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第8話 星の呪いの神託

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 王都の貴族街、ある大貴族の屋敷から検死室に運ばれる遺体の腐敗臭は、検死室内に充満していた。吐き気をもよおす悪臭は嗅覚疲労と共に薄れていく。

 「王宮医院の検死師の報告書では、外傷もなく、口内に差し込んだ銀の変色も見られないことから毒殺も考えられない。持病も特になかったため、死因は不明。とのことです」

 司法文官のマシルがクルード監察官とフィリアに説明する。

「フィリア検死師、お前の見立てはどうだ?」
「見た目的には……そうですね。わかりません。解剖ってしちゃだめですか?」
「バカモノ! 貴族の遺体を切り開いてみろ。死罪になるぞ」
「でも、外からじゃわかりませんよ。遺体の解剖をしてもいい法律に変えられませんか?」
「お前は一体、どんな育ち方をしたら、そんな発想になるんだ?」

 執務室に戻り、国王への報告書を作成しているマシル。

「お前が王宮に連れて来られる少し前からな、貴族たちの謎の死が頻繁に起こっているのだ。」
「そうなんです。そして、謎の死を遂げる貴族たちは、第一王子の後ろ盾になっている者たちばかりでしてね。第二王子を皇太子にしようとする者たちの暗躍があるのではと、国王直々に調査の命を受けているんですよ」
「マシル、フィリアにあまり詳しいことを話さなくても良い」
「いえ、教えて下さい。なにか手がかりになる事もあるので」

 この国の国王ライアス・バンドームには二人の王子がいる。第一王子ルーディアスは正義感が強く聡明であり、彼を皇太子に据えようとしている派閥の貴族は多い。第二王子レーサムは側室の子である。闘争心が強く、戦争に関する知略に長けている。勉学だけでなく武術にも長けていて、剣の腕前は兄、ルードを凌ぐほどであった。第二王子レーサムを皇太子にしようとする者たちもおり、派閥同士の争いは沸々と沸き上がっている。

 その状況で第一王子派の貴族たちが謎の死により、その頭数を減らしているとなれば、国王も不審に思う。そこで国王直轄の監察官の出番が来たというのが事の経緯である。

「それでですね、謎の死を遂げる貴族たちは、頭痛を訴え始めて2~3日で亡くなっているのですよ。数々の難事件を解決してきたクルード様もさすがにお手上げ状態でしてね、そんなときに戦場の魔女が捕らえられた事を知り、仲間に引き入れようとしたんです」

「え? 私を利用するためだったのね。クルード様って本当に狡猾な人。はぁ」

「監察官っていうのはな、罪を問う側だぞ! 利がなければ、弁護側に回るわけがないだろう」

(開き直るのね。なんて性格の悪い人。本当に苦手)

 ***
 
『星の呪いがこの国の闇を一掃するであろう』

 星の神託が示され――真鍮の風防に守られた蝋燭の穂先は夜風に揺れる。
 星の羅針盤に注がれた聖水は夜空の満天を反射していた。一見、綺麗に見えるその光だが、それを囲む司祭たちは震え上がりながらに駆け出し、貴族院の会議場へと階段を降りて行く。

「失礼します。早急にお告げしなければならないことがありまして」
「誰だ? 今貴族院との会議中だぞ」
「星詠みの司祭カミーユでございます」
「そうか、入れ」

 国王が指示をすると、会議室の扉が開いた。

「会議中、恐れ入ります。星詠みの司祭カミーユでございます」
「申してみよ」
「ただいま、星の神託が下されました」

 ――星の呪いがこの国の闇を一掃するであろう。悪しき者を王にしようと目論む者は星の呪いを賜り、死に至る。正しき者を王にすると決断すれば呪いは収まるであろう――

「とのことです」
「最近の貴族たちの謎の死は星の呪いによるものだというのか。亡くなった貴族たちは第一王子を皇太子にと推す者ばかり……星詠みの司祭よ、まさか第一王子ルーディアスが悪しき者だとでも言うのか!」
「い、いえ、私はただ星の神託をお伝えしただけにございます」
「そうか……。よい、下がれ」

 貴族たちがどよめき、国王に意見する。

「陛下、この国は何より、星の神託を固く守ってきたことで繁栄してきたのです。無碍むげにはできませぬぞ。そろそろ皇太子の決定をなさらなければ。第二王子レーサム様に」
「何を言うか! 皇太子は第一王子ルード様が相応しいに決まっておろう」
「そなたは星の神託を無視するおつもりか?」
「いや、私は秩序の話を死ているのだ、ルード王子様は王位継承権第一位であるぞ」
「ええい! やめないか! 皇太子については余も熟考してみる。今日の貴族院会議はこれにて終わりだ」

