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第十二章 ボルトン伯爵家

144 折衝開始

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 ボルトン伯よりノルデン王国最後の内戦「ソントの戦い」の顛末と、ボルトン伯爵家の歴史を聞いた俺は、正直お腹いっぱいだった。知る必要がないと言えばそうなのだが、今に続く貴族間の相関図に大きな影響を与えている訳で、知らなければ読み解けないことが多い。貴族と浅からぬ関わりを持つようになった今、知らなければならないのが実情だ。

 この戦いを契機としてノルト=クラウディス公爵家は宰相を世襲するようになった。孤高の中間派が、百三十年かけて宰相派という派閥を構築したという訳である。変わったのはそれだけではない。

 当時侯爵家だったウェストウィック家も、アウストラリス公爵家も、ボルトン伯爵家も、皆アルベルティ派という一つの派閥に属していた。それが「ソントの戦い」によって盟主アルベルティ公が失脚。派閥はアウストラリス公爵家と、公爵家となったウェストウィック家が分割。それぞれ貴族派と国王派の最大派閥に、ボルトン伯爵家は中間派となった。

 何でもそうだが、理由がなければそうはならない。今のノルデン貴族社会の構造は、この「ソントの戦い」で誕生したと言っても差し支えないだろう。

(まぁ、しかしなんでボルトン伯がそんな話を・・・・)

 聞けばアーサーにすら話をしたことがないという。そんな家伝をなぜ俺なんかのような身分違いの商人に話をしたのか。その意図は全く分からない。だが俺は受けた以上、しっかりと仕事は仕上げなければならぬ、と思った。

 翌日の朝。農業代官ルナールド男爵が、前日に約束しておいたボルトン伯爵家領内における小麦の出来について報告にやってきた。顔色は思わしくない。おそらく予想以上に悪いのだろう。アーサーは鉱山代官キコイン男爵の元で領内鉱山の勉強中であるため、報告はボルトン伯と俺が受けた。

