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第六章 商人と剣術

075 勅令

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 上限金利を定める勅令が公布されたのは、俺が宰相ノルト=クラウディス公と面会した四日後の事だった。極めて異例な速さでの公布だが、極端に言えば準備なく紙切れ一枚で公布できる手間いらずな内容であり、ノルト=クラウディス公にとっては急いでもメリットしかなかった。

 金利の上限を二十八%と定めた勅令は公布された時点で有効となる。今日から発効されるということだ。この勅令で一番恩恵を受けるのは、最大の借り手である貴族であることは言うまでもない。これから借り入れるお金は、これまでの四割程度の金利から三割未満の金利に抑えられるのだから、貴族が喜ぶ顔が目に浮かぶというものだ。

 貴族が恩恵を受ける勅令を宰相ノルト=クラウディス公の後押して出した。この事実は貴族社会では衆目一致となるだろう。つまり、これによってノルト=クラウディス公は貴族に恩を売った事になるのである。これは宮廷において正嫡殿下と公爵令嬢の婚約話が流れて以来の出来事であり、貴族間の力関係に変化をもたらすだろう。

 昼休み、魔装具が光る。ジェドラ商会の跡継ぎウィルゴットだ。ウィルゴットは開口一番「やったな、グレン!」と我が事のように喜んでいる。

「ウチの親父も歓喜しているぞ。王都ギルドじゃ「こんな勅令、前代未聞だ!」って大騒ぎだぞ」

 ウィルゴットは屋敷の件でリサと話を進めているから安心してくれ、と謎の言葉を残して会話を切ったが、その直後に魔装具がまた光った。今度はファーナス商会の若旦那アッシュド・ファーナスからの連絡だった。

「いやぁ、まさかこんなに速く実現するとは思わなかったよ。しかも勅令でなんて。金属ギルドや木工ギルドの連中が『金融ギルド』は王国をも動かすって大騒ぎだ」
「こんな状態じゃ、今まで様子を見ていた職業ギルドも、こちら側に雪崩を打ってやってくるかもしれんぞ」

 若旦那はハイテンションに捲し立てた。よっぽど嬉しかったのだろう。俺は貸し倒れ規制が財務部からの政令によって通達される見通しを伝えると、そこまで手が打てたのか、とファーナスのテンションが更に上がる。また動きが落ち着いたら会おうという話となって、回線は切れた。

 するとまたもや魔装具が光った。出るとジェドラ商会の当主イルスムーラム・ジェドラだ。興奮しながら息子の魔装具を争奪して連絡を取ってきたということで苦笑した。

「グレン、でかした! シアーズが喜び過ぎて仕事に手がつかんと嘆いていたぞ!」

 やってこいと言ったのアンタやん、シアーズ。

「これで、ガリバー・・・・掣肘せいちゅうできる。まずはカジノと娼館で確実に影響が出ると、シアーズが息巻いておった」

 ジェドラさんも一緒に息巻いてるじゃん、と思ったが、それは言わなかった。若旦那ファーナスに伝えたのと同じく貸し倒れ規制の件を伝えると、ジェドラ父は貸金業者の動向について話しだした。

「シアーズは未加入の貸金業が今後、相当追い詰められるとも言っていたな。向こうに縋るか、こちらに付くか。二つに一つだ、と」

 だろうな。今日の勅令で王国の経済界は黒白ハッキリと分かれた。フェレット=トゥーリッド連合か、ジェドラ・ファーナス・アルフォード三商会同盟か。三商会側はまず『金融ギルド』『金利上限勅令』で電光石火の二撃を加えた。勝つためには次の矢、三の矢を繰り出さなければならないだろう。ガリバー・・・・はそれほど大きい。

 ――三限目が終わり、いつものように器楽室に入ってピアノを演奏するが、全く乗ってこない。力が入らないというか、音が乗らないのだ。ピアノはメンタルがやられると全く弾くことができない。最低限フラットな精神状態でなければ、弾く意味すら無くなってしまう。俺はアップライトの鍵盤蓋を閉め、楽譜を撤収し、ボーッと椅子に座った。

 頭に浮かぶことはアイリのことばかりだった。アイリにどんな顔をして会えばいいのか、アイリとどう言葉を交わせばいいのか、アイリが今何を思っているのか、そんなことばかり考えてしまう。アイリと会えば全ては解決するのだが、会ってくれないかもしれないのが怖い。

 結局図書館に寄り付かないのも、放課後にアーサーやスクロードとの商人剣術研究に立ち会わなければならなかったというのは名分で、本当のところはアイリとの遭遇を恐れてのこと。休日のあの日以来、アイリの事を考えなかった日はない。

(しかし今日は商人剣術の研究はないし)

 アーサーもスクロードも選択授業の「剣術」の課外講習が行われて、園外に出ているので放課後に集まることができないらしい。しかもこの講習は来週も続くそうで、暫く集まる事はできないようだ。

(結局、俺はアイリに会うしかないのか)

 これがドラマや小説ならば急な展開があったり、あり得ないイベントが発生したりして仲が戻ったり、より親密になったりするのだろうが、ここはゲーム世界だろうとリアル。そんな都合のいい話なんて出てくる筈がないのである。スパイや密偵が色んな情報を教えてくれる好都合なんてのも存在しない訳で、自分自身で道を開く以外に方法はない。

