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仕事中はただひたすらお弁当以外のことを考えないようにしていたが、それが終わった頃……つまり自宅に帰ってきてから、それは後悔という名を持って僕に襲いかかってきた。
「あー、やってしまった……」
ボフリとダチョウぬい(二メートル)に倒れ込み、ギュッとそれを力一杯抱きしめる。
木蔦さんには知られたくなかったんだ。僕が化け物であることを。だからその記憶だけを僕の能力で『忘却』させたつもりだったのに。
『ええと、どなたですか?』
僕についてのこと全てを忘れさせてしまったのだと気がついたら、もう、駄目だった。なんとかその場は取り繕ったが、心はガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
なんで、力の制御は完璧だったはずなのに、なんで、なんで一番忘れられたくない人に忘れられるかな。
いや、能力を使ったのが間違いだったのか。でもどうやってあの場を切り抜ければ良かったんだ?
能力を使うことが当たり前になっていて、それを使わない方法なんて分からなくなっていた。
じゃあ馬鹿正直に言えば良かった? 『僕の能力で、僕と揉めていた記憶を消した』って。
人を超えた力を持って、それを誰かが理解してくれるだなんて都合のいい話はあるわけがない。一般人と僕とでは何もかもが違うのだから。怖がられて避けられるのが関の山。
……あれ、詰んでない? 話しても話さなくても、結局木蔦さんに怖がられる結末しか頭に浮かばないのだが。
「えぇ……」
もっと言えば、まだ出会って二週間も経っていないけれども、僕にとって木蔦さんは心の拠り所となっていたことにも気がついてしまった。
大事なものは失ってから気づく。まさに今回のことを的確に指しているような言葉だと思った。
「もう、美味しそうに食べてくれなくなる……?」
そう考えただけで、胸がギュッと掴まれたような痛みがした。いや、掴まれたじゃあ物足りないくらいかもしれない。グチャッと潰された気分だ。
「っ……」
泣くな。己が百パーセント悪いのに、泣くな。目と鼻がツーンと痛み始めたから、何も溢れないように唇をギチッと噛んでやり過ごす。ジワリと唇から何かが滲んだようだったが、それに回せる余裕は無かった。
「っ……、……」
被害者ヅラすんな。己が百パーセント悪いんだから悲劇のヒーローぶるな。心を殺せ、殺せ、殺せ……
それができたら、どれだけ楽なんだろうか。
…………
あれから一睡もできずに朝を迎えた。最悪な朝だ。
しかしどんなに最悪だろうが、今日も出店場所が決まっている。社会人としてその場所の穴を開けるわけにはいかない。
そんな義務感で重い足を動かしていつものオフィス街に出向く。今日はいつもの五割り増しで口角を意識的に上げていかないと。そう己を鼓舞しながら手を動かしていく。
「あ、ブドウさんおはようございます!」
「おはようございます、古寺さん。」
すると常連の古寺さんが立ち寄ってくれた。今は少しその『いつも通り』が嬉しくて、自然と口角が上がったような気がした。
「……ブドウさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。」
あれ、取り繕えていなかったのだろうか。古寺さんは僕の顔を見て心配そうに眉を下げた。
「私知ってますよ~。大丈夫じゃない人ほど『大丈夫』と答えるそうなんです。で、何があったんですか?」
「っ……、」
そんなに澄んだ目で見られると己の罪が暴かれるような気がして、言葉に詰まる。
「……、……」
「その何かって、木蔦社ty……木蔦さんのことだったりします?」
まさか今その人の名前が出てくるとは思わず、意図せずヒュッと息を呑んでしまった。ああ、これでは言外に木蔦さんのことだと言ってしまったようなもの。彼に迷惑がかかってしまう。どうにか弁解しないと。
しかし何か言い訳をしようと思っても、喉が張り付き声が出せなかった。
「やっぱりそうなんですね。昨日社ty……木蔦さんの様子がおかしかったから、ブドウさんと何かあったんじゃないかって思って。」
「……、な、ぜ……それを……」
「女の勘ってやつです。あと、願望も少々。……と言いたいところですが、あの木蔦さんと関わっていれば予想できます。木蔦さんの感情が動く時は必ずと言っていいほどブドウさんが関わっている。ちょっと見ていれば分かりますよ。」
そう言ってふふふと笑った古寺さん。すごい洞察力だと感心すればいいのか、全て見透かされているかもしれないと恐怖すればいいのか。反応に困ってしまった。
「どうやらブドウさんに関する記憶を失ってしまったようなんですが、心当たりありませんか?」
「……」
「あ、その顔は心当たりアリ、ですね? そうでしたか。……ではそんなブドウさんに一応報告です。木蔦さん、昨日病院で診てもらいましたがどこにも異常は無かったそうです。逆にここ数日ブドウさんのお弁当を食べていたおかげですこぶる元気でした。」
「そ、うです、か……」
なんと返事をしていいか悩み、無難な返ししかできなかった。
「……っと、もうこんな時間! なんのトラブルもなければお昼、また来ます! では!」
そう言って古寺さんは僕が何を言う前に去っていった。
「……あ、僕も準備終わらせないと。」
古寺さんに言われたことを頭の中で反芻しながらも、とにかく今は仕事に集中することにした。
「あー、やってしまった……」
ボフリとダチョウぬい(二メートル)に倒れ込み、ギュッとそれを力一杯抱きしめる。
木蔦さんには知られたくなかったんだ。僕が化け物であることを。だからその記憶だけを僕の能力で『忘却』させたつもりだったのに。
『ええと、どなたですか?』
僕についてのこと全てを忘れさせてしまったのだと気がついたら、もう、駄目だった。なんとかその場は取り繕ったが、心はガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
なんで、力の制御は完璧だったはずなのに、なんで、なんで一番忘れられたくない人に忘れられるかな。
いや、能力を使ったのが間違いだったのか。でもどうやってあの場を切り抜ければ良かったんだ?
