8 / 15
到着です
しおりを挟む
灰色の古い帽子を被り、人のごった返す駅に降り立つ。キョロキョロと辺りを見回していると、オリフィエルに腕を引っ張られた。
行き交う人々の間を連行されながらも、想像よりずっと栄えた隣国の首都の様子に、リサの心はちょっぴりの不安とそれを大きく上回る期待に溢れていた。
(久々の虚飾に塗れた世界! ああ、心が洗われるようだわ!!)
逞しく身なりの良い男性と、腕を引かれる質素なワンピース姿の女性の組み合わせは人目を引いた。
リサの服は五年前のもので、生地は良いが形は古く、リサの魅力を引き立てるものではない。辺りに溢れる洒脱な女性達の中で、下手をすると悪目立ちするものだが、リサは動じない。自分に自信があるからだ。
修道院生活でより磨かれたスタイルに元々の美しさと優雅な所作は、どんな服でも抑えきれぬ魅力がある。
節制生活で過剰にあった色気も程よく昇華され、目をキラキラさせて周りを見る姿は天使のようでもあった。詐欺ではあるが。
ホームを抜けて、馬車乗り場に向かう。荷物と共に押し込まれても気にならない。新しい街に夢中だ。夫は御者と共に御者台に乗ったが、スペースが空いて有り難い。
街を抜けてカポカポと進んで行く内にすっかり陽が落ちた。
時折舟を漕ぎながらうつらうつらしていると、ガタンと馬車が止まった。馬がブルブルと鼻を鳴らしている。どうやら着いたようだ。
特にエスコートも期待せず、さっさと降りて見れば、外燈に照らし出された入口がデカい。
左右を見ると、遠くで灯りが庭を照らしている。後ろは門扉が見えない。
漂う金の匂いに、これは当たりだったとほくそ笑みながら、開いた扉に入って行く夫を追いかけた。
煌々と明かりが灯された玄関ホールに、使用人達が並んでいた。
「家令のジョーン」
壮年の男が一歩出て頭を下げる。
「執事のセンデ」
こちらは少し若い。
「家政婦のダナ」
スタイルの良い三十歳程の女だ。しおらしく頭を下げているが、リサは『同類』と認定した。
「メイドのアニタ。彼女がお前の専属となる。詳しいことはダナに聞いてくれ」
それだけ言って、家令等を引き連れて行ってしまった。他の使用人達も解散してしまう。
(メイドが『彼女』で私が『お前』ねえ)
少し夫を躾ける必要があるかもしれない。
「では奥様。部屋へご案内します」
後ろからダナに声を掛けられ、リサは素直に従った。
特に間取りの説明もされず、まだ歳若いアニタを連れ、三人で黙々と進む。
リサはフムフムと一人納得しながらダナに話しかける。
「ねえダナ。あなたまだ若いのに家政婦なんて凄いのね」
家政婦は女性使用人のトップだ。通常は経験豊富な既婚女性の役職だが……。
「いえ、偶々旦那様に目を掛けていただいただけです」
旦那様とはオリフィエルの事だ。
(あら! 私の夫と何か関係があると言いたいのね。うふふ。了解したわ!)
「まあ。じゃあお仕事が出来るからその地位についた訳ではないのね」
「っ!」
「道理で道案内も上手に出来ないと思ったわ」
うふふと笑って続ける。
「食堂の案内や、住んでいる者達、客人はあるのか。簡単な説明があっても良いのでは?」
「……お疲れかと思いましたので」
「気を使ってくださったのね! そうよね。これから旦那様と夜を過ごすかもしれないんだもの。明日の事なんて考えられないわ!」
ダナの顔が白くなったのを確認してから、内緒話をするようにそっと近付く。
「ねえ、正直に言って良いのよ。旦那様って、女性に優しく出来るタイプ? 私今迄女性とばかり過ごしていたので、とても不安なのよ」
睫毛を震わせるのはリサの得意技だ。
「あの体の大きな旦那様を受け入れられるかしら……」
唇を震わせるのも少し眼を潤ませるのも勿論得意だ。
天使の可憐さに反応したのはアニタだった。
「奥様! 大丈夫です! ダナさんはすっごく頼りになるんですよ! きっとなんとかしてくれます」
物凄く頼りにならなかった。
(なんて見事な他力本願! アニタは良い子なんでしょうけど……いえ、良くはないか)
初夜があるかどうかも分からないが、なんとなく面白そうなので、リサはダナを頼ってみることにした。
行き交う人々の間を連行されながらも、想像よりずっと栄えた隣国の首都の様子に、リサの心はちょっぴりの不安とそれを大きく上回る期待に溢れていた。
(久々の虚飾に塗れた世界! ああ、心が洗われるようだわ!!)