(ダメ元でもアイリに会おう。それでダメなら・・・・・)

 諦められるか不安だが、図書室に向かい、いつものようにいつもの机で、いつもの椅子に座って本を読むフリ・・をしながらアイリを待った。

 しばらくするとアイリが来た。俺と一瞬目があった。だがアイリは視線を下に落としてしまった。

(やっぱりダメか・・・・・)

 しかしアイリは下を向いたままこちらの方にやってくる。そして俺の向かい、アイリの定位置に座った。アイリは座っても俯いたままだ。

(アイリ・・・・・)

 このままじゃ何も変わらない。意を決して言葉を出した。

「アイリ・・・・・ ごめん」

 アイリは首を横に振った。

「グレン。この前はごめんなさい」

 アイリは下を向いたままだ。俺は思っていることを言った。

「あれからアイリのことが頭から離れなかった。どんな顔をして会えばいいか分からなかった」
「でも会う以外に俺が選びたい方法がなかったんだ」

「私もです!」

 アイリは顔を上げ、こちらを真っ直ぐに見て言った。

「私もグレンのことをいろいろ考えましたが、最後は会うことだけしか考えられませんでした」

「アイリ!」
「グレン!」

 お互い同時に言葉が出た。

「スイーツ屋に行こう」

「あ、私も言おうとしてました」

「そうなのか」

 思わず笑ってしまった。アイリも微笑んでいる。

「では、行きましょうか」

 アイリが席を立つと、俺の手を取った。手を引かれた俺は自然と席を立つ。そして手を繋いだまま、一緒にスイーツ屋に向かった。

 スイーツ屋に入ると相変わらずの客足だったが、二人掛けの席が空いていたので、アイリと向かい合わせに座った。

「人が多いですね」

「人気があるようだよ」

 最初は人の多さに店内をキョロキョロしていたが、いざ注文となると真剣な眼差しでメニューを見ている。

「決めました。苺パフェのラージサイズにします」

 全部食べられる? と聞いたら、大丈夫ですというのでそれ以上は言わなかった。俺の方はチョコレートクレープと紅茶を頼む。苺パフェのラージサイズが出てくると、けっこうマウンテンな量だ。大丈夫か、アイリ。と思っていたら「大きいですねぇ」といいながら、ニコニコと微笑んで食べ始めた。

「おいしいですね」

 そう言いながら苺パフェを幸せそうにパクパク食べるアイリ。年頃の娘らしいといったら、らしいのだが、アイリが可愛くて仕方がない。俺はチョコレートクレープを食べながら、そんなアイリを愛でた。

「中庭に行きませんか?」

 紅茶を啜っている俺にアイリが提案してきた。まぁ、人が多いスイーツ屋ではしたい話もできない訳で、「おお、そうしよう」と一緒にスイーツ屋から出た。

「帰ってしまうのですよね、グレンは」

 中庭に向かう途中、アイリが呟いた。声のトーンは落ち着いている。

「ああ。帰る方法が見つかれば、だけど・・・・・」

「見つかればいいですね」

 嫌味で言っている訳ではないのは、すぐに分かった。大体アイリがそんな事を思うような子ではないし、言うわけもない。中庭に来た俺たちはベンチに座った。

「私、色々考えてしまいました。でも私はグレンから離れられません」

 ググッと来た。俺もだよという言葉を、必死で飲み込む。

「ですからグレンがいる限り、一緒にいたい」

 アイリが健気過ぎる。俺も同じだ。一緒にいたい。

 しかし自分の都合で帰る俺がそれを言ってしまえば、本当に自分勝手な人間になってしまう。エレノ世界にいる間だけアイリよろしくなんて、そんなヒドイ奴にはなりたくない。

「ずっとアイリのことが頭から離れなかった。アイリにどう言えばいいのかをずっと、そればかりを考えていた」

「グレン・・・・・」

 俺たちは顔を向き合わせる。ごく自然にそれができた。おそらくアイリと俺は同じことを考えている。この関係を壊したくない。壊したくないから、その日その時が来るまで不問にしようと。俺は一人自問する。しかしそれでいいのか、と。

「どうして! どうしていないのよ!」

 突然、耳に障る甲高い声が中庭に響いた。誰だ? と思って見ると、例のケバい女子生徒コルレッツだった。中庭全体をキョロキョロ見渡している。おそらくフリックを探しているのだろう。

「突然、会わなくなるってどういうこと?」

 コルレッツが血相を変えて喚いている。やはりこれがコイツの本性か。そんなことを思っていたら、俺たちの存在に気付いたのか、こちらを睨んできた。仕掛けられたものを唯々諾々と受け入れる訳にはいかない。

 なので俺はコルレッツに対し、これ見よがしに睨み返してやる。するとコルレッツはこちらの睨みに気付いたのか、鬼の形相をして「フンッ!」ときびすを返し、中庭を立ち去って行った。

「あの人は一体・・・・・」

「あれは関わっちゃいけない人間だ」

 怪訝な表情で呟くアイリに、俺はそう諭した。
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