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第十二章 ボルトン伯爵家
132 お家事情
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意を決して「カネを貸してくれ」なんて事を人に言うのは尋常ではない。ましていきなり言ってくるとは、かなり切羽詰まっている状態のはず。俺は今までの人生の中で、言ったことも言われたこともない。現実世界でもエレノ世界でも、そういう経験は一度もなかった。
「すまん。カネを貸してくれ」
そう言うアーサーに俺は問うた。
「いくらだ」
「・・・・・とりあえず五〇〇万ラント」
「理由は?」
「家の払いが間に合わない」
「ならダメだ!」
「どうしてだ!」
アーサーは俺に迫ってきた。アーサーの顔には強い焦りの色が見える。目は血走り、唇は青い。今、アーサー冷静な判断が出来る状態ではないのは明らか。しかし俺はハッキリ言ってやった。
「借りたカネを返せるアテがないからだ」
「そこを何とか・・・・・」
「ダメだ。今貸せば、ボルトン家をより追い詰める事になる」
「何故だ!」
「払いが増えて首がより回らなくなるだけだからだ」
そうなのだ。借金払いのための借金なんか、借金で借金を増やし、借金を雪だるま式に膨らませてしまうだけだ。いやボルトン家は今、まさにその状態のはず。そうでなければ普通に金貸し屋の所に走っている筈。貴族とは、まさにそうやって暮らしているのだから。
「すまん。そこを曲げて・・・・・ この通りだ」
アーサーは机に両手をついて頭を下げた。額も机についている。アーサーが、いや貴族がここまでするのは余程のことだ。それは俺にも理解できる。しかし、だが断る。
「ダメなものはダメだ!」
アーサーの身を滅ぼすようなマネはできない。俺はハッキリ断った。するとアーサーは肩をワナワナと震わせ、席を立ち上がった。
「もういい!」
捨て台詞を吐き、立ち去ろうとするアーサーを追いかけ、その腕を咄嗟に掴んだ。
「待てアーサー!」
「もう放っといてくれ!」
俺に借金を断られて自暴自棄になっている。おそらくアーサーにとっては俺が最後の望みだったのだろう。だが重要なのはカネを借りることじゃない。
「いいから来い!」
俺はアーサーの腕を引っ張り、寮の裏まで連れてきた。
「なんでこんな所に・・・・・」
「話ぐらいは聞いてやれると思ってな」
俺は魔装具を取り出し、魔導回廊を開放する。なんだこれは、と驚くアーサーにいいから来い、とその腕を引っ張り、黒屋根の屋敷の敷地に誘導した。
「ここは・・・・・」
「俺の屋敷だ」
「えっ! この屋敷、お前の屋敷だったのか!」
「ああ、買ったんだよ。学園に入ってからな」
アーサーは驚きのあまり硬直している。その硬直しているアーサーの腕を引っ張って屋敷の中に引き入れた。吹き抜け構造のエントランスに弧を描く重厚な両階段。アーサーはそれをぐるぐると見渡している。
「グレン。お前は一体・・・・・」
「まぁ、それは俺の部屋でゆっくり話そうや」
そう言って俺の部屋にアーサーを案内する。途中、工事に立ち会っていたリサと顔を合わせたので、リサにも一緒に話を聞いてもらう事にした。俺の執務室のソファーには俺とリサが同じ並びの椅子に座り、アーサーには俺達の向かいに座ってもらった。
「それは多かれ少なかれ、どこの貴族の家でも起こっていることよ」
俺から事の顛末を聞いたリサはアーサーにそう声を掛けた。
「どこの家もですか?」
「多かれ少なかれね。これは構造的な問題なの」
アーサーの疑問にそう答えると、リサは「構造的な問題」について話し始めた。貨幣価値が変わった為、昔なら収支が合っていたものが今は合わず、それを借金で補っていることから、多くの貴族は慢性的な赤字体質に陥っている。そう説明した。
「俺の家もその状態に?」
「ああそうだ。そして、おそらく今ある借金は殆どは「不足を補った」カネではなく、借金するために抱え込んだ負債」
「借金するために抱え込んだ・・・・・?」
「金利のことね」
俺の説明だけでは理解しきれていないアーサーにリサが補足した。足りないものを埋め合わせたお金の借金ではなく、借金することに生じた金利自体が大きな負債になっていると。