能力を使うことが当たり前になっていて、それを使わない方法なんて分からなくなっていた。
じゃあ馬鹿正直に言えば良かった? 『僕の能力で、僕と揉めていた記憶を消した』って。
人を超えた力を持って、それを誰かが理解してくれるだなんて都合のいい話はあるわけがない。一般人と僕とでは何もかもが違うのだから。怖がられて避けられるのが関の山。
……あれ、詰んでない? 話しても話さなくても、結局木蔦さんに怖がられる結末しか頭に浮かばないのだが。
「えぇ……」
もっと言えば、まだ出会って二週間も経っていないけれども、僕にとって木蔦さんは心の拠り所となっていたことにも気がついてしまった。
大事なものは失ってから気づく。まさに今回のことを的確に指しているような言葉だと思った。
「もう、美味しそうに食べてくれなくなる……?」
そう考えただけで、胸がギュッと掴まれたような痛みがした。いや、掴まれたじゃあ物足りないくらいかもしれない。グチャッと潰された気分だ。
「っ……」
泣くな。己が百パーセント悪いのに、泣くな。目と鼻がツーンと痛み始めたから、何も溢れないように唇をギチッと噛んでやり過ごす。ジワリと唇から何かが滲んだようだったが、それに回せる余裕は無かった。
「っ……、……」
被害者ヅラすんな。己が百パーセント悪いんだから悲劇のヒーローぶるな。心を殺せ、殺せ、殺せ……
それができたら、どれだけ楽なんだろうか。
…………
あれから一睡もできずに朝を迎えた。最悪な朝だ。
しかしどんなに最悪だろうが、今日も出店場所が決まっている。社会人としてその場所の穴を開けるわけにはいかない。
そんな義務感で重い足を動かしていつものオフィス街に出向く。今日はいつもの五割り増しで口角を意識的に上げていかないと。そう己を鼓舞しながら手を動かしていく。
「あ、ブドウさんおはようございます!」
「おはようございます、古寺さん。」
すると常連の古寺さんが立ち寄ってくれた。今は少しその『いつも通り』が嬉しくて、自然と口角が上がったような気がした。
「……ブドウさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。」
あれ、取り繕えていなかったのだろうか。古寺さんは僕の顔を見て心配そうに眉を下げた。
「私知ってますよ~。大丈夫じゃない人ほど『大丈夫』と答えるそうなんです。で、何があったんですか?」
「っ……、」
そんなに澄んだ目で見られると己の罪が暴かれるような気がして、言葉に詰まる。
「……、……」
「その何かって、木蔦社ty……木蔦さんのことだったりします?」
まさか今その人の名前が出てくるとは思わず、意図せずヒュッと息を呑んでしまった。ああ、これでは言外に木蔦さんのことだと言ってしまったようなもの。彼に迷惑がかかってしまう。どうにか弁解しないと。
しかし何か言い訳をしようと思っても、喉が張り付き声が出せなかった。
「やっぱりそうなんですね。昨日社ty……木蔦さんの様子がおかしかったから、ブドウさんと何かあったんじゃないかって思って。」
「……、な、ぜ……それを……」
「女の勘ってやつです。あと、願望も少々。……と言いたいところですが、あの木蔦さんと関わっていれば予想できます。木蔦さんの感情が動く時は必ずと言っていいほどブドウさんが関わっている。ちょっと見ていれば分かりますよ。」
そう言ってふふふと笑った古寺さん。すごい洞察力だと感心すればいいのか、全て見透かされているかもしれないと恐怖すればいいのか。反応に困ってしまった。
「どうやらブドウさんに関する記憶を失ってしまったようなんですが、心当たりありませんか?」
「……」
「あ、その顔は心当たりアリ、ですね? そうでしたか。……ではそんなブドウさんに一応報告です。木蔦さん、昨日病院で診てもらいましたがどこにも異常は無かったそうです。逆にここ数日ブドウさんのお弁当を食べていたおかげですこぶる元気でした。」
「そ、うです、か……」
なんと返事をしていいか悩み、無難な返ししかできなかった。
「……っと、もうこんな時間! なんのトラブルもなければお昼、また来ます! では!」
そう言って古寺さんは僕が何を言う前に去っていった。
「……あ、僕も準備終わらせないと。」
古寺さんに言われたことを頭の中で反芻しながらも、とにかく今は仕事に集中することにした。
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