転職!悪女→

さかな〜。

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到着です

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 灰色の古い帽子を被り、人のごった返す駅に降り立つ。キョロキョロと辺りを見回していると、オリフィエルに腕を引っ張られた。
 行き交う人々の間を連行されながらも、想像よりずっと栄えた隣国の首都の様子に、リサの心はちょっぴりの不安とそれを大きく上回る期待に溢れていた。

(久々の虚飾に塗れた世界! ああ、心が洗われるようだわ!!)

 逞しく身なりの良い男性と、腕を引かれる質素なワンピース姿の女性の組み合わせは人目を引いた。

 リサの服は五年前のもので、生地は良いが形は古く、リサの魅力を引き立てるものではない。辺りに溢れる洒脱な女性達の中で、下手をすると悪目立ちするものだが、リサは動じない。自分に自信があるからだ。

 修道院生活でより磨かれたスタイルに元々の美しさと優雅な所作は、どんな服でも抑えきれぬ魅力がある。
 節制生活で過剰にあった色気も程よく昇華され、目をキラキラさせて周りを見る姿は天使のようでもあった。詐欺ではあるが。

 ホームを抜けて、馬車乗り場に向かう。荷物と共に押し込まれても気にならない。新しい街に夢中だ。夫は御者と共に御者台に乗ったが、スペースが空いて有り難い。

 街を抜けてカポカポと進んで行く内にすっかり陽が落ちた。
 時折舟を漕ぎながらうつらうつらしていると、ガタンと馬車が止まった。馬がブルブルと鼻を鳴らしている。どうやら着いたようだ。

 特にエスコートも期待せず、さっさと降りて見れば、外燈に照らし出された入口がデカい。
 左右を見ると、遠くで灯りが庭を照らしている。後ろは門扉が見えない。

 漂う金の匂いに、これは当たりだったとほくそ笑みながら、開いた扉に入って行く夫を追いかけた。

 煌々と明かりが灯された玄関ホールに、使用人達が並んでいた。

「家令のジョーン」

 壮年の男が一歩出て頭を下げる。

「執事のセンデ」

 こちらは少し若い。

「家政婦のダナ」

 スタイルの良い三十歳程の女だ。しおらしく頭を下げているが、リサは『同類』と認定した。

「メイドのアニタ。彼女がお前の専属となる。詳しいことはダナに聞いてくれ」

 それだけ言って、家令等を引き連れて行ってしまった。他の使用人達も解散してしまう。

(メイドが『彼女』で私が『お前』ねえ)

 少し夫を躾ける必要があるかもしれない。

「では奥様。部屋へご案内します」

 後ろからダナに声を掛けられ、リサは素直に従った。
 特に間取りの説明もされず、まだ歳若いアニタを連れ、三人で黙々と進む。
 リサはフムフムと一人納得しながらダナに話しかける。

「ねえダナ。あなたまだ若いのに家政婦なんて凄いのね」

 家政婦は女性使用人のトップだ。通常は経験豊富な既婚女性の役職だが……。

「いえ、偶々旦那様に目を掛けていただいただけです」

 旦那様とはオリフィエルの事だ。

(あら! 私の夫と何か関係があると言いたいのね。うふふ。了解したわ!)

「まあ。じゃあお仕事が出来るからその地位についた訳ではないのね」

「っ!」

「道理で道案内も上手に出来ないと思ったわ」

 うふふと笑って続ける。

「食堂の案内や、住んでいる者達、客人はあるのか。簡単な説明があっても良いのでは?」
 
「……お疲れかと思いましたので」

「気を使ってくださったのね! そうよね。これから旦那様と夜を過ごすかもしれないんだもの。明日の事なんて考えられないわ!」

 ダナの顔が白くなったのを確認してから、内緒話をするようにそっと近付く。

「ねえ、正直に言って良いのよ。旦那様って、女性に優しく出来るタイプ? 私今迄女性とばかり過ごしていたので、とても不安なのよ」

 睫毛を震わせるのはリサの得意技だ。

「あの体の大きな旦那様を受け入れられるかしら……」

 唇を震わせるのも少し眼を潤ませるのも勿論得意だ。
 天使の可憐さに反応したのはアニタだった。

「奥様! 大丈夫です! ダナさんはすっごく頼りになるんですよ! きっとなんとかしてくれます」

 物凄く頼りにならなかった。

(なんて見事な他力本願! アニタは良い子なんでしょうけど……いえ、良くはないか)

 初夜があるかどうかも分からないが、なんとなく面白そうなので、リサはダナを頼ってみることにした。
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