「誠に申し上げにくいことですが・・・・・ 凶作にございます」

「やはり凶作なのか!」

 昨日の俺とルナールド男爵とのやり取りを聞いて、ボルトン伯は覚悟していたのだろう。「やはり」と言った。

「二十年前のそれと同じか、それ以上の・・・・・」

「それ以上・・・・・」

 ボルトン伯の声から力が抜ける。ボルトン伯は二十年前の凶作の件を知っているのだろう。

「米と大豆の方は?」

「そちらの方は大丈夫です。何故それを?」

 俺は言った。領民の食糧確保を最優先にすべきだと思いました故、と。ボルトン伯はルナールド男爵に尋ねた。

「まさにアルフォード殿の言う通りだ。ルナールド男爵。どう考えておる」

「コメと大豆が確保出来ております故、麦の代わりにコメと大豆を充てがえば、かなり確保できるのでは、と。ただ・・・・・」

「ただ?」

「農業収入が・・・・・」

「・・・・・」

 領民の食糧確保を優先にすれば、相当厳しいボルトン伯爵家の財政が更に悪化する。ルナールド男爵はそれを危惧していた。その危惧を洩らされてはボルトン伯も何も言えまい。

「その点に関しては心配無用でございます。一年程度は十分乗り切れるように手筈を行うつもりですから」

「!!!」
「なんと!」

 俺の言葉にルナールド男爵とボルトン伯が驚きの表情でこちらを見てくる。

「カネがいくらあっても、モノが無ければ暮らせません。カネは食えませんので」

「もっともだ。しかし我が家は今、払い一つも事欠く状況。それをどうやって一年も」

「カネは伯爵家が今までお支払いしてきた利子から調達します。一年しのぐには十分な額になるかと」

「???????」

 俺の話にボルトン伯もルナールド男爵も顔に大きなクエスチョンマークを描いている。

「ですので、そちらより先ずは凶作対策をと」

「アルフォード殿はご存知であったのか!」

 ルナールド男爵は俺の方を見た。ルナールド男爵も俺もおそらく考えていた事は同じのはず。

「先日、我が郷里モンセルに立ち寄りましたところ、小麦の出来が芳しくないとの話を耳にしまして、セシメルの状況を我が商会の者に問い合わせました所、凶作との返答が」

「セシメルといういうことは、我が地よりも北もダメであるということだな」

 ボルトン伯はセシメルの位置から、凶作の地域を想像している。

「凶作が確定したのであれば、事前に対策を採るまでです。なによりも所領最優先で」

「うむ。ワシも他所のことを心配できる余裕がある身ではない。我が領地領民の事に専念しよう」

 ボルトン伯とルナードル男爵、そして俺の三者でボルトン伯爵領内の凶作対策を協議した。途中ボルトン伯が、夫人つまりアーサーの母の実家であるニルスワーナ子爵家と、叔父であるアーバン子爵家、従叔父いとこちがいナンデニール男爵家、再従弟はとこリバーデン男爵家も何とかして欲しいと言うので、凶作対策の中に組み入れることとした。

 後、王都近辺に僅かな土地を持つ従祖叔父いとこおおおじの地主騎士ボルトン卿がおり、こちらの世話も考えなくてはというので、この手の話はキリがない。地主騎士ボルトン卿はボルトン伯の五代前に別れた家で曽祖父の弟の孫に当たり、ボルトン家にとって男系唯一の傍流。万が一ボルトン伯爵家が断絶した場合、この家がボルトン家を継承する事になる。

 妻の実家や叔父までは理解できるが、等親としては遠い「従兄弟いとこ違い」や「はとこ」までの面倒を見ようという発想は中々起こらない。ボルトン伯がやろうとしている事は、財政危機のタラちゃんが、カツオはおろか、ノリスケさんやイクラちゃんの世話までするようなものだ。

 このような血族の扶助は現実世界でも昔はあったのだろうが、今の時代には受け入れられない。しかしボルトン家は代々そうやってきた。現王朝にいち早く参陣したり、「ソントの戦い」で不利な長男側に付いたりしているのを考えれば間違いなくやっている。アーサーの俺への振る舞いを見てもそうだ。だからボルトン家は残ってこられたのであろう。

「近々、親族を集めて会議を行おうと思う」

 三者で大体の話の筋ができるとボルトン伯はそう言った。親族の所領はシャムル地方と、ルカナニア地方にあるそうで、集まるのは容易だとのこと。恐るべし家父長制に言葉も出ない。まぁ、それはボルトン家の話。知らぬフリをしておこう。ただ凶作については他言無用とすること、小麦の供給はボルトン伯を振出元にするという二点は了承してもらった。

「アルフォード殿。これを・・・・・」

 話が終わるとルナールド男爵は手を叩いた。すると麻袋ドンゴロスを担いだ従者がやってきて俺の前で袋を下ろす。まさか・・・・・

「コメでございます」

 従者が袋を開けて、俺に中を見せてくれた。

「籾だ!」

 思わず袋の中に手を突っ込んで取り出し、マジマジともみを見た。インディカ米だ。日本の米ではないが、コメには変わりがない。まさかエレノ世界でコメを見るとは・・・・・

「これがコメというものか」

 脇からボルトン伯が不思議そうな顔をして見ている。ボルトン伯はコメを初めて見たのだという。ルナードル男爵からの説明を熱心に聞いていた。特に水田稲作についての話は驚いている。というかエレノで水田は衝撃的で、水田によって大豆の生産が向上するという話もビックリだ。ルナードル男爵家代々の長年に及ぶ研究の成果だろう。

 色々話したいことが山々あるが、時間がない。貸金業者との交渉の時間が迫っていた。ルナールド男爵にアーサーを通じ、食糧に関する協議を行うことを伝えると、お願いしますと頭を下げてきた。主君と所領を宜しくという意味であろう。応接室を後にする優秀な農政家ルナールド男爵を、俺は名残を惜しみながら見送った。

 ――勘定方のケンプが応接室にやってきて、貸金業者の来訪を告げた。今日交渉する貸金業者は近隣で営む九業者である。この業者は今俺が交渉しないといけない。何故なら王都の威光が届かぬ業者ばかり。ここをしっかり押さえないと、俺のプランは成就しない。