「例えば金利五割で借りたら、一〇〇万ラントの借金が一年後には一五〇万ラントになるの。お金は一切返さなかったら二年後には二二五万、三年後には三三七万五〇〇〇ラントよ。そして五年後には七五九万三七五〇ラント。一〇〇万ラントの借金が七倍以上になるのよ」
「そんなに・・・・・」
「元の借金は一〇〇万ラント。残り六五九万三七五〇ラントは借金することによって発生した新たなる負担費用だ。今の貴族はこれを払うのに忙しいという訳さ」
「だからお前は貸せば俺の家の寿命が縮まると言っていたのか」
そうなのだ。借金を返すために借金するということは、より借金を増やすだけなのだ。アーサーは俺とリサの話で少し冷静さを取り戻したようである。リサはアーサーにボルトン家の借金総額について尋ねた。
「いやぁ、分からないのですよ、それが。親父が「お金が足りない」「お金が借りられない」「お金が支払えない」「家が潰れる」と言うものだから・・・・・」
「じゃあ、業者や金利、口数も・・・・・」
「分かりません」
口数とは何かとアーサーが聞いてきたので、契約書単位の借入件数だと説明すると「そんな数え方をするのか」と驚いていた。そんな調子だから口数も分からないのは当たり前。しかし借金額も支払額も全く分からないのに、お金を借りようとするなんて安定のエレノじゃないか。アーサーもやはりエレノ世界の住人という事だな、これは。
「お金貸してくれる所、本当にないの?」
リサは念を押すようにアーサーに聞いた。これに対してアーサーは「親父がそう言っていました」と答えたので、リサが首をかしげる。
「『貸し渋り対策』は手を打ったはずなのに・・・・・」
「手を打ったって・・・・・ あれは宰相閣下が・・・・・」
リサの言葉にアーサーが混乱している。おそらくリサの話とアーサーの情報が異なるからだろう。正しいのはリサが言っていることだが、世間の常識はアーサーの認識の方なのだから。
「あれはグレンが公爵令嬢と仲良くお出かけした先で聞きつけた話を、私たちに動けと指示して、宰相閣下との協議の上で決まったことなの」
「えええええ!」
こらリサ! 何を言っている。アーサーが仰け反ってるじゃないか。変な勘違いを起こさせるような事を言うんじゃない。
「ヒドイでしょ。自分は令嬢と楽しんでおきながら、人をコキ使うんだから」
「おいグレン、令嬢とそんな関係だったのか?」
アーサーが真顔でこちらに言ってきた。リサを横目で見るとニコニコしているだけだ。コイツはヒドイ!
「あのなぁ。こっちが刀の原材料をクラウディス地方に取りに行くと言ったら、急に「私も予定があります」と言い出しただけだぞ」
「仲良くお出かけしたいとクリスティーナさんの方が言われた、と」
「従者も一緒だ」
「一緒に行ったのは事実でしょ」
「リサ、お前なぁ。誤解されるような事は言うなよ」
「二週間も一緒に旅行していて、誤解するなと言う方が無理があると思うわ」
「二週間も!」
俺とリサとの応酬を聞いたアーサーが声を上げた。リサの話を真に受けて勝手に新しい脳内解釈が生まれていそうで恐い。
「令嬢とそんな深い仲になっていたのか。身分が違うのに凄いよな、お前」
ほら、やっぱりそうじゃないか。アーサーは予想通りの解釈をしていた。しかしその因を作ったリサはひたすらニコニコしている。コイツの内面は爆弾仕掛けて喜んでいる爆弾野郎だ。しかし今、クリスの事を説明しても弁明と捉えられ、弄くり倒されるに決まっている。仕方がないので俺は無理矢理話題をもとに戻し、この話題からの脱出を試みた。
「ボルトン伯爵家は『貸し渋り対策』は効かない。おそらくは『債務超過』だからだ」
「『債務超過』!」
リサが珍しく素頓狂な声を上げた。無理もない。今までどうやって貴族家を維持してきたのだという話だからな。
「『債務超過』ってなんだ?」
「借金払いができないくらい借金が多い状態だ。実質的に破綻、潰れている状態の事を指す。だから、いくら宰相府に申し入れても聞き入れて貰えない。貸付枠を乗り越えて借りてるんだから」
『貸し渋り対策』は貴族側が担保資産があるのに、金貸し屋が貸付を断る話への対策。貴族が申し出れば担保枠いっぱいまでカネを借りることが出来るようにすることで問題は解決する。しかし『債務超過』は担保能力を超える借り入れを既に行っているため、金貸し屋が何処もカネを貸さない。破綻すれば価値はゼロどころかマイナスになってしまう。
