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「文人?ねぇ、あーやーとー?」
  名前を呼ばれ、目の前で手をひらひらとされて我に返る。両親に報告しに行った日のことを思い出して、オフィスの片付けをする手が止まっていた。
「あ、ごめん」
「なに?考え事?」
「そんな感じ」
  俺が応えなかったせいで、すぐ側まで来ていた秋久の腰に、腕を回して抱き寄せる。
「わ、どうしたの?」
「幸せだなぁと思って」
  不思議そうに、けれどされるがまま腕の中に収まった秋久の目尻のあたりに口づけると、ほんのりと赤みのさした顔で“こらっ”と叱られた。
「職場!」
「まだ開業してないし、勤務時間でもない」
  言い訳をして、頬に、耳に、そして唇にキスを落としていく。
「何考えてたか気になる?」
「ん……っ」
  ぞくりと身体を縮めた秋久が、頷いたとも、思わず漏れただけとも取れる声をあげる。
「秋久のこと。こんなに好きになる人、俺の人生で他にいないって思ってた」
  その声を自分に都合がいい方に解釈して答えを告げた。
「な、んで……っ」
  急にそんなこと、と照れた彼が俺を引き剥がしにかかる。
「今までのことを一気に思い出したからかな。やっとここまで辿り着けた」
  ぐいぐいと俺を押しやる秋久を、体格差を利用してしっかりと腕の中に抱き込む。
  それでもしばらくは抵抗していたが、逃れるのは無理だと悟ると、諦めたのかおとなしくなった。
「好き」
  たった二文字のその言葉に、どうやったら伝えたい思いをぜんぶ乗せられるのだろうか。可愛い。離したくない。大切。……愛してる。
  次から次へと溢れてやまない感情を一つ残らず込めようとしたら、自分でも分かるほどに声が震えた。
「全部、秋久が教えてくれた」
  今はもう、人の気持ちが分からないなんて思わない。
  理屈も感情も、両方を見つめて答えが出せる。
「ありがとう。出会えて良かった」
  心からの言葉に、今度は穏やかに、身体を離される。
  秋久の伸ばした手が、俺の頬を撫でた。
「それはそのまま、僕の台詞でもあるんだよ」
  目の前の顔が優しく微笑む。
「キミは、僕に強さを教えてくれた」
  ゆっくりと近づいてきた唇が、秋久らしい繊細さで俺の唇に触れた。
「僕も、文人が好き」
  そう言った秋久の声も、震えていた。
  
  自然と深くなったキスが、俺たち二人から判断力を奪っていく。
  搬入されたばかりのソファに倒れ込み、むさぼるように口づけ、舌を絡める。
  服の裾から手を差し込むと、肉づきの薄い脇腹を指先でなぞり上げる。
  スイッチが入っていなければくすぐったいだけの行為も、今は快感へと繋がるようで、秋久が耐えるように息を詰めた。
  けれどそんな努力もたどり着いた先で存在を主張し始めている小さな芽をつまみ上げれば、途端に泡と消える。
「あ……っ、ん」
  漏れた声に気を良くして、更に刺激を重ねる。
  爪を引っかけ、指の腹で挟んで捏ね、指先で弾く。
  その度に押し殺しきれない声がこぼれ、外に聞こえることを気にしてかついには自分の手で口を覆ってしまった。
「ん……んんっ!」
  自分でも趣味が悪いと思うけれど、声を上げまいと必死な姿に煽られる。もっと見たい。見せて欲しい。けれど、我慢なんかしきれないくらいに感じさせたい。
  両立させられない欲望に駆り立てられて服をめくり、ぷっくりと膨れ上がったもう一方に口づける。
「あっ!?」
  驚いたような声は、
「ん、あ……は、ぅ、ん、あぁっ」
  愛撫であっけなく嬌声へと変わった。舌で押し潰し、口に含んで吸う。一度潰された芽が吸われて出てきたところをそのまま舌先で刺激する。硬く立ち上がった乳首が、コリコリと当たる感触が気持ちいい。
  空いている手でベルトのバックルを外し、緩めたウエストから手を差し込むと、触れた場所はすでに随分濡れている。
「脱がしていい?着替えないし、このままだと帰れなくなる」
「こんなとこ、で……」
「後でちゃんと叱られるから」
