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第二章 悪役令嬢

034 生徒会会内政局

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 ファーナス商会の若旦那、アッシュド・ファーナスから連絡があったのはアーサーと昼食を取った後だった。以前頼んでいた「緊急支援貸付」の振出元が見つかったとのことで、貸金業界の大物ラムセスタ・シアールの推薦だと教えてくれた。

「で、業者は」

「歓楽街近くに事務所を構える『信用のワロス』というところらしい」

 ワ、ワロスだと! 内心舌打ちした。これはこれは。俺の命を狙うヤツに俺のカネを預けるのか。なんという皮肉。なんという悪縁。一瞬断ろうと思ったが、他にアテもないので諦めることにした。

「ありがとうございます。明日の夕方でもご挨拶に伺いたいと先方に伝えて下さい」

 感情を押し殺してファーナスに伝える。魔装具の会話で良かった。これが対面だったら絶対に表情が出ているな。そんな俺の心中を知らないファーナスは、『信用のワロス』の詳細な場所を丁寧に教えてくれた。

「『金融ギルド』の責任者をラムセスタ・シアールが引き受けてくれる事になった」
「明日の昼にジェドラ商会のウィルゴット君がきみに会いに行くそうだ」
「アルフォード商会の王都ギルド加盟の話も詰めに入っているぞ」

 ファーナスは色々な情報を伝えて魔装具を切った。ギルド界隈は相変わらず激しい動きだ。こうなってくると俺の方もうかうかしてはいられない。新たな味方、信用できる明確な味方が必要になってくる。学園に求めるか、地方に求めるか。さてどうするか。ここは考えるべきところ。ウィルゴットが来るという、明日の予定を組み立てながらそう思った。

 図書館でいつもの時間いつもの指定席で、俺とアイリはいつもと変わらず話しながら本を読んでいた。先日の件があったからといって、あれからアイリの態度が変わることはなかったし、俺も接し方が変わってはいない。あの程度で変わるような関係性ならば、今ここで同じ机に座っていない。根拠はないが俺はアイリとはそういう関係だと断言できる。

 そんな事を思っていたら何処から来たのか、すっと・・・レティがアイリの隣に座った。

「生徒会長がひと騒ぎを起こしたようよ」

「トーリスが?」

 やはりそうか。実質的に暫定執行部から排除された生徒会長のトーリスは、生徒会室にやってきて小言を言いながら抗議したらしい。それを副会長代理のエクスターナが暫定体制は『緊急支援貸付』期間の限定だと説明したので、渋々引き下がったとのこと。聞くまでもなく、どこまで行ってもクズキャラ路線一直線、安定のトーリスだった。

「コレットが署名集めに成功して、明日の放課後に『生徒会執行部総会』を開く運びになったんだって」

「さすがはグリーンウォルド。学年代表なだけはあるな」

 俺はレティに一枚の紙を差し出した。

「これをグリーンウォルドに渡してくれ」

「これって・・・・・」

「明日の『生徒会執行部総会』で議決する生徒会規則だ。これを提出するように、と」

 レティはアイリと一緒に俺の出した文書を読んでいるが、イマイチ内容が把握しきれていないようだ。この内容、クルトやグリーンウォルドなら理解できるだろうが。

「これを議決するとどうなるの?」

「来週は『政局』になるぞ」

「せい・・・きょく・・・?」

 二人は首を傾げた。このエレノ世界では殆ど聞かれる事のない言葉。というか現実世界でもこの世代は使わない言葉だからな。政局とは本来、政権の進退など重大局面上での権力闘争のことを指す。

 転じて「政治の流れ」そのものを表す言葉となった。これに対する言葉は政策でこちらは「政治の方針」、事に当たる方法論である。今回の生徒会の件は会長人事の流れを争うものなので政局となるのだが、それを貴族社会の学生に言ってもなかなか理解できないだろう。これがわかるのはおそらくクリスぐらいだ。

「ハッキリ言えばトップの首が変わるといことだ。正式にな」

 二人とも分かったような分からないような顔をしている。仕方ないよな、これは。

「えー。どう変わっちゃうのか知りたいのにぃ」

「私も何をやって変わるのか興味ありますよ」

 この件、二人とも気になるらしく、なにかソワソワしている。生徒会会内政局みたいな下らない、こんな誰得な政局話のどこが面白いのか。あまりにも気になるようなので、ならば改めて一席設けるからと言うと、二人はようやく納得してくれた。

「あと『緊急支援貸付』のお金が少なくなってきたみたいよ」

「もうなくなってきたのか」

「だって、条件良すぎるものね。借りられる人は借りようとするわよ」

 継ぎ足さなきゃいけないな。そう思いつつ、連絡役を務めてくれたレティに礼を言った。前の食事会は無駄ではなかったということである。レティは「お安い御用よ」と言いつつも、エメラルドの瞳をキラリと光らせ、忘れないようにね、と呟いた。こいつは本当に抜け目がないヒロインだ。俺は苦笑しつつ、アイリに明日は用事があるから図書館に来られないと告げて、二人と別れた。

