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偶然!?必然!?「シンクロニシティ」
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(お、いたいた)
大学の構内、南北に長いその敷地の真ん中には、大きな広場がある。
昼になればその隅っこでは弁当が売られ、俺たち学生はベンチや石で作られた階段や……思い思いの場所に腰を下ろして昼食をとる。
日によっては音楽系のサークルが生演奏を披露することもあって、今日はクラシックを聞きながらの食事になるようだ。
地方大学の、イマイチ垢抜けない学生たちにはもったいないような優雅な雰囲気。それをぶち壊しかねないほど盛り上がっているグループの中に、心の姿を見つけた。
(相変わらず賑やかだな……)
心は可愛い。俺が気に入っているのは中身だけど、外見だって可愛い。顔の作りが幼いせいで、成人した今でさえ高校生に間違われることは日常茶飯事で、酒を買う時の身分証明書は必須アイテムだ。
中学の頃から年上に見られることの多かった俺とは正反対だ。
背が高いせいで威圧感があるだろうし、元々はしゃぐタイプでもない。第一印象でとっつきにくいと言われるのには慣れてる。別にそんな自分がコンプレックスだったりはしないけど、人の輪の中ではじけるように笑う心を見ていると、時々眩しいなぁとは思う。
「理人~!」
歩み寄る俺を見つけて、心がぶんぶんと手を振ってくる。
満面の笑みを向けられて、余計に眩しく感じる。
「遅かったねー!?」
近くに来るまで待たず、大きな声で話しかけてくる。
バイオリンの音色を聞くどころじゃない。……まぁ、演奏している方もBGMでいいと思っているんだろうけど。
「2コマ、すげぇ延びた」
「だと思ったぁ。あの先生、容赦なく延長するよねぇ」
学部が違っても、付き合いが長くなると互いの講義や講師のことなんかもわかるようになるものだ。
講義が昼休みに食い込むと、弁当獲得競争に出遅れてしまう。タイミングがズレると、長蛇の列に並ぶ羽目になるか、ほぼ売り切れしまって選択権がなくなるかだ。ド田舎にあるこの大学の近くにはコンビニがひとつあるだけで、そこだってレジには長い列ができる。午後イチの講義が入っている日は、最悪食いっぱぐれる。正直、勘弁して欲しい。
「ちょうど理人の話をしてたとこだよ」
「俺の?」
「理人ってさ、オレが理人のコトを話してると来んの」
「はぁ?」
「その話をしててね?だからそろそろ来るよ~って言ってたらホントに来た」
……つまり、俺が来たからみんなして笑ってたってコトか。
「お前らなぁ。人をネタにして笑ってんじゃねぇよ」
「ホントに来る理人が悪い」
心の隣に座ってる羽里がケラケラと笑う。こいつと心はゼミが同じだ。ちなみに、よく名前だと思われるってぼやいている“羽里”は名字。
「心が理人の話ばっかりしてるからだろっつってたとこ」
そうツッコむのは、流石の理論派、理学部の土屋だ。
「そんなにいつも理人のことばっか言ってないって」
「いや、言ってるわ」
なぁ?と振られて、笑いながら頷く男は同じく理学部で、江見という。こちらも名字だけれど、音が女の名前っぽいって理由で、ちゃん付けで呼ばれている。どちらかというと控えめで、大抵誰かの話をニコニコと聞いている。
「えぇー、そうかなぁ」
納得がいかない感じの心だけど、どうやら分が悪そうだ。
……言ってるのか。
そうか。
途端に、嬉しいような恥ずかしいような、いたたまれない気分になる。
「シンクロニシティ」
「ん?」
「シンクロニシティっつーんだよ、そういうの」
俺の言葉に、
「お、理人先生ー」
と茶化すのは羽里。
「連絡しようと思ってた相手から連絡が来たとか、欲しいと思ってたものをもらったとか、偶然とは思えないようなタイミングで起こったことをそう呼ぶんだとさ」
「運命の出会いとか?」
