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第二章 悪役令嬢

024 セイラ基金

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 どうして俺がそこまで知っているのかという、簡単だが難解な問いかけに俺は困惑した。どこから言えばいいのか。何から説明すればいいのか。本当の事を言ったとして信じてもらえるのか。そう思案している俺に、三人の視線が集中しているのが目を瞑っていても分かる。

 言う事自体はやぶさかではない。そもそも隠すつもりもない。俺はいずれエレノ世界からおさらばする身。言おうが知られようがどう思われようが、俺にとっては実にどうでもいい話なのだ。

 だが実際に語るとなると話は別で、どのように伝えるべきであるかは考えてしまう。しかし、ここまで話をぶっちゃけてしまっているのに、このまま押し黙る方が無理な話。意を決した俺は、俺が許す感覚の中でだが、事について話すことにした。

「まず、俺は全ての未来を知っている訳じゃない。知っていたら、今日のような馬鹿げた決闘なんかに巻き込まれるハメにはならんからな」

 全員頷いている。この点に関しては共通認識があるようだ。

「その上で言うと、俺は別の世界からこの世界を見てきた人間。言わば夢物語が書かれた本を読んでいたら、いつの間にかその世界に迷い込んでいたって話だ」
「『夢物語』の舞台がこの世界。その『夢物語』という本があるのが別世界。信じてもらえるかどうかは別として、明快に言えばそうなる」
「俺は『夢物語』を読んでる読者で、君たちは『夢物語』という本の登場人物ということだ」

「!!!!!!!」

 当たり前だがやはり全員硬直している。この話、一体どこから触ればいいのかわからないのだろう。

「飛躍しすぎているからな、この話は。だから今、全てを飲み込む必要はない。俺自身、受け入れるのに相当時間がかかったんだから」
「その別世界で、俺は遠巻きに何度も君らを見てきた。だから一部、当人らでしか知り得ない事も知っている。しかしそれは話の一ページを知っているに過ぎず、一挙手一投足、君らの全てを知っている訳ではない訳だ」
「この事を理解してもらえるかな」

 俺の説明にクリスが答えた。

「理解するも何も、貴方が語る『現実』を受け入れる以外に私達の選択肢はないと思うわ。貴方が言っていることは全て本当の事だもの」

 クリスの言に二人の従者も頷いた。どうやら一定レベルは信じてはもらえそうだ。

「アルフォード。お食事をしましょう。戦いに勝った貴方へのお祝いよ。よろしいですね」

 クリスからの提案に、俺が断る選択肢はなかった。思わぬ形でクリスと二人の従者、フレインとクローラル、そして俺の四人でのディナーとなってしまった。

――――

「変わった戦いをするのですね」

 食事中、決闘の戦闘方法についてクリスが聞いてきた。

「木の枝で戦っている事ですか?」

「いえ、防具に魔法剣だなんて」

 ほう。そういう聞き方で来たか。クリスは戦いの概要を大体掴めているようだ。面白いお嬢様だ。ならば、こちらの方も本当の事を説明しなければならないだろう。

「付加魔法は武器だけではなく、防具にでも使えるんですよ」
「だからフレア波のダメージはゼロ」
「ゼロどころかエネルギーを吸収している状態で」

 俺の説明にクリスは身じろぎもしなかったが、二人の従者、特に男従者フレインはポカーンとしていた。

「だからやられる演技をするのがとても大変なんですよ」

「演技なのだとすぐにわかる演技でしたけれどね」

 クリスは顔色を変えずサラリと言う。本当の話だ。おかしかったのか肩を小刻みに震わせている女従者クローラルや、話の内容に唖然としている同じく男従者フレインとは対照的である。フレインが何か言いたそうだったので、目でクリスに向かってサインを送ると、主はフレインに発言を促した。

「あのぅ、それはつまり、アルフォードは無傷で勝ったということですか」

「そうよ」

 クリスは断定すると簡潔に説明した。俺が付加魔法で防具に炎属性を付けて、ドーベルウィンが放つフレア波のエネルギーを吸収していたこと。ドーベルウィンに同じ攻撃をさせるためにやられたフリをしていたこと。制御魔法で俺自身の動きを早めつつ、同じく制御魔法でドーベルウィンの動きを遅めたこと。

 フレインは主の解説に驚き、そして呆れ返っていた。おそらくはドーベルウィンの無策さについてであろう。騎士だったら自分がドーベルウィンならばと、誰でも思うのは当然の話。クリスは言葉を続ける。