 近隣業者は王都の業者に比べ、口数が多い割に金額が少ない。小回りの利いた融資をしているとも言えるが、反面、王都の業者に比べ高金利であり、ボルトン家は相当搾り取られている。これを無毒化し、使えるように持っていくのが俺の仕事だ。

 早速、最初の業者が入ってきた。ホフマン信用のホフマン。成金的なキンキラキンの商人服を着たおっさん業者。地方成金の典型みたいな風体だ。ボルトン家はこのホフマンから十二口約一八〇〇万ラントの残債がある。俺が名乗りを上げると驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻して言ってきた。

「最近噂のアルフォード家が出てきたという事は、お返し願えるのでしょうなぁ」

「もちろんだ」

 俺がそう返事するとホフマンはニヤリと笑った。俺はつかさず言い放つ。「但し条件がある」と。ホフマンが表情を変え、モノを言おうとしたその瞬間、俺は言葉をねじ込んだ。

「新たに一〇〇〇万ラント用意してくれ」

「なにぃ!」

「これまでの借金を一本化して、金利二八%。三年繰延。二十五年返済だ」

「そんなことできるか! 何考えてんだ! 子供のクセにバカにするのも大概にしろ!」

 ホフマンは怒り狂い出した。俺とホフマンのやり取りに、ボルトン伯もビックリしている。おそらく商人同士の交渉場面を初めて見たのだろう。俺は【収納】で一枚の書面を出し、ホフマンに提示する。それを「フンッ」と言った感じで俺から書面を取り上げたホフマンだったが、やがて表情が和らぎ、下手に出てきた。

「ほ、本当にこの条件・・・・・ いいのか?」

「ああいいよ。こちらの要望に応じてくれるのならね」

「ああ、応じるよ、応じる。流石は噂に名高いアルフォード様だ!」

 俺が書面を提示して五分で話し合いが終わった。ボルトン伯は手の平を返し「まいどあり~♪」と機嫌よく立ち去るホフマンの姿に唖然としてる。俺が提示した書面、『護符』の力は強力だった。これならいける。

「アルフォード殿。一体何を・・・・・」

「呪文ですよ、呪文。『護符』ですよ」

 俺は驚くボルトン伯の疑問にそう答え、次の業者、融資のケティマッティとの交渉に臨んだ。ホフマンと同様、最初難色を示したケティマッティであったが、『護符』を見せると、人が変わったように条件を受け入れて帰っていった。次に待っていたマジオ信用、貸金のクック、モレスキー融資、金融のボニャックも全て承諾し、満足げに帰っていく。

 途中、昼食を挟んで七件目の貸金業者との交渉に入る直前、フレディとリディアが応接室に入ってきた。全ての計算が終了したとの事で、今度はこちらの方が約束「俺と貸金業者との交渉の見学」を果たさなければならない番である。これはボルトン伯の了解も得ている話なので、二人にはソファーより少し離れた場所に座ってもらい立ち会ってもらった。

 昼一番の業者はヒューズ貸金。如何にも貸金屋でござるという剃りこみを入れた男は、少しイキがりながら全額返済を求めた。そこで新規融資六〇〇万ラント、借金一本化、金利二八%。三年繰延。二十五年返済という条件を提示すると例に洩れず発狂した。ところが俺が『護符』を見せると態度を一変させ、全てを了解して機嫌良く帰っていく。

「グレン、凄い!」
「これが交渉かぁ」

 ヒューズが帰った後、リディアとフレディは俺の交渉を見て感心している。まぁ、君らの計算と『護符』の力があればこそなんだよ、この交渉は。そう思っていると八番目の業者チョンオン金融が入ってきた。チョンオンは何処で買ってきたのかというトラ縞模様の商人服に身を包み、ロシア帽ウシャンカを被っての登場という、年齢不詳の謎の男。

 しかし俺はこれまでと同じ要領で一方的に案を提示するという、確立されたルーチンをこなす。このチョンオンには新規融資九〇〇万ラント、借金一本化、金利二八%。三年繰延。二十五年返済という条件を提示した。しかし「そんな条件は飲めない」というので、俺は『護符』を見せる。それを見たチョンオンは言った。

「そんな条件は飲めないな。耳を揃えてカネを返してもらおう」
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