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第12話 アルガス村の職人

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「クルード様、また第一王子側の貴族が、お亡くなりました」
「チッ、またか。検死にいくぞ」

 王宮では貴族の謎の死が続いている。死臭が漂う検死室に入り、貴族の亡骸を観察する。苦しんで絶命したんだろう。苦悶の表情で絶命したその顔はヘビの毒で死んだセトルのそれと酷似していた。

「マシル。やはり、あの冒険者と同じ表情だな」
「そうですね。セトルさんの死に顔にそっくりです。やはり、ヘビの毒を使っての毒殺ですか」
「ならば、毒の検査のための銀の変色も見られないわけだ。ヘビの咬み跡を探すか」

 体中を探すが、それらしきものは見つからない。

「ん? これは……」

 顔を見合わせるクルードとマシルはしばらく黙ったままだった。

 ***

「パパ、注射針、作れそう?」
「いや、正直、難航してるんだ。細い上に筒状ってのがな。今いい方法を考えている所だ」
「ごめんね、厄介なお願いしちゃって」
「かわいい娘のためだ。パパに任しとけ!」
「うん」

「その、注射器っていうの? フィリアは一体何に使うの?」
「この中に薬を入れてね、血管に直接注入するのよ」
「お薬ってそんな方法での使い方もあるのね。ママはよくわからないけど」

「フィリアはなんでそんな事知っているんだ? お前が子供の時から不思議に思ってたんだけど」
「んー。ちょっとうまく伝わるかわからないんだけど……。前世って本当にあると思う?」
「ああ、占い師のばあさんがよく言ってる、前世が貴族だったとか王族だったとか、なんとかっていうあれか?」
「実はね……」

 フィリアは前世で研修医だったこと、不器用なことが原因で毎日が辛かったこと、事故で死んでしまったこと、一〇歳のときに前世の記憶を思い出した事などを話した。こんな事を話して、信じてもらえるかはわからないが、いつかは両親に話したいと思っていた。ちょうどいい機会だったのかもしれない。気持ち悪がられるかもしれない。気味悪がられるかもしれない。それでも、覚悟を決めて打ち明けることにしたのだ。

「うーん。不思議なことがあるんだな。でも、お前が一〇歳の頃の事を考えたら納得できるな」
「そうね、急に大人びた感じになったものね。初めてお裁縫をした時も……そうだったのね」
「そのおかげでこの村も潤ったし、多くの命も救われたんだ。フィリアの親であることをパパたちも誇りに思っているよ」
 
 両親はフィリアの突拍子もない話しを疑うことなく、難解な顔をしつつも信じてくれる。いつか話したいと思っていた前世の記憶のことを伝えることができて、胸のつかえが取れた感覚に心地よさを感じる。肩がすっと軽くなったような、そんな気分だった。

 気味悪がられたりしたらどうしようと、内心怯えていたのも確かだったが、結果よかったのだろう。この両親の子供に生まれ変われて幸せだと心の底から思っていた。

 明くる日、鍛冶屋のダンダがフィリアの家の扉を叩く。

「フィリアちゃん。出来たぞ。こんな感じでどうだ。目盛りも寸分の狂いだって無いぞ」
「すごい わダンダさん、。こんなに薄いガラスで、精巧な作り」

(これなら注射器として全く問題なく使えるわ)

「ダンダさん、本当にありがとう。これ、同じものをできる限り作って欲しいわ」
「まかせとけ、一〇〇〇本でも二〇〇〇本でも作ってやるぞ」
「え! そんなには持っていけないよ」
「はっはっは。聖女フィリアちゃんが村を発つまでにできる限り作っておくとしよう」

 実際ダンダの作った注射器は前世の医療で使っていたものと比べても遜色はなかった。これを吹きガラスで作ってしまう彼のガラス職人としての腕前は国内でも随一なのだろう。
 
「パパ、針、できそう?」
「ああ。ちょうどな、いい方法を思いついたんだ。この薄く伸ばした鉄の小さい板をこうして」

 なんて細かい作業なのだろうか。ロベルトは、もはや米に写経をするほどの繊細な作業をしている。

「ママだけじゃなくて、パパもものすごい器用なのね」
「あぁ、細かい作業は好きなんだ。よし、ここを溶接して研磨すれば……」
「すごい! ちょっと見せて」

 出来立ての針をダンダの作った注射器のガラスの先端に取り付ける。
 
「……出来たわ。完璧よ」
「よしきた! この調子であと三〇本くらい今日中に作れるぞ」

 護衛のトマスが泊まっている宿に向うと、食堂の前で、ガラの悪い観光客四人と、魚をくれた釣りの青年が口論をしている。
 
「なんだと! この田舎者が。不味い料理を出しやがって」
「美味い不味いは個人の意見だから良いが、他の客にまで嫌がらせをするなって言ってるんだ」
「おいおい、俺はお客様だぞ? だから田舎の小汚い食堂は嫌いなんだよ」
「支払いはしなくていい、さっさとこの村から出ていってくれ」
「うるせぇ!」

 ガラの悪い男は拳を振り上げ、青年の顔面を殴打した。顔を押さえてうずくまる青年を更に蹴り上げる男たち。

「俺はな、王都一番のレストランの御曹司なんだぞ。俺が食ってやっただけでもありがたく思え」

(ひどい! 止めなきゃ)

 次の瞬間、食堂の扉が開き、護衛のトマスが焼き魚を左手に持ち貪り食べながら出てきた。

「あらら、気になって出てきたら、兄ちゃんたち……暴力はよくねぇなぁ」
「なんだ? てめぇは。殴られに来たのか?」

 男たちの一人がトマスに殴りかかるが、それを簡単に躱したときにフィリアと目が合う。

「あ。検死師様。どうですか? 必要なものの調達はできたんですかい?」

 一斉に、トマスに襲いかかる男たちの攻撃を、フィリアと会話しながら捌くと同時に男たちの鳩尾みぞおちに剣の柄が埋まる。あっという間に二人の男は悶えながら地面に転がる。

「ええ、揃いました。 あ! トマスさん、危ない」
「ああ、大丈夫ですよ。この程度の相手なら腹ごなしにすらなりませんぜ」

 角材を手に取りトマスの頭部をめがけ振り下ろす男の攻撃を躱すと、左手に持った焼き魚を一気に頬張り、左手の裏拳で男を殴打。右手に持つ剣の鞘で背後に居る男の喉元に突きを食らわす。

「王都一のレストラン……。颯香亭そうかていか。おい、ドラ息子。面ぁ覚えたからな。王都に戻ったらお前んちに行くからな」

 四人の男たちは悶絶し地面に転がったままだった。

「トマスさんって、その、あまり体が大きくないのにすごく強いんですね」
「ええ。鬼の化身のような、国一番の剣士と呼ばれる師匠に徹底的に鍛えられましたからね」
「へぇ。そんな人の弟子だったなんて、さっき言ってた颯香亭そうかていって」
「ああ、美味しいんですよ。俺の師匠が昔働いてたんです。あ、検死師様もご存知のはずですよ。マシル様です」
「ええ? あの人、司法文官でしょ?」
「へっへっへ、異次元の変人なんですよ。あの人は……考えるだけでも恐ろしい」

 身震いをしながら、ヘラヘラと笑って見せるトマス。いよいよマシルという人がわからなくなってきた。
 
「フィリアちゃん、剣士さん、ありがとう。助かったよ」
 
 顔を押さえながら、青年が立ち上がる。
 
「怪我を見せて……うん。軽症でよかった」

 フィリアは、軟膏を塗布した布を彼の頬に貼り、応急処置をした。
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