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第十章 晩夏の前

112 平常運転

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 俺は久々に学園に戻ってきた。ノルト=クラウディス家が用意してくれた馬車で学園の馬車溜まりに到着した俺は、御者に礼を言いながらスッと地面に降りた。走り去る馬車を見送り、さぁ寮で寝ようかと思って振り向くと、そこにはなんとレティがいた。

「グレン・・・・・ あの馬車は・・・・・」

「いや、あれはノルト=クラウディス家の馬車で・・・・・」

「分かるわよ、それくらい」

 分かるよな、それくらいは。王家の次に有名な紋章だもん。

「ちょっと、クラウディス地方まで行ってきた」

「ちょっと? 二週間も?」

 なにかよく分からないが、レティが疑いの目で見てくる。いや、何もやってないよ、ということで、俺がクラウディス地方に『玉鋼たまはがね』を取りに行くとクリスに告げたら、用事があるからと一緒に行くハメになった事や、その用事が『女神ヴェスタの指輪』の捜索だった事などを告げた。

「そして今、帰ってきたところさ」

「ふぅ~ん」

 なんだなんだ、その言い方は。本当の事を言っただけじゃないか。この話、言っても埒が明かないようなので、逆に俺の方がレティに尋ねた。

「ところで何で馬車溜まりにいるんだ?」

「パーティーに出る準備の為に、ホテルに行こうと思って馬車を待っているの」

 なるほどな。それでこんな所に。そう言えば弟のお披露目をやるとか話していたよな、確か。

「弟はいつ来るんだ」

「来週の平日最終日よ。会ってくれるわよね」

 もちろんだ、と俺は答えた。だったらレティにどこで逢うのがいいのかと聞くと、しばらく考えた後、「やっぱり外のほうがいいわね」と話す。学園ではちょっとね、と体裁を気にしているような感じだった。レティもやはり貴族、その部分は仕方がないのだろう。

「だったら『グラバーラス・ノルデン』にしよう。あそこのレストラン『レスティア・ザドレ』で会食をする。あとスイートを取っておくからレティも一緒に泊まればいい」

「え、いいの?」

「ああいいさ。俺と同じ様に姉弟でゆっくり話せばいい。俺らと違って部屋は別々だけどな」

「ん、もう!」

 レティは『モンセル・ディルモアード』での件を思い出したようで笑っている。俺は弟のミカエルが何泊するのか、あとレティが同伴したい日付を聞いて、ホテルとレストランの個室の予約を取る約束をした。いいのか、というから、もちろんさと答えたのは言うまでもない。

「どうだ、ミカエルが来る前に一回飲むか?」

「いいわねぇ。明後日ぐらいどう?」

 ああ、俺は構わない。ということで明後日の夕方、ロタスティで会食がてら飲むことになった。その話をしていた最中に馬車がやって来たので、俺はレティを乗せた馬車を見送り、その足で寮の部屋に駆け込んだ。

 寮の部屋に戻った俺は疲れが溜まっていたのか、そのままベットに倒れ込んだ後の記憶を失くした。ハッと目が覚めたのは夕方過ぎ。俺は急いで風呂場に向かった。というのも部屋に戻る直前、魔装具でリサと連絡を取り、ロタスティで夕食を摂る約束をしたのだ。こちらから言ったのに、遅れたらシャレにならないので、急いで風呂に入った。

「まぁ、どうしたの。そんなに慌てて」

 俺が必死に用意をしてロタスティの個室に駆け込んだら、既にリサが紅茶を飲んでいた。

「いや、部屋に入ったらそのまま寝てしまったようで、慌てて用意したんだ」

「あら、クリスティーナさんとご一緒なのが、そんなに大変だったのですね」

 なんだなんだ、その言い回しは。ニコニコしているが、何やら不穏な思考をしているようにしか思えない。全く、姉第という関係であってもいちいち駆け引きをしなければいけない面倒くささがリサにはある。ここは乗せられたフリをしながらかわして・・・・やろう。給仕が料理を運んでくれたので、食事をしながら話を続けた。

「まぁな。クリスは行った先々で表敬やらを受けなきゃならない。その分、俺の行動の自由がなくなってしまう」

「クリスティーナさんの束縛も加味されて、そうなったのですね」

 こ、こやつは・・・・・ まぁいい。ニコニコしながら毒しか吐かないリサを無視して、話題を変えてやる事にした。

「貸し渋り対策の件、よくやってくれた。宰相閣下から話を聞いた。ありがとう」

「シアーズさんのお陰ですわ」

「リサからの助言をもらったと宰相閣下が言っておられたぞ、感謝すると」

「まぁ・・・・・」

 リサは意外だったようで少し驚いている。一矢は報いたかな。リサは俺からの封書を受け取った後の事を話してくれた。シアーズにも封書が届いていたので、すぐに対案がまとまり、宰相補佐官のアルフォンス卿との連絡もクリスの手紙のおかげでスムーズだったそうだ。そして宰相との会合はノルト=クラウディス家の屋敷で夜に行われた、と。