 ――夕方、ドーベルウィンの件でスクロードが話したいということで、急遽、アーサーを交えて「ロタスティ」の個室で会食することになった。

 個室に入るやいなや、スクロードは今し方届いたという、封蝋が切られた封筒を差し出してきた。封筒にも手紙にもスクロード男爵家のものであろう紋章がエンボス加工が施されており、我が子への手紙であろうとも手を抜かぬスクロード男爵夫人の誇りが垣間見える。貴族社会は好かんが、こういう矜持は大好きだ。俺は男爵夫人を一目置く事にした。

「見せてもらうぞ」

 取り出した手紙を開くと、丁寧な文字と共に状況説明と連絡事項が一枚の中に簡潔にしたためられている。俺は一読した後、アーサーに手渡した。アーサーは読み終わると手紙を元通り封筒にしまってスクロードに手渡すと、呆れながらボソリと呟く。

「ドーベルウィンが学園からの通知書を握りつぶしてたってなぁ」

 アーサーがため息をついた。それに合わせるかのようにスクロードは視線を下に落とした。スクロード男爵夫人の手紙によると、ドーベルウィン伯爵夫妻は領地入りしていて、王都の屋敷には不在。そこに逃げ帰ったドーベルウィンは学園から出された通知書、勝者である俺が突きつけた三ヵ条の要求が書かれた書類を隠し、家の者は何も知らずにいたと記されていた。

「母上は間違いなくお怒りだ」

 極めて事務的な文面から、息子であるスクロードはそう読み取ったようである。アーサーが両手を机の上で手を組んだ。

「通知書の内容を知らないとならば家の恥となるぞ」

 家の恥。どうも平民の俺には理解し難い、貴族社会ならではの論理があるようだ。

「人に訊ねられたらもう終わりだ」

「だろうな。ドーベルウィン家は恥すら知らぬとそしりを受ける」

「ああ、その通りだよ」

 スクロードは肩を落としている。要は他の貴族からの話で自分の家の事情を知るのは貴族社会では「恥」。しかもこの上ない「大恥」のようである。この辺りの感覚は現実世界でも体験したことがないので、全く理解の外の話だ。

「だから母上だけでなく、父上もこの話に加わることに」

 手紙には早馬を飛ばしてドーベルウィン伯爵夫妻を王都に呼び戻し、到着後に伯爵夫妻とスクロード男爵夫妻、そしてレアクレーナ卿という人物とで今後の協議を行うと書かれていた。

「レアクレーナ卿とは?」

「叔父上です。母上の弟です」

 ドーベルウィン伯の実弟らしい。今やドーベルウィンの問題は家門の問題となったようである。火の手はどんどん大きくなっている。下手すりゃ俺まで延焼しかねないぞ。本当の本当にどこまでも世話の焼けるヤツだ。

「だからお前も家に帰らなくっちゃいけなくなったという訳だ」

「母上が明日の夕方に帰って来るように、と書いてありますからね」

 スクロードはアーサーの問いに浮かない顔をしている。そりゃそうだよな。自分のやってないことで、五人の大人の詰問を受けるような有様になっているのだから。たかが子供の決闘で、貴族の家門総出動みたいな馬鹿げた事態。あゝエレノ世界は今日も平和だ。

「君がドーベルウィンを守ってやらなきゃなぁ」

 俺はスクロードに問いかけた。

「えっ? そうはどういうこと?」

 驚くスクロードを尻目に俺が思っていることを話した。

「いやぁ、学園に連れ戻してやるのがドーベルウィンにとって一番幸せなんじゃないか、って」

「ハハハ。確かにその通りだ。このままだったら僧院送りになりかねんぞ」

 アーサーは笑いながらドーベルウィンにとっては不幸な未来を予想した。このエレノ世界、問題があると見なされた貴族子弟は僧院送りにされるのが常とされている。というのも僧院送りにされれば家の継承権を失い、相続できなくなってしまうからだ。五人の大人が詰問するとならば十分に考えられる事態。

「だから言わなくちゃいけない。ドーベルウィンの更生は学園じゃないと不可能だと」

「それが言えるのはスクロード。お前しかいないよな」

 俺の言葉にすぐさまフォローを入れてくれたアーサー。流石だよ、アーサー。素晴らしいフォローだ。スクロードも自分の成すべきことがわかったのか、やる気になってきたようだ。

「説得してみるよ。俺」

「よし! 頑張れよ」

 俺はグラスワインを三つ注文し、アーサーとスクロードと共に、アホなドーベルウィンの連れ戻しの誓いを立てた。
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