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お宅訪問
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伯爵家は立派だった。門も、そこからのアプローチも金が掛かっている。タウンハウスってこんなに広いものだっけ。
「此方でお待ちください」
広い応接間に通されて、お茶を出されて、ふと手土産を持っていない事に気が付いた。
王宮で預けて、そのまま忘れて来てしまった。
――どうしよう。
無言のままアワアワしていると、先触れが。早いよ!
「ようこそ「申し訳ございません! 手土産を忘れてしまいました!」……」
静まり返る室内。
やってしまった。
挨拶を遮っただけでなく、勢いだけの謝罪。今後の会話がスムーズに進む想像がまるで出来ない……。
「ご丁寧にありがとう」
丁寧さなど、ちりほども存在しなかったにも拘らず、にこやかにお礼を言われてしまった。後光がさして見える!
「あああああの、」
「はい?」
「あ、あ、」
「あ?」
「貴方様の周りの空気を嗅い、あっ!!」
お嬢様は天使だった。
「あ、あのですね、決して他意は無くて。貴方様のですね、清浄な空気を嗅いだらですね、あのですね、私の身も心も綺麗になるというかですね!!」
とんだ事を口にした事に気付いた私のアワアワとした言い訳も通報レベルの変態だった。言いながら、人生初の自分の血がザッと下がる音を聴いた。にも関わらず「嗅いでは駄目よ」と注意してくださり、更に「この紅茶はとても良い香りですのよ」と勧めてくださったのだ。
帰ってから思ったのだが、匂いを嗅がれたくない為に、紅茶を贄に差し出されたのかもしれない。
だがこの時は、彼女の優しさに目が眩むばかりだった。我ながらアホい。
座って落ち着いた頃、お嬢様が切り出された。
「少し時間が押してしまいましたね。単刀直入に参りましょう。貴女が殿下の婚約者になるまでの経緯です」
「は、はい」
確か人と相対した時は、目から少し逸らすんだったな。あ、眉間にうっすら皺がある。
「貴女はデビューしたばかりで、まだ社交をまともにこなした事はない。そうですね」
「その通りです」
……皺が二本になった。
「…………以前にミハイル殿下とお会いした事はあったのかしら」
「ございません」
何故に三本!?
「――――――ねえ、私は尋問しているんじゃないのよ。会話をしたいの。お誘いしたのは少し強引だったかもしれないけれど、貴女の態度も失礼だと思わない?」
「…………あ、あの、じ、じじ尋問だと思って、マシタ……」
天使の眉間には深い深い渓谷が出現していた。
口元が笑んだままなのがいっそ見事だ。
「理解致しました。貴女がいかに残念な方であるかを」
パァっと視界が明るくなった気がした。
「そうなんです! わかっていただけますか!? 私に王子様の嫁は無理なんです! 基礎レベルが違い過ぎるんですぅぅぅ」
感極まってお嬢様の手を握ってしまった。
お嬢様はそっと私の手を外し、さり気なくハンカチで手を拭いた。優雅だ。
「『嫁』ではなく『妃』です。教育係はマリーヤ夫人? 流石の彼女も、時間が足りないと感じていらっしゃる事でしょう。大丈夫。私に任せなさいな」
「私、辞退できるんですね!?」
「勿論、できる訳ないでしょう。早速今から授業を始めます」
「えっ」
お嬢様はお茶のお代わりを用意させると、何処からか綺麗な小瓶を取り出した。香水?
私のカップに何の躊躇いも無く小瓶を中身を入れた。ティースプーンでそっと一混ぜすると私に差し出した。
「どうぞ召し上がれ」
カップを取り上げて中を見る。色は普通、だと思う。嗅いでみる。いい匂い。少し花のような香り。
シロップだったのかな? 顔を上げると、ふとお嬢様の手が目に入った。
「いや、そのスプーン、黒ずんでますよね」
「大丈夫です。皆経験している事です」
「絶対嘘ですよね!?」
「一年後もこうしてお茶を飲む為に、頑張りましょうね」
にっこり微笑むお嬢様はやっぱり天使の様だ。
実は私にはこの天使に関しての懸案事項がある。
ここまで何とか誤魔化してきたが、彼女の名前を覚えていない。一度聞いた記憶はある。しかし一度で覚えられるくらいなら、今こんな苦労はしていない。
どのタイミングで打ち明けるか。その前に誰かが呼んでくれるのか。バレるのが先か――。
一年後どころか、一寸先も闇だ。
「此方でお待ちください」
広い応接間に通されて、お茶を出されて、ふと手土産を持っていない事に気が付いた。
王宮で預けて、そのまま忘れて来てしまった。
――どうしよう。
無言のままアワアワしていると、先触れが。早いよ!
