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第二章 悪役令嬢

031 学年代表グリーンウォルド

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 『緊急支援貸付』の骨格が決まると、告知物の作成に入ってもらった。この業務の得意な執行部員が急いで事に当たっている。俺はB〇判サイズのポスターを、と指定した。エレノ世界にそうした大きさの規格自体がなく、俺も正確な寸法を知らないので、この程度の大きさという曖昧なものとなるが、それは仕方がないだろう。

 また代表者名に『ティアハート・アークケネッシュ会長代行』『クライド・ネスト・エクスターナ副会長代理』の連名とするように要求し、これを通した。エクスターナに「おたく貴族?」と訊ねると、子爵家の三男ということで、身のこなしの軽さはそういう所から来るのね、と妙に納得した。

 そうこうするうちに出来上がったポスターやチラシを念写部隊が複製し始めた。その傍らで、俺は生徒会間の覚書を交わす。貸金業者より借り入れを行うまでのつなぎ融資を行うであるとか、借入者リストの引き渡し、貸金業者との交渉窓口となる等々の話である。

 最後に別室で数字と格闘していたスラッシャーという会計主査を呼んで、一人あたり五〇〇ラントの事務手続料の内、二〇〇ラントを融資事務費として金融業者に支払い、そのカネを会計主査個人にバックして別会計を作る。できたそのカネで生徒会メンバーに各二〇〇〇ラント「駄賃」を支払い、残金は全額生徒会に寄付するというスキームを提案した。

 会計主査は驚いたが、問題があるかと問うと問題ないとの言質を得たので、執行部にこれを説明して了解を得る。俺はこれを「スラッシャー資金」と名付け、その場で会計主査に五万ラントを貸し出した。このカネが配布の原資となる。一連のこの話は副会長代行のエクスターナに一任した。。

「聞いてくれ。今回の業務に携わった者には一律三〇〇〇ラントが作業業務費として支給されることが今の協議で決まった。早速、今日、先に一〇〇〇ラントを支給する。後日残りの二〇〇〇ラントが支給されるから、これからみんな頑張ってくれ」

 エクスターナの思わぬ言葉に皆歓喜している。俺の隣に座っていたグリーンウォルドは目を輝かせている。『ねぎらう』とはこのようにするものなのだ。トーリスではまず無理な話。俺は立ち上がった。

「私は部外者だが、こういう事をやってもらえるのは新執行部のメンバーのおかげだ、ということだけ・・は忘れないでいただきたい」

「だけ」を強調した意味を理解したのか、部屋にいる生徒会メンバーは一様に頷いた。

 生徒会での一連の業務が終わったのは一九時前のこと。俺はクルトとグリーンウォルドを「ロタスティ」に誘った。今日初対面のグリーンウォルド、しかも女子生徒が誘いに乗ってくれるかどうか不安だったが、何事もなく乗ってくれたのは、口説くためではないという俺の意図を察したからだろう。

 「ロタスティ」に着くと以外な事が起こっていた。いつもは埋まっているはずの個室が空いているのだ。多分、賭けに負けた生徒が個室を取るのを止めたのだろう。いかに多くの生徒が賭けでスッたのかということだ。俺はさっそく個室を取り、三人で入ろうとした。その時・・・・・

「あーら。個室に女の子を連れ込もうとしているの? 『ビートのグレン』さん」

「なに人聞きの悪いことを言ってるんだ!」

 振り向かなくても分かる、レティだ。クルトは少し顔を赤らめている。おいクルト、そんな対象にはならんぞ、この猛者レティは!

「コレット。グレンなんかにたぶらかされちゃ、ダメよ」

「レティシア様。大丈夫ですよ。今日は生徒会の話でお食事ですから」

 生徒会の?  そう訊ねてくるレティは好奇心を隠そうともしなかった。これはもう、絶対に首を突っ込んでくるに決まっている。

「グレン、私も一緒にお食事させてもらっていいかしら」

 いやとは言わせないモノ言いじゃねえか。そう思っていたらクルトが言った。

「もし良かったらレティシア様もご一緒に・・・・・」

 こらクルト! と言う間もなく、レティはあらうれしい、と俺に向かって勝ち誇った顔を見せて、スルッと個室に入ってしまった。小悪魔なヒロインだと思っていたら、いつの間にか悪魔へと昇進してしまっている。悪役令嬢クリスの方が絶対清らかだ。結局、俺とクルト、グリーンウォルド、そして飛び入りのレティの四人で食べることになってしまった。

「一〇万ラントを無利子で融資なんて、ちょっと甘やかしすぎなのじゃないの?」

 今日の生徒会での顛末を聞いたレティはワインをあおりながら俺に絡んできた。クルトとグリーンウォルドはワインを断ったので、飲んでいるのは俺とレティだけだ。

「あんな甘ったれた、どうしようもない生徒には世間をしっかり教えてあげるべきよ!」

「親にまで借金して賭けた奴が居る」

 そう言うと、クルトとグリーンウォルドがそれぞれ自分のクラスに何人もいると伝えてきた。するとレティは情けなくなったのか、今度は嘆きだした。

「どうしてそうバカなの? みんなどこまでもバカなの?」
「ドーベルウィンと一緒じゃない! あれだけ威勢が良かったのに、負けたら学園を休むし」

 ん? ドーベルウィンが休み? どういうことだ? 問うと同じクラスでもあるグリーンウォルドが、姿も形も今日は見なかったと教えてくれた。あのバカ、どこへ行ったドーベルウィン。

「バカだから! バカだから、ヘタレるのよ! みんな!」

「バカはそいつらだけじゃないんだよ、これが」

 俺はワインを口に含ませると、生徒会長のトーリスの一件をグリーンウォルドに振った。当事者の俺が話す的確だろうとの判断である。グリーンウォルドは快く引き受けてくれて、今日生徒会で起こった一件をレティに説明してくれた。

「この学園は生徒会長もバカだったのね」

 レティも怒りを通り越して呆れ返っている。そりゃそうだ。この学園には存在自体がギャグみたいな人間が多すぎる。トーリスなんか絵に描いたようなダメキャラじゃないか。

「で、その生徒会長さんとやらが、そのまま引き下がる人なの?」

「な、訳ないよなぁ。だから俺たちは大将首、すなわちアークケネッシュを守らなくちゃいけない。だから我が学年の学年代表様にお越しいただいているのさ」

 みんなの視線が小柄なポニーテールの女子生徒に集中した。グリーンウォルドが、え? 私? という感じで少し戸惑っている素振りを見せる。

「コレットに暗躍させようって腹ね」

「おいおい、表現が悪いぞ」

 俺はレティに抗議しながら、ワインをついでやる。その間合いでグリーンウォルドが訊ねてきた。

「私は生徒会でどんなことをすれば良いのですか?」

「『生徒会執行部総会』開催の署名を集めて欲しい」

 グリーンウォルドは戸惑った顔を見せた。多分、生徒会会則を知らないのだろう。俺はワインを口に含ませながら、その目的を説明した。

「生徒会会則第十六条によると『生徒会執行部総会』は会長及び執行部員の過半数の請願で開催できると規定されているんだよ」

「今は会長は不在だから役員側は招集できないということですね」

「いい指摘だ、クルト」

 ナイスフォロー。クルトは今日の生徒会での書類整理や折衝の姿を見てもそうだが、どうも宮廷官僚に向いているような気がする。グリーンウォルドは納得した表情でこちらを見てきた。

「つまり『生徒会執行部総会』を開催するには、生徒会メンバーの署名が必要ということですね」

「過半数のね」

 この場合の過半数とは会長のトーリス含め役員の数も含まれる。役員六名、学年代表五名、執行部員三十六名の計四十七名の過半数。

「二十四人の署名が必要だ。グリーンウォルド。これを学年代表、執行部員から集めて欲しい」

「わかりました。がんばります」

 同意してくれるかどうか不安だったが、グリーンウォルドはすぐに了解してくれた。

「私も会長よりアークケネッシュさんに頑張ってほしいですし」

 同じ同性だからかなと思っていると、普段からトーリスが理屈っぽくて話が前に進まないことが多かったとグリーンウォルドが説明してくれた。それをアークケネッシュは黙って静観しつつ、隙を見て仕事を片付けるような感じで運営されていたとの事で、執行部員の中にも会長に対する不信はあるのでは、と分析。ダメだよな、それじゃ。

「で、その総会とやらを開催させて何をやらかそうというの?」

 そう言いながら、レティは俺のグラスにワインを注いでくれた。

「署名したメンバーに生徒会会則改定の発議を行ってもらう」

「どんな発議なのですか?」

 俺はワインを口に含ませて説明した。生徒会規則十六条に新たに第二項を設け『生徒会執行部総会』で会長の解任動議を行うこと、出席者の過半数をもって議決することを書き加える。

「会則が変わった『生徒会執行部総会』で会長の解任動議を提出すれば、出席者の過半数の議決で・・・・・」

「会長を辞めさせることができる。なんて悪辣なの、グレン!」

 クルトの分析に、レティはそう被せてきた。君はいつも一言多い!

「さすがよ! 人にやらせる悪党の発想! それでこそ『ビートのグレン』だわ!」

「それヤメロ! レティ!」

「『ビートのグレン』にかんぱ~い!」

 一人気勢を上げるレティに、グリーンウォルドとクルトは冷ややかどころか羨望の眼差しを向けている。君たち、この振る舞いのどこに憧れとるんだ! 目をキラキラさせたグリーンウォルドがおもむろに口を開いた。

「いきなりですが、レティシア様とアルフォードさん、まるで夫婦みたいですねぇ」

 いきなり過ぎるだろ!

 俺は口に含ませていたワインを噴き出しそうになった。レティの方は口に残っていたワインを思わず飲み込んでしまったようで、少しむせている。

「いやいやいやいや、それはないから」
「うんうん。そうよコレット。まずありえないわ」
「夫婦だったら、みんながいる前で言いたい放題にはならない」
「そうそう。相手がいる前では思ったこと言えないもの」

 俺とレティは歩調を合わせ否定した。

「ワインのボトルを持ってお互いのグラスに注いでいるのが、私のお父さんとお母さんの姿とダブったもので・・・・・」

 グリーンウォルドの説明に俺たちは思わず顔を向き合わせる。お互いごく自然にやってた事だが、他人からはそのように見えることもあるのかと、レティと共に苦笑しながら、お互いワインを酌み交わす。そういや佳奈と飲むときはいっつもアルミ缶の発泡酒だったから、酒をつぐこともなかったよなぁ、と現実世界の過去を思い出した。
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