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第1章 宿敵の家の当主を妻に貰うまで

第12話 きっかけ

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 ひったくり犯を警備に引き渡し、奪われた荷物を妙齢の女性に返した。彼女は俺も知っている人で、「本当にありがとうね」と深く感謝された。ひったくられたようだが、女性にケガはないようで、少しだけ安心だ。
 もちろんおっさんにも剣は返した。使ってしまって申し訳ないと謝ったけど、むしろ箔が着くからありがたいと豪快に笑っていた。昔からの知り合いだけど、見た目通りの性格で本当に助かった。

 その後、俺達は彼らから離れて通りから少し外れた場所に移動する。移動して、すぐにシアが口を開いた。

「ノヴァさん、本当に大丈夫ですか? 実は痛みを我慢していたり……」

「え? いやいや、本当に大丈夫だって」

「先ほど私が使った魔法は殺傷力はありませんが、大人なら気絶する程度の威力です。鍛えているノヴァさんならば気絶まではしないものの、とても痛かったと思うのですが……」

 泣きそうな顔で目じりを下げるシアに対して、俺は首を横に振る。

「いやいや、本当に、本当に大丈夫だって。どこも痛くないし、むしろ調子がいいくらいだよ」

「調子が……いい?」

 首を傾げるシアに対して、大丈夫であることをアピールするために握りこぶしを作ってみせる。言った通り体に痛みはなく、調子はむしろいいくらいだ。朝は少し調子が悪いと思っていたけど、今は絶好調で剣も軽々と触れそうだ。ゼロードの兄上に叩かれてちょっと違和感があった肩も、なんだか調子が良くなっているし。

 しばらくの間シアは俺を見ながら考え込んでいたけど、やがて自身の手のひらを一度だけ見て口を開いた。

「ちょっと、街の外れまで付き合ってもらってもいいですか?」

「あぁ、いいよ」

 断る理由もないから了承する。彼女に言われるままに、俺達は町はずれに移動した。雑木林のような場所には人の姿は他に見当たらなかった。
 シアは離れた位置にある木に手のひらを向ける。やや緊張しているようで、口をきつく閉じていた。

 彼女の手のひらから、雷光が弾けた。一直線に射出された雷は狙いを定めた樹木へと飛来し、直撃。轟音を立てた後に土煙が晴れれば、そこには抉られて焦げ付いた痕跡が残っていた。

 すごい威力だ、と驚いた。

 俺も兵役で国境付近の警備をしたことがある。その中には魔法を使える人物もいるし、魔法をこの目で見たことだってある。けど今シアが使った魔法のように、ここまで威力が高いのを目にするのは初めてだった。
 しかも普通の魔法は時間をかけて放つのに、今シアは手のひらを向けただけで放った。これだけでも彼女の持つ魔法の力が規格外であることが分かる。

 シアは安心したように肩を下ろして、俺に振り返った。

「シア?」

 なにか迷っているような様子の彼女に声をかけると、シアは不意に俺の手を取った。

 両手で優しく包み込む彼女の小さな手にどぎまぎすると同時に、体に力が溢れてくる。先ほどシアの電撃を受けた時にも感じた、体が軽くなるような感覚だ。
 しばらくしてシアが手を離してくれたので、右手を開いたり閉じたりしながら俺は感触を確かめた。

「こ、これがシアの身体強化魔法なのか? 凄いな」

 兵役のときに身体強化の魔法を受けたことがあるけど、今彼女から受け取った力はそれとは一線を画しているようだった。体中から力溢れるどころか、自分の持つ力が何倍にも膨れ上がったみたいな、そんな。

「いえ、今使用したのは先ほどあの木に放ったのと同じ魔法です」

 その言葉に、俺は遠くにある木を見た。焦げ付き、抉られている木を。俺の右手に視線を落としても穴は開いていないし、焦げ付いてもいない。どういうことなのか。そう思ってシアを見れば、彼女は顎に曲げた指を当てながら説明してくれた。

「これはおそらくなのですが……私の体内の魔力は幼いときにノヴァさんに叱られて暴走を止めました。それにより、私の魔法はノヴァさんを害することが出来ないのかもしれません」

「そ、そうなのか?」

 そんなことあるのか? と心底疑問だが、魔法に関しては全く詳しくない分野ではあるし、こんな真剣な表情のシアが冗談を言うとも思えない。

「ノヴァさんの右手が無事なことを考えるとおそらくは……あ、もちろん同じ威力じゃないですよ?ちょっと痺れるくらいには加減しましたからね? 本当ですよ?」

「あぁ、もちろん分かっているよ」

 彼女がそんなことをしないだろうというのはこれまでの付き合いで分かっていることだ。それでもすぐに俺の事を気遣ってくれるあたり、彼女の優しさを感じられた。

「でも、ノヴァさん凄いです。これでは、私はノヴァさんの前では何の力も持たない女性になってしまいますね」

 嬉しそうに微笑むシアを見て、俺はハッとした。今の俺はシアの魔力が効かない。だからシアの言うことは正しい。もちろん俺にはシアと敵対するような気持ちも彼女を害するような気持ちも全くないけど、もしも俺のような人物が他に出てきたらどうだろうか?
 魔法を封じられたり、魔法が通用しないような敵が現れた場合、シアは。

 最悪の光景が頭を過ぎった。地面に血だらけで倒れ伏す黒髪の女性。胸が痛いほど締め付けられるような気がした。そんなのは嫌だと思うよりも先に、失うかもしれない恐怖に落ちるような錯覚に陥った。

「ノヴァさん?」

 声に我を取り戻すと、シアが心配そうに俺を見ていた。彼女を心配させないために、笑顔を浮かべる。

「え? あ、ああごめん。そうだ、まだ時間はあるし、もう少し街を回ろうか」

「はい、そうですね」

 シアを連れて、再びサリアの街を歩き始める。この後、再びシアと楽しい時間を過ごしたものの、俺は先ほど最悪な光景を思い描いたからどこか心から楽しめていないような、そんな感じがした。
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