キラキラと恋に恋する乙女のような顔で尋ねるのは心。
「虫の知らせとかもな」
うっかりときめいてしまったのを隠すように素っ気なく言うと、
「うぅ、不吉……」
と顔をゆがめた。
「それって、メカニズムはわかってるのか?」
「解明されてない。本当に何かがあるのか、人間の認知のせいか」
「認知のせいっつーと……」
「意味があると思うからあるように見えるってこと」
「なるほど」
土屋が納得したように頷いた。
「自分に都合よく考えちまうってことだよな?」
「そゆこと」
「うわ、めっちゃ水差される、それ」
羽里は、心理学自体をあまり好きじゃない。だからといって俺を敬遠するわけじゃないから、いいやつだなぁと思う。
「幸せならそれでいーじゃんなぁ?いちいち勘違いだとか言う必要ある?」
「意外にロマンチストなんだよねー、羽里は」
ぶつぶつ言う羽里をそう評したのは江見。
「気持ちまで分析されるってのがなんかなぁ……」
「よしよし」
ぽんぽんと頭を叩かれ、なだめられている。
まっすぐな羽里と穏やかな江見はなかなかいい組み合わせだ。
「オレはねぇ、理人が来てくれるならなんだっていいなぁ」
口を開いた心がふわりと微笑む。
「来てくれるのが嬉しいから、偶然でも必然でもいいや」
想わぬ言葉に、俺は、ぐ、と詰まる。他意のない笑顔に、下心のある俺は耐えきれなくて視線を逸らす。するとその先で
「結局さ」
と、羽里と土屋が顔を見合わせる。
「心が一番つえぇよな」
微笑みながら頷く江見と、何がー?と首をかしげる心。
……この日常を壊したくない、と思う。
俺の気持ちを知ったとき、輪の中心にいる心の笑顔が凍ることを想像すると血の気が引く。たとえ、とっくに本人以外にはバレているとしても、こいつにだけは知られたくない。
期待させるようなこと言うなよな、と心の中で頭を抱える。
「あ、理人のお弁当買っといたよー」
と心から渡されたのは、俺が一番気に入ってるやつだ。
そういうとこだよ!と言いたいのをこらえて、さんきゅ、と何でもない風を装って受け取ったのだった。
大学の構内、南北に長いその敷地の真ん中には、大きな広場がある。
昼になればその隅っこでは弁当が売られ、俺たち学生はベンチや石で作られた階段や……思い思いの場所に腰を下ろして昼食をとる。
日によっては音楽系のサークルが生演奏を披露することもあって、今日はクラシックを聞きながらの食事になるようだ。
地方大学の、イマイチ垢抜けない学生たちにはもったいないような優雅な雰囲気。それをぶち壊しかねないほど盛り上がっているグループの中に、心の姿を見つけた。
(相変わらず賑やかだな……)
心は可愛い。俺が気に入っているのは中身だけど、外見だって可愛い。顔の作りが幼いせいで、成人した今でさえ高校生に間違われることは日常茶飯事で、酒を買う時の身分証明書は必須アイテムだ。
中学の頃から年上に見られることの多かった俺とは正反対だ。
背が高いせいで威圧感があるだろうし、元々はしゃぐタイプでもない。第一印象でとっつきにくいと言われるのには慣れてる。別にそんな自分がコンプレックスだったりはしないけど、人の輪の中ではじけるように笑う心を見ていると、時々眩しいなぁとは思う。
「理人~!」
歩み寄る俺を見つけて、心がぶんぶんと手を振ってくる。
満面の笑みを向けられて、余計に眩しく感じる。
「遅かったねー!?」
近くに来るまで待たず、大きな声で話しかけてくる。
バイオリンの音色を聞くどころじゃない。……まぁ、演奏している方もBGMでいいと思っているんだろうけど。
「2コマ、すげぇ延びた」
「だと思ったぁ。あの先生、容赦なく延長するよねぇ」
学部が違っても、付き合いが長くなると互いの講義や講師のことなんかもわかるようになるものだ。