  お願い。させて?とねだりながら服に手をかける。後でどころか、即座に叱られることも覚悟したけれど、秋久は止めなかった。それどころか、腰を軽く浮かせて脱がせやすくしてくれる。一方通行でないことが嬉しくて、目の前にあった脚の付け根に口づけた。
  途端に立ち上がったものがひくりと震えて、先端から雫をこぼす。茎を伝う透明な欲を舐めとって、そのまま先端を口に含んだ。
「あぁっ!」
  秋久が、思わず腰を突き出すように身体を反らせる。その拍子に勢いをつけて、上顎を擦りながら喉の奥へと滑り込む。
「ぐっ」
  敏感なところを擦られる快楽と、喉の奥を突かれた苦しさが一度に押し寄せる。
「あ……ごめ……」
  焦って身体を起こそうとする彼の腿を軽く叩いて大丈夫だと伝えた。安堵したようにソファに沈み込んだところで、覚悟を決めて喉奥を締める。
  苦しいのは分かってる。
  けれど、いつも俺ばかりが挿入れさせてもらっていることが、ずっと引っかかっていた。
  秋久だって男なのだから、こっちで気持ち良くなりたいことだってあるだろう。
「ふ、あ、あぁ……」
  ゆるゆると抽挿を繰り返す。
  喉から抜いて、舌で上顎に押しつけるようにして擦り、またゆっくりと締めた奥へと受け入れる。
「あ、ダメ、文人……」
  空を掴むように動いた手が、彷徨さまよった末に俺の髪に触れる。
「そんなこと……んぁっ、しなくて、いい」
ひもちきもちよくらいよくない?」
「きもち、イイ、けど……、んっ」
  快楽を裏付けるように、涙の浮かんだ目で俺を見る。
「こんなの、文人が苦しい」
「俺が、したいんだよ」
  口を離し、それでも刺激することはやめたくなくて、手で軽く擦りながら言葉を続ける。
「秋久はさ、いつも挿入れていいって言ってくれる。けど、挿入れたい時も、あるんじゃないかなって」
「……文人となら、僕はいいんだよ?」
「嫌じゃなければ、秋久が俺にシてくれたっていいんだ。けど、今すぐここでは無理だから」
「……なんで急にそんなこと」
「さっきから、好きな気持ちが大きくなりすぎてどうしようもない。どんなことでもしてあげたい」
「だからってわざわざそんな苦しいこと……」
「秋久だって、初めて俺を受け入れてくれた時苦しかったろ?」
  う、と言葉に詰まる。苦しいだけじゃない。きっと痛かったり辛かったりもしたはずだ。
「それでも、俺としたいって思ってくれた」
「……やっぱり、口では文人に敵わないや」
  降参、とばかりに秋久が肩をすくめる。
「俺だっておんなじだって、分かってくれた?」
「うー……じゃあ、お願い、します」
「かしこまりました」
  丁寧語になってしまった秋久の態度に、くすくすと笑いながら芝居がかった受け答え。
「よかった、萎えなくて」
「ずっと触られてたらね……」
  恨みがましい目を向けられてしまったので、腰のあたりをなだめるように撫でて、手の中で硬さを保っているそれを仕切り直しとばかりに口の中へ迎え入れた。
「ふ……」
  息を止めたらしいかすかな音。
  舌を絡めているうちに硬度を増すソレに、愛しさも増していく。
「口の中、あつ、い」
  耐えかねるように、秋久が身体をよじる。
  その仕草がやけに色っぽく見えて、ごくりと喉が鳴った。
「んっ」
  唾液を飲み込んだ弾みで圧迫されたせいか、秋久の声が漏れる。背中を押されるように、俺は動きを速めた。
  ピンと立ち上がった茎を片手で固定し、浅いところまで引き抜いては、勢いをつけて喉の奥まで飲み込む。何度も繰り返すうちにじゅぶじゅぶと卑猥な音がして、秋久の息が上がっていくのが分かる。
  確かに苦しい。けど、嬉しい。
こひこしうごかひてもいーようごかしてもいーよ
  腰に両手を回し、ぐ、引き寄せるように力を入れた。すると、途端に慌てて腰を引かれる。
らいじょーうだいじょうぶらからだから
  逃げようとするのを捕まえて、そっと手に力を込める。自分に引き寄せて、遠ざけて。
  セックスと同じ動きを促しているうちに、初めは戸惑い、ぎこちなかったそれが、段々誘導を必要としなくなっていく。