 国王の言葉で会議は終わり、貴族たちが自分たちの意見を述べ合いながら三々五々、散開した。

 ***

「クルード様! クルード様! 国王陛下がお呼びですよ」
「チッ」
「クルード様……、国王陛下の呼び出しに舌打ちというのは流石に不敬ですよ」
「こっちは難題が山積みなのだ、これ以上仕事を増やされたくない」
「まったく、クルード様は恐れ知らずと申しますか……陛下に失礼のないようにお願いしますよ」

 クルードが執務室を出て王の間へと向う。残されたフィリアはマシルは、故郷アルガス村の話や、フィリアの生い立ちの話をしていた。どうやらマシルは相当な好奇心を持っている人らしく、村の特産であるワインや、ものづくりの職人たちの話に夢中であった。

「さて、フィリアさん。私たちは昼食にでもしましょうか」
「やったぁ! ねぇマシル様、今日のお昼ごはんはなにかしら」
「そうですねぇ。フィリアさんの故郷の魚の話をきいたら、食べたくなりましたので、ますきのこのクリームパスタなんていかがでしょう?」
「わぁ、オシャレ。カフェみたい」
「か……ふぇ?」
「んー。オシャレなお料理やお茶やスイーツを食べれるお店……みたいな?」
「へぇ、フィリアさんの村にはそんなものがあるのですね。勉強になります」

 (村じゃなくて前世のお店だけどね)
 
「マシル様って、なんでそんなに料理が上手なんですか?」
「んー。実は私、クルード様が子供の頃からお仕えしていてですね、グルメなクルード様は下女の作る食事を全く食べなかったのですよ。だから私が国で一番の料理人に弟子入りしてですね……。あの苦労を思い出したら涙が出そうです……うう」
「クルード様が子供の頃からって、マシル様って一体何歳なのですか?」
「フフン。若く見えるでしょう? 年齢は内緒です」

 マシルは細い目を細くして微笑む。たしかに、マシルは若く見える。見た目はクルードと然程変わらない。謎な男だ。
 程なくしてクルードが執務室に戻ってきた。

「マシル! 私の昼食は残っているだろうな?」
「ええ、勿論でございます。いま、出来立てをご用意しますのでお待ちを」

 マシルが厨房へと向かい、料理を始めた。
 クルードは、私の席の正面に座り、だらりと両腕を下げ天井を仰ぐ。

「ったく……。なんだよ『星の呪い』って。胡散臭い星詠みの神託め」
「何があったんですか?」
「第二王子を皇太子にしなければ、多くの貴族たちが死ぬんだと」
「そんなに重要なんですか? その『星詠みの神託』というのは」
「この国の根幹さ。怪しい生臭坊主の戯言ざれごとがそんなに大事かね、まったく」

「頭痛が始まってから2~3日で死ぬなんて、冒険者じゃよくあることだろ」
「え? 冒険者も星の呪いにかかるんですか?」
「あぁ、この国には禁足地ってのがあってな。そこで採れる薬草や鉱物は高値で売れるんだ。だからこの国の冒険者は向うんだがな、その中に、たまにいるんだ。頭痛が始まってから数日で死ぬ者が」

「クルード様、出来ましたよ。ますきのこのクリームパスタです」
「おお。美味そうだな」
「あの、クルード様……」
「なんだ」
「その、禁足地に行きませんか?」

 クルードが盛大にパスタを吹き出した。

「な! お前というやつは、なんてことを言い出すんだ」
「もし、星の呪いと同じ症状なら何かわかるかもしれません」
「ふむ。たしかに、そうだな。だが遠いぞ? いいのか?」
「ええ。王宮に籠りっぱなしで外にも出かけたいですし」

 こうして星の呪いと貴族たちの死の真相を突き止めるため、フィリアたちは禁足地へと旅立つことになったわけだが。冒険者たちが死を覚悟して臨むような危険な場所なので、入念な準備と護衛の手配に数日掛かった。田舎育ちのフィリアにとって王宮は本当に窮屈だった。今回の冒険に胸を膨らましていたのだが、この事により、事件が思わぬ方向に進んでいくことになるとは予想もしていなかったのだ。



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