「このように最初から負ける要素はゼロだったのです。ですから賭けました」

「はい?」

「グレン・アルフォードに」

 ちょっと待て! いきなり何を言い出すんだ君! 俺は表情を消しながら訊く。

「如何ほどを」

「三〇〇〇万ラントほどを」

「!!!!!!!!」

「本日は勝たせていただいてありがとうございました」

 無表情に頭を下げるクリス。ツンツンキャラの君のやることじゃないだろ! メガトン級や、これ! ドーベルウィンのオッズを最後に引き上げた超大口はクリスだったんだ! エライコッチャ! あまりな展開に俺は思わず噴き出してしまった。

「これは傑作だ!」

 俺があんまり笑うので三人が怪訝な目を向けてきた。

「俺が二〇〇〇万、公爵令嬢が三〇〇〇万。この二人で今日の決闘博打の全掛金の七割以上を獲得したということになりますなぁ」

「ええええええ!」

 これには三人とも仰け反った。

「アルフォード。貴方も賭けていたのですか!」

 呆気にとられていたクリスが身を乗り出してきた。今まで押し隠してきた感情が少し露出してきたようである。俺は元々賭ける気がなかったのだが、リッチェル子爵息女レティシア嬢が、ドーベルウィン応援団の魔法剣信仰に腹を立てていたので、つい悪ノリして、連中を煽るために二〇〇〇万ラント投げ込んだ、と。

 俺はワインを口に含ませて、その経緯を説明した。当初ドーベルウィンのオッズが低すぎたので低調だった掛金が、俺がカネを投げ込んだことで、そのオッズが上昇。掛金が大幅に増えた。それ故、再びドーベルウィンのオッズが低下してしまった。ところがそこに超大口が俺に賭けた事でまたもやオッズが上昇。ドーベルウィンへの掛金が更に増えた。

「要は令嬢の三〇〇〇万ラントはカモの呼び水になっちゃったんですよ」

「・・・・・・・」

 三人とも固まっている。そんな流れになっているなんて知っていたら、そもそも賭けていなかっただろう。

「ところで令嬢は賭け事をおやりに?」

「いえ、初めてです。ところで一体どれくらいの配当になるのですか」

「私と令嬢で一億ラント近くに」

「!!!!!」

 三人とも俺の言った額に固まっている。俺はワインを一杯飲み干し、事情を説明した。

「さっきのカモらの掛金は約一億三〇〇〇万ラント、俺の方に賭けてた人らの掛金は五三〇〇万ラント程度ということで、勝った人の配当の殆どがこの場に集まっちゃった計算になっちゃうんですよ」

「カモって!」

 女従者クローラルがカモという表現に噴き出している。

「私、そのような額の配当を受けても使い道が・・・・・」

 クリスが少し困ったような顔をした。賭けて勝つことが目的で、カネを増やすことが目的だった訳ではなかったらしい。俺はハッと閃いた。

「だったらその配当を学園の学生のために使えばいいんですよ」

 三人はハッとした表情で俺を見た。

「例えば学園内でイベントとかパーティーとか。いいと思ったことに使えばいい。なんだったら俺の配当もそこに加えてもらって構わない。そもそも煽るために賭けただけですから」

「俺と令嬢の配当を一つにして基金化すればいいんだ。俺が使い道を考えるより、顔が広く人脈がある令嬢が考えた方がいいアイディアが生まれるだろう」

 二人の従者フレインとクローラルが俺の話に目を輝かせている。彼らのクリスへの信頼は絶対的。お嬢様なら上手くできるはずだという信念があるのだ。

「しかし一度で使い切ることができるのでしょうか?」

 不安そうなクリスに俺は言った。

「一度じゃなくて何回にも分ければいい。なんだったら、その基金を『セイラ基金』と名付けて、令嬢の自由裁量で使えばいいんだ。公爵家のカネじゃないから令嬢の独断で采配できる」

 俺の話にクリスが驚いている。と同時に表情がパッと明るくなった。

「アルフォードはそれで宜しいのですか?」

「ええ。言い出したのは俺だし、全く構いません。この貴族学園の中では平民の俺が使い道を考えるより、貴族社会を知っている令嬢が考える方が確実だ。むしろこちらからお願いしたい」

「私も今、どう使う事になるのかわかりませんが、期待に添えるよう努力します」

 クリスはよほど嬉しかったのか、微笑みながら頭を下げた。
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