「ウチの家はそんな状態なのか・・・・・」
アーサーは俺の話を聞いて肩を落とした。
「すまん。カネを貸してくれ」
そう言うアーサーに俺は問うた。
「いくらだ」
「・・・・・とりあえず五〇〇万ラント」
「理由は?」
「家の払いが間に合わない」
「ならダメだ!」
「どうしてだ!」
アーサーは俺に迫ってきた。アーサーの顔には強い焦りの色が見える。目は血走り、唇は青い。今、アーサー冷静な判断が出来る状態ではないのは明らか。しかし俺はハッキリ言ってやった。
「借りたカネを返せるアテがないからだ」
「そこを何とか・・・・・」
「ダメだ。今貸せば、ボルトン家をより追い詰める事になる」
「何故だ!」
「払いが増えて首がより回らなくなるだけだからだ」
そうなのだ。借金払いのための借金なんか、借金で借金を増やし、借金を雪だるま式に膨らませてしまうだけだ。いやボルトン家は今、まさにその状態のはず。そうでなければ普通に金貸し屋の所に走っている筈。貴族とは、まさにそうやって暮らしているのだから。
「すまん。そこを曲げて・・・・・ この通りだ」
アーサーは机に両手をついて頭を下げた。額も机についている。アーサーが、いや貴族がここまでするのは余程のことだ。それは俺にも理解できる。しかし、だが断る。
「ダメなものはダメだ!」
アーサーの身を滅ぼすようなマネはできない。俺はハッキリ断った。するとアーサーは肩をワナワナと震わせ、席を立ち上がった。
「もういい!」
捨て台詞を吐き、立ち去ろうとするアーサーを追いかけ、その腕を咄嗟に掴んだ。
「待てアーサー!」
「もう放っといてくれ!」
俺に借金を断られて自暴自棄になっている。おそらくアーサーにとっては俺が最後の望みだったのだろう。だが重要なのはカネを借りることじゃない。
「いいから来い!」
俺はアーサーの腕を引っ張り、寮の裏まで連れてきた。
「なんでこんな所に・・・・・」
「話ぐらいは聞いてやれると思ってな」
俺は魔装具を取り出し、魔導回廊を開放する。なんだこれは、と驚くアーサーにいいから来い、とその腕を引っ張り、黒屋根の屋敷の敷地に誘導した。
「ここは・・・・・」
「俺の屋敷だ」
「えっ! この屋敷、お前の屋敷だったのか!」
「ああ、買ったんだよ。学園に入ってからな」
アーサーは驚きのあまり硬直している。その硬直しているアーサーの腕を引っ張って屋敷の中に引き入れた。吹き抜け構造のエントランスに弧を描く重厚な両階段。アーサーはそれをぐるぐると見渡している。
「グレン。お前は一体・・・・・」
「まぁ、それは俺の部屋でゆっくり話そうや」
そう言って俺の部屋にアーサーを案内する。途中、工事に立ち会っていたリサと顔を合わせたので、リサにも一緒に話を聞いてもらう事にした。俺の執務室のソファーには俺とリサが同じ並びの椅子に座り、アーサーには俺達の向かいに座ってもらった。
「それは多かれ少なかれ、どこの貴族の家でも起こっていることよ」
俺から事の顛末を聞いたリサはアーサーにそう声を掛けた。
「どこの家もですか?」
「多かれ少なかれね。これは構造的な問題なの」
アーサーの疑問にそう答えると、リサは「構造的な問題」について話し始めた。貨幣価値が変わった為、昔なら収支が合っていたものが今は合わず、それを借金で補っていることから、多くの貴族は慢性的な赤字体質に陥っている。そう説明した。
「俺の家もその状態に?」
「ああそうだ。そして、おそらく今ある借金は殆どは「不足を補った」カネではなく、借金するために抱え込んだ負債」
「借金するために抱え込んだ・・・・・?」
「金利のことね」
俺の説明だけでは理解しきれていないアーサーにリサが補足した。足りないものを埋め合わせたお金の借金ではなく、借金することに生じた金利自体が大きな負債になっていると。
「例えば金利五割で借りたら、一〇〇万ラントの借金が一年後には一五〇万ラントになるの。お金は一切返さなかったら二年後には二二五万、三年後には三三七万五〇〇〇ラントよ。そして五年後には七五九万三七五〇ラント。一〇〇万ラントの借金が七倍以上になるのよ」
「そんなに・・・・・」