「貸し渋り対策はすぐに決まったんだけど・・・・・ 宰相閣下はグレンの事を聞きたがっていたわ」

 そこでシアーズが喜んで話したから宰相と二人、俺の話で盛り上がってしまったらしい。しかしなんで俺なんだ! 結局、二人は国家論とか経済論の話までをして意気投合したそうだ。いやぁ、妙な化学反応を起こしてしまったか。

「アルフォンス卿から、今後もよろしくと言われました」

 ん? リサの顔が少し赤らんでいる。もしかするとリサはああいうタイプが好みなのか。確かに次兄アルフォンス卿はデイヴィッド卿と同じく貴公子然とはしているが、長兄と違って野心的な獰猛さのようなものを秘めた感じだからな。猜疑心の強いリサの気を引く種族なのだろう。

「あとシアーズさんが、帰ってきたら会いたいと。それとグレックナーさんが屯所に寄って欲しいそうです」

「グレックナーが?」

「はい。なんでも警備隊の業務内容について話したいことがあるとかで。独自に請け負った仕事もあるからその説明もしたいそうです」

 なんと! 自分たちで仕事を見つけてきたのか。やるなグレックナー。まぁ、側にいた警備隊長のフレミングとか、事務長のディーキンの二人だって只者とは思えないからな。自分らで仕事見つけて稼ぎを増やすのは一向に構わないさ。

「よし。シアーズとグレックナーには明後日会う事としよう。明日一番に早馬を出して確認する」

 シアーズとはしばらく話をしていない。フェレット商会の動向について聞いておく必要がある。一方、グレックナーにはトス・クラウディス執権アウザール伯から預かった品を渡さなきゃいけない。アウザール伯について聞きたい話もある。ちょうど良かった。

「ハンナさんとの話はどうだ」

「ええ、封書のやり取りはしているのだけれど・・・・・」

 シーズンでハンナが奔走しているので、会う機会が持てないらしい。そりゃそうだ。ハンナにとってはそれが本業だ。

「ハンナさんのお話は面白いので早くシーズンが終わって欲しいわ」

 まぁ、こればかりはどうにもならない。シーズン終了後、詳しい話を聞けばいいだろう。俺はディルスデニア王国に旅立ったロバートについて訊ねた。

「ええ、来週頭には帰ってくると返事がありました。向こうは疫病が流行っているそうです」

 なるほど、そうか。ディルスデニア王国では想像以上に疫病が蔓延しているようだな。

「ラスカルト王国にも広がっていると書かれていましたね」

「おい! ザルツは大丈夫なのか?」

「お父さんはムファスタに戻っているから大丈夫だと思う」

 ロバートがディルスデニア王国との交易路を開拓しているように、ザルツはラスカルト王国との交易路を開拓している。ラスカルト王国にも疫病が蔓延しているとするならば、ザルツの方も対策を採らなくてはならないだろう。あ、そうだ! ワインを飲みながら俺は閃いた。

「リサ。すまないがザルツを迎えに行ってくれないか」

「ええっ!」

 いきなり過ぎる俺の言葉に、流石のリサも面食らったようだ。ムファスタは近い。高速馬車なら往復最短一日半で走り抜ける事ができる。ロバートの帰還に合わせてアルフォード商会の凶作対策を協議するには良いタイミングだろう。

「『グラバーラス・ノルデン』に部屋を取っておく。高速馬車の手立てが出来次第、迎えに行ってほしい。封書も託すから」

「・・・・・でも、お父さんが・・・・・」

 リサの弱点はザルツだ。傍若無人なリサであっても、父ザルツの前では子猫に変わる。行っても追い返される事をリサが恐れているのだ。

「心配するな。俺も明日早馬を飛ばす。これは大事おおごとなんだ」

「何かあったの・・・・・」

「ああ。しかし今は言えない。全員が揃ったら説明する。それぐらいの大事おおごとだと思ってくれ。これはアルフォード商会最大の商いになる」

 リサは何も言わない。これまで俺がそんな言い方をしたことがなかったからだ。

「高速馬車は地方から走らせるには時間がかかる。こちらから走らせた方が速い。無人で向かわせたら、あらぬ方向に向かうやも知れぬからな」

 実際、それがあったらしい。だからリサに頼むのだ。

「・・・・・分かったわ。お父さんを迎えに行くわ」

 観念したようにリサは言った。馬車で父娘が水入らずで語らうのもいいだろう。そう考えると、ついつい宰相とクリスの事を想起する。まぁ、俺がザルツを迎えに行ってもいいが、正直高速馬車はもう飽きた。要件もあるし、調べたいこともある。だからリサに行ってもらおう。俺は残ったワインを飲み干して、熟睡するため部屋に戻った。
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