講義が昼休みに食い込むと、弁当獲得競争に出遅れてしまう。タイミングがズレると、長蛇の列に並ぶ羽目になるか、ほぼ売り切れしまって選択権がなくなるかだ。ド田舎にあるこの大学の近くにはコンビニがひとつあるだけで、そこだってレジには長い列ができる。午後イチの講義が入っている日は、最悪食いっぱぐれる。正直、勘弁して欲しい。
「ちょうど理人の話をしてたとこだよ」
「俺の?」
「理人ってさ、オレが理人のコトを話してると来んの」
「はぁ?」
「その話をしててね?だからそろそろ来るよ~って言ってたらホントに来た」
……つまり、俺が来たからみんなして笑ってたってコトか。
「お前らなぁ。人をネタにして笑ってんじゃねぇよ」
「ホントに来る理人が悪い」
心の隣に座ってる羽里がケラケラと笑う。こいつと心はゼミが同じだ。ちなみに、よく名前だと思われるってぼやいている“羽里”は名字。
「心が理人の話ばっかりしてるからだろっつってたとこ」
そうツッコむのは、流石の理論派、理学部の土屋だ。
「そんなにいつも理人のことばっか言ってないって」
「いや、言ってるわ」
なぁ?と振られて、笑いながら頷く男は同じく理学部で、江見という。こちらも名字だけれど、音が女の名前っぽいって理由で、ちゃん付けで呼ばれている。どちらかというと控えめで、大抵誰かの話をニコニコと聞いている。
「えぇー、そうかなぁ」
納得がいかない感じの心だけど、どうやら分が悪そうだ。
……言ってるのか。
そうか。
途端に、嬉しいような恥ずかしいような、いたたまれない気分になる。
「シンクロニシティ」
「ん?」
「シンクロニシティっつーんだよ、そういうの」
俺の言葉に、
「お、理人先生ー」
と茶化すのは羽里。
「連絡しようと思ってた相手から連絡が来たとか、欲しいと思ってたものをもらったとか、偶然とは思えないようなタイミングで起こったことをそう呼ぶんだとさ」
「運命の出会いとか?」
キラキラと恋に恋する乙女のような顔で尋ねるのは心。
「虫の知らせとかもな」
うっかりときめいてしまったのを隠すように素っ気なく言うと、
「うぅ、不吉……」
と顔をゆがめた。
「それって、メカニズムはわかってるのか?」
「解明されてない。本当に何かがあるのか、人間の認知のせいか」
「認知のせいっつーと……」
「意味があると思うからあるように見えるってこと」
「なるほど」
土屋が納得したように頷いた。
「自分に都合よく考えちまうってことだよな?」
「そゆこと」
「うわ、めっちゃ水差される、それ」
羽里は、心理学自体をあまり好きじゃない。だからといって俺を敬遠するわけじゃないから、いいやつだなぁと思う。
「幸せならそれでいーじゃんなぁ?いちいち勘違いだとか言う必要ある?」
「意外にロマンチストなんだよねー、羽里は」
ぶつぶつ言う羽里をそう評したのは江見。
「気持ちまで分析されるってのがなんかなぁ……」
「よしよし」
ぽんぽんと頭を叩かれ、なだめられている。
まっすぐな羽里と穏やかな江見はなかなかいい組み合わせだ。
「オレはねぇ、理人が来てくれるならなんだっていいなぁ」
口を開いた心がふわりと微笑む。
「来てくれるのが嬉しいから、偶然でも必然でもいいや」
想わぬ言葉に、俺は、ぐ、と詰まる。他意のない笑顔に、下心のある俺は耐えきれなくて視線を逸らす。するとその先で
「結局さ」
と、羽里と土屋が顔を見合わせる。
「心が一番つえぇよな」
微笑みながら頷く江見と、何がー?と首をかしげる心。
……この日常を壊したくない、と思う。
俺の気持ちを知ったとき、輪の中心にいる心の笑顔が凍ることを想像すると血の気が引く。たとえ、とっくに本人以外にはバレているとしても、こいつにだけは知られたくない。
期待させるようなこと言うなよな、と心の中で頭を抱える。
「あ、理人のお弁当買っといたよー」
と心から渡されたのは、俺が一番気に入ってるやつだ。
そういうとこだよ!と言いたいのをこらえて、さんきゅ、と何でもない風を装って受け取ったのだった。
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