逞しく身なりの良い男性と、腕を引かれる質素なワンピース姿の女性の組み合わせは人目を引いた。
リサの服は五年前のもので、生地は良いが形は古く、リサの魅力を引き立てるものではない。辺りに溢れる洒脱な女性達の中で、下手をすると悪目立ちするものだが、リサは動じない。自分に自信があるからだ。
修道院生活でより磨かれたスタイルに元々の美しさと優雅な所作は、どんな服でも抑えきれぬ魅力がある。
節制生活で過剰にあった色気も程よく昇華され、目をキラキラさせて周りを見る姿は天使のようでもあった。詐欺ではあるが。
ホームを抜けて、馬車乗り場に向かう。荷物と共に押し込まれても気にならない。新しい街に夢中だ。夫は御者と共に御者台に乗ったが、スペースが空いて有り難い。
街を抜けてカポカポと進んで行く内にすっかり陽が落ちた。
時折舟を漕ぎながらうつらうつらしていると、ガタンと馬車が止まった。馬がブルブルと鼻を鳴らしている。どうやら着いたようだ。
特にエスコートも期待せず、さっさと降りて見れば、外燈に照らし出された入口がデカい。
左右を見ると、遠くで灯りが庭を照らしている。後ろは門扉が見えない。
漂う金の匂いに、これは当たりだったとほくそ笑みながら、開いた扉に入って行く夫を追いかけた。
煌々と明かりが灯された玄関ホールに、使用人達が並んでいた。
「家令のジョーン」
壮年の男が一歩出て頭を下げる。
「執事のセンデ」
こちらは少し若い。
「家政婦のダナ」
スタイルの良い三十歳程の女だ。しおらしく頭を下げているが、リサは『同類』と認定した。
「メイドのアニタ。彼女がお前の専属となる。詳しいことはダナに聞いてくれ」
それだけ言って、家令等を引き連れて行ってしまった。他の使用人達も解散してしまう。
(メイドが『彼女』で私が『お前』ねえ)
少し夫を躾ける必要があるかもしれない。
「では奥様。部屋へご案内します」
後ろからダナに声を掛けられ、リサは素直に従った。
特に間取りの説明もされず、まだ歳若いアニタを連れ、三人で黙々と進む。
リサはフムフムと一人納得しながらダナに話しかける。
「ねえダナ。あなたまだ若いのに家政婦なんて凄いのね」
家政婦は女性使用人のトップだ。通常は経験豊富な既婚女性の役職だが……。
「いえ、偶々旦那様に目を掛けていただいただけです」
旦那様とはオリフィエルの事だ。
(あら! 私の夫と何か関係があると言いたいのね。うふふ。了解したわ!)
「まあ。じゃあお仕事が出来るからその地位についた訳ではないのね」
「っ!」
「道理で道案内も上手に出来ないと思ったわ」
うふふと笑って続ける。
「食堂の案内や、住んでいる者達、客人はあるのか。簡単な説明があっても良いのでは?」
「……お疲れかと思いましたので」
「気を使ってくださったのね! そうよね。これから旦那様と夜を過ごすかもしれないんだもの。明日の事なんて考えられないわ!」
ダナの顔が白くなったのを確認してから、内緒話をするようにそっと近付く。
「ねえ、正直に言って良いのよ。旦那様って、女性に優しく出来るタイプ? 私今迄女性とばかり過ごしていたので、とても不安なのよ」
睫毛を震わせるのはリサの得意技だ。
「あの体の大きな旦那様を受け入れられるかしら……」
唇を震わせるのも少し眼を潤ませるのも勿論得意だ。
天使の可憐さに反応したのはアニタだった。
「奥様! 大丈夫です! ダナさんはすっごく頼りになるんですよ! きっとなんとかしてくれます」
物凄く頼りにならなかった。
(なんて見事な他力本願! アニタは良い子なんでしょうけど……いえ、良くはないか)
初夜があるかどうかも分からないが、なんとなく面白そうなので、リサはダナを頼ってみることにした。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる