄さとかを考えていたけど彼女はこんな俺を想ってくれているんだ。だから気持ちに正面から答えたい。

 そう思って、俺は屋敷へと戻っていった。




 ×××




 物置と化した自室ではターニャが待っていた。彼女は俺が部屋に入ってくるなり、頭を下げる。

「おかえりなさい、ノヴァ様」

「あぁ、ただいま。そういえば、メイドの子は見つかった?」

 ふと昼前に見た小さな背中を思い出して尋ねれば、ターニャはにこりと笑って頷いた。

「はい、やはり一人で買い出しに行っていたので手伝いました」

「そっか、じゃあ後でローエンさんにも話しておくよ」

「ありがとうございます」

 あまり他の使用人たちと会話している様子がないターニャだけど、本当は面倒見がいいのかもしれない。いや、良いに決まってるか。幼い頃から俺なんかの面倒を見てくれているわけだし。

「それで、シアさんとはどうでしたか?」

「うん、楽しい時間を過ごしたよ。でも、今回ちょっと分かったことがあってね」

 俺はターニャに今日あったことを話した。ひったくりを捕まえるときにシアの魔法を浴びたけど問題がなかったこと。そのことからシアが思うに、俺にはシアの魔法が効かないかもしれないということを説明した。

「だから想ったんだ。俺、シアを護りたいって。今後シアの魔法が効かないような誰かが敵として出てくるかもしれないだろ? その時に力になりたいって」

「……護る……あの人を?」

 俺ごときがアークゲート家の当主であるシアを護ると言うのはターニャとしても思うところがあるのか、聞き返してきた。ターニャの疑問はもっともだけど、俺はもう決めたからしっかりと頷いた。

「あぁ、頼りないかもしれないけど、そうしたいって思った」

「……あー……えっと、それは恋ですね!」

「え? ああ、まぁ……シアには少なからずそういった気持ちは持っているけど……」

 なぜか大きな声で言われ、逆にこっちが恥ずかしくなってしまう。ニヤニヤするターニャが少しうざったく感じて話題を変えることにした。

「だ、だから……明日からはシアのことをもう少し知ってみようと思うんだ。なんかシアは用事があるらしくて、少し来られないみたい。シアは当主で忙しいからね。ということで、明日もまたサリアの街に出てシアについて聞いてみるよ。正確には、アークゲート家の当主について、かな」

「なるほど……いいですね! 他の人がシアさんの事をどう思っているのかを知るのも大事なことです。時間があるということなら、それこそシアさんの治めている街であるノーザンプションまで足を運んでみるのもいいかもしれません」

「……確かに、それも良いかも」

 サリアの街は南の街で、シアの治める街じゃない。彼女が直接治めるノーザンプションの街に行った方が、シアについて何か分かるかもしれない。ここからノーザンプションの街までは馬車で相当な時間がかかるけど、シアの事が分かるなら気にするようなことじゃない。

「それでしたら、明日はノヴァ様はサリアの街、そしてノーザンプションに移動するという流れでしょうか?」

「うん、だからターニャは先に俺の領地の屋敷に帰っておいて。父上には明日に帰るって事前に伝えておくよ」

「かしこまりました」

 シアと会うっていう用事が済んだ以上、この実家にいる必要もない。今後の予定を共有したところで、ローエンさんにメイドの子について話したり父上に明日帰ると伝えようかなと思い立った時。

「あ」

 ターニャが何かを思い出したように言った。

「ノーザンプションの街に行くなら買ってきて欲しいお土産があるんです。ミルキーウェイって言う名前のお菓子屋さんの菓子なんですけど」

「おー、言うねえ。まあ覚えてたら、ね」

 主にお土産を強請る侍女に相変わらずだなと思いながら苦笑いで返す。お土産がもらえると確信しているようで、うんうんと満足げに頷くターニャを見て、困った従者だと思った。
 まあ、忘れずに買ってくるつもりの俺もどうかとは思うし、文句を言うつもりもないけど。

 さっきは遮られたけど今度こそローエンさんに話をしようと思って、疑問に思ってたことをターニャに投げかける。

「ところで今からローエンさんに話をしてくるけど、そのメイドの子の名前、なんていうの?」

「あ、ソニアという名前です」

「ソニアちゃんね、分かった」

 ターニャに軽く手を振って俺は部屋を出た。

 ローエンさんの自室に行って部屋から出てきた彼にソニアちゃんの事を話すと、なんとかしてくれるとのことだった。優秀なローエンさんの事なのできっとなんとかしてくれるだろう。

 またその後に父上にも明日に自分の屋敷に戻ることを伝えた。正確にはサリアの街からノーザンプションに行くんだけど、それに関しては特に伝える必要もないだろうということで言わなかった。

 この屋敷でやれることを全部終えて、俺は明日へ備えて寝るために自室へと戻った。
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