「元の借金は一〇〇万ラント。残り六五九万三七五〇ラントは借金することによって発生した新たなる負担費用だ。今の貴族はこれを払うのに忙しいという訳さ」
「だからお前は貸せば俺の家の寿命が縮まると言っていたのか」
そうなのだ。借金を返すために借金するということは、より借金を増やすだけなのだ。アーサーは俺とリサの話で少し冷静さを取り戻したようである。リサはアーサーにボルトン家の借金総額について尋ねた。
「いやぁ、分からないのですよ、それが。親父が「お金が足りない」「お金が借りられない」「お金が支払えない」「家が潰れる」と言うものだから・・・・・」
「じゃあ、業者や金利、口数も・・・・・」
「分かりません」
口数とは何かとアーサーが聞いてきたので、契約書単位の借入件数だと説明すると「そんな数え方をするのか」と驚いていた。そんな調子だから口数も分からないのは当たり前。しかし借金額も支払額も全く分からないのに、お金を借りようとするなんて安定のエレノじゃないか。アーサーもやはりエレノ世界の住人という事だな、これは。
「お金貸してくれる所、本当にないの?」
リサは念を押すようにアーサーに聞いた。これに対してアーサーは「親父がそう言っていました」と答えたので、リサが首をかしげる。
「『貸し渋り対策』は手を打ったはずなのに・・・・・」
「手を打ったって・・・・・ あれは宰相閣下が・・・・・」
リサの言葉にアーサーが混乱している。おそらくリサの話とアーサーの情報が異なるからだろう。正しいのはリサが言っていることだが、世間の常識はアーサーの認識の方なのだから。
「あれはグレンが公爵令嬢と仲良くお出かけした先で聞きつけた話を、私たちに動けと指示して、宰相閣下との協議の上で決まったことなの」
「えええええ!」
こらリサ! 何を言っている。アーサーが仰け反ってるじゃないか。変な勘違いを起こさせるような事を言うんじゃない。
「ヒドイでしょ。自分は令嬢と楽しんでおきながら、人をコキ使うんだから」
「おいグレン、令嬢とそんな関係だったのか?」
アーサーが真顔でこちらに言ってきた。リサを横目で見るとニコニコしているだけだ。コイツはヒドイ!
「あのなぁ。こっちが刀の原材料をクラウディス地方に取りに行くと言ったら、急に「私も予定があります」と言い出しただけだぞ」
「仲良くお出かけしたいとクリスティーナさんの方が言われた、と」
「従者も一緒だ」
「一緒に行ったのは事実でしょ」
「リサ、お前なぁ。誤解されるような事は言うなよ」
「二週間も一緒に旅行していて、誤解するなと言う方が無理があると思うわ」
「二週間も!」
俺とリサとの応酬を聞いたアーサーが声を上げた。リサの話を真に受けて勝手に新しい脳内解釈が生まれていそうで恐い。
「令嬢とそんな深い仲になっていたのか。身分が違うのに凄いよな、お前」
ほら、やっぱりそうじゃないか。アーサーは予想通りの解釈をしていた。しかしその因を作ったリサはひたすらニコニコしている。コイツの内面は爆弾仕掛けて喜んでいる爆弾野郎だ。しかし今、クリスの事を説明しても弁明と捉えられ、弄くり倒されるに決まっている。仕方がないので俺は無理矢理話題をもとに戻し、この話題からの脱出を試みた。
「ボルトン伯爵家は『貸し渋り対策』は効かない。おそらくは『債務超過』だからだ」
「『債務超過』!」
リサが珍しく素頓狂な声を上げた。無理もない。今までどうやって貴族家を維持してきたのだという話だからな。
「『債務超過』ってなんだ?」
「借金払いができないくらい借金が多い状態だ。実質的に破綻、潰れている状態の事を指す。だから、いくら宰相府に申し入れても聞き入れて貰えない。貸付枠を乗り越えて借りてるんだから」
『貸し渋り対策』は貴族側が担保資産があるのに、金貸し屋が貸付を断る話への対策。貴族が申し出れば担保枠いっぱいまでカネを借りることが出来るようにすることで問題は解決する。しかし『債務超過』は担保能力を超える借り入れを既に行っているため、金貸し屋が何処もカネを貸さない。破綻すれば価値はゼロどころかマイナスになってしまう。
「ウチの家はそんな状態なのか・・・・・」
アーサーは俺の話を聞いて肩を落とした。
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