「ようこそ「申し訳ございません! 手土産を忘れてしまいました!」……」
静まり返る室内。
やってしまった。
挨拶を遮っただけでなく、勢いだけの謝罪。今後の会話がスムーズに進む想像がまるで出来ない……。
「ご丁寧にありがとう」
丁寧さなど、ちりほども存在しなかったにも拘らず、にこやかにお礼を言われてしまった。後光がさして見える!
「あああああの、」
「はい?」
「あ、あ、」
「あ?」
「貴方様の周りの空気を嗅い、あっ!!」
お嬢様は天使だった。
「あ、あのですね、決して他意は無くて。貴方様のですね、清浄な空気を嗅いだらですね、あのですね、私の身も心も綺麗になるというかですね!!」
とんだ事を口にした事に気付いた私のアワアワとした言い訳も通報レベルの変態だった。言いながら、人生初の自分の血がザッと下がる音を聴いた。にも関わらず「嗅いでは駄目よ」と注意してくださり、更に「この紅茶はとても良い香りですのよ」と勧めてくださったのだ。
帰ってから思ったのだが、匂いを嗅がれたくない為に、紅茶を贄に差し出されたのかもしれない。
だがこの時は、彼女の優しさに目が眩むばかりだった。我ながらアホい。
座って落ち着いた頃、お嬢様が切り出された。
「少し時間が押してしまいましたね。単刀直入に参りましょう。貴女が殿下の婚約者になるまでの経緯です」
「は、はい」
確か人と相対した時は、目から少し逸らすんだったな。あ、眉間にうっすら皺がある。
「貴女はデビューしたばかりで、まだ社交をまともにこなした事はない。そうですね」
「その通りです」
……皺が二本になった。
「…………以前にミハイル殿下とお会いした事はあったのかしら」
「ございません」
何故に三本!?
「――――――ねえ、私は尋問しているんじゃないのよ。会話をしたいの。お誘いしたのは少し強引だったかもしれないけれど、貴女の態度も失礼だと思わない?」
「…………あ、あの、じ、じじ尋問だと思って、マシタ……」
天使の眉間には深い深い渓谷が出現していた。
口元が笑んだままなのがいっそ見事だ。
「理解致しました。貴女がいかに残念な方であるかを」
パァっと視界が明るくなった気がした。
「そうなんです! わかっていただけますか!? 私に王子様の嫁は無理なんです! 基礎レベルが違い過ぎるんですぅぅぅ」
感極まってお嬢様の手を握ってしまった。
お嬢様はそっと私の手を外し、さり気なくハンカチで手を拭いた。優雅だ。
「『嫁』ではなく『妃』です。教育係はマリーヤ夫人? 流石の彼女も、時間が足りないと感じていらっしゃる事でしょう。大丈夫。私に任せなさいな」
「私、辞退できるんですね!?」
「勿論、できる訳ないでしょう。早速今から授業を始めます」
「えっ」
お嬢様はお茶のお代わりを用意させると、何処からか綺麗な小瓶を取り出した。香水?
私のカップに何の躊躇いも無く小瓶を中身を入れた。ティースプーンでそっと一混ぜすると私に差し出した。
「どうぞ召し上がれ」
カップを取り上げて中を見る。色は普通、だと思う。嗅いでみる。いい匂い。少し花のような香り。
シロップだったのかな? 顔を上げると、ふとお嬢様の手が目に入った。
「いや、そのスプーン、黒ずんでますよね」
「大丈夫です。皆経験している事です」
「絶対嘘ですよね!?」
「一年後もこうしてお茶を飲む為に、頑張りましょうね」
にっこり微笑むお嬢様はやっぱり天使の様だ。
実は私にはこの天使に関しての懸案事項がある。
ここまで何とか誤魔化してきたが、彼女の名前を覚えていない。一度聞いた記憶はある。しかし一度で覚えられるくらいなら、今こんな苦労はしていない。
どのタイミングで打ち明けるか。その前に誰かが呼んでくれるのか。バレるのが先か――。
一年後どころか、一寸先も闇だ。
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