「あ、くっ……ん……んっ」
  秋久の声が、快感を得ているのだと教える。喉の奥を突かれて嘔吐えずきそうになるけれど、ただ苦しいだけじゃない。今までにない彼の姿を目の前にして、熱が下腹部に集まっていくのを感じる。
「ごめ……腰、止められな……も、イく、から」
「いいよ、らひてだして
  限界を訴えられて、放てるようにと強めに吸い上げた。
「っ、う……っ、あ、あぁっ」
  ドクン、と硬く張り詰めていたものが口の中で跳ねる。
「ん……っ」
  ここまでするからには当然飲み込むつもりでいたのだけれど、喉に近いところで放たれた精液は、飲み下すまでもなく奥へと落ちていってしまう。
「けほっ」
  小さくむせる俺に、秋久が青い顔をして謝る。
「ちが……今のは俺が無知だっただけ」
  言葉や行為自体を知ってはいたけれど、実際にやるとこうなるのだとは初めて知った。
「その証拠にホラ」
  と、秋久の手を自分の下腹部へと導く。
「俺もこんなに興奮してる」
「……ホントだ」
  指先が、そっと形をなぞるように触れる。
「んっ」
  勃ち上がりきっているモノを撫でられて、思わず声が漏れる。
「次は文人の番、だね」
  そう告げる声すらも、ぞくりと腰に響いた。
  
「なんて、こと、してんだ……っ」
  お返しとばかりに俺をソファに押し倒し、性器を口に含んだ秋久が、こちらを見上げて勝ち誇ったように、にやりと笑う。しかし、くちゅ、と聞こえる水音は、そこから聞こえるのではない。
「ん、ぁ……」
  小さく声を漏らしたのは、俺ではなくて秋久の方。
あにってなにってならひてうんらってならしてるんだって
  自分だって散々同じことをしたくせに、口に含んだまま喋られて危うく達しそうになる。
「ほら、僕も興奮してるから、ほぐれるの、あっという間だ」
  “……ね?”と妖艶に微笑む彼が、わざと見えるように自分の後ろから指を引き抜いた。俺の前でだけ好戦的なカオをのぞかせるようになったのは、いつからだっただろうか。意外に負けず嫌いなのだ。
  そんな秋久は、唾液と先走りでぐちゃぐちゃに濡れた俺のモノの上で、ゆっくりと腰を落としていく。
「……っ、くっ」
「あぁ……」
  その圧迫感と熱に持って行かれそうで、必死で堪える。
「あ、ぅ、今日、いつもより大きい……っ、んっ」
  俯いて真剣な様子で腰を進めていた彼は、とん、と俺の身体とぶつかったところで“ふふ、全部入った”と嬉しそうに笑った。
「な、さけないけど、これだけでイきそ……」
  ただでさえ興奮していたところを、あれやこれやと煽られて、これ以上は耐えられない。
「いいよ、出して?」
  どこかで聞いた台詞と共に、秋久が大きく腰を動かしはじめる。
「待っ、秋久、あきひさ……っ!」
 秋久の疎きに合わせて、俺も腰を突き上げる。
「あ、コレ、僕もダメだ、あ、ぅ」
  いつイってしまってもおかしくない俺と、さっきイったばかりで敏感になっている秋久と。
「あ……ん、ダメ……っ」
「く……あ、んぅ……」
「「あぁっ!」」
  二人してたやすく熱を吐き出した。
「……あはは、はっや……」
「誰のせいだと思って……」
  ぐったりと重なり合って、苦笑を交わす。
「あーぁ、ここで仕事するんだろ?俺たち。絶対思い出す……」
  頭を抱えた俺に、
「だから職場じゃダメって言ったのに。始めたのは文人だからね」
  そう涼しい顔で言った秋久は、
「僕だけ思い出すのは悔しいからね、コレで文人も一緒だ」
  と悪い笑みを浮かべる。
  そこで初めて、やたらと積極的だったのには訳があったのだと知った。

「……さて、イーブンになったところで」
  服を整えた秋久が、おもむろに立ち上がった。
  真剣な顔をしてつられて立ち上がった俺に向かって右手を差し出す。
「改めて、公私ともに末永くよろしく」
  ……ホント、どれだけ経っても、俺はこの人には敵わない。
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