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 あれからというもの、美人さんはほぼ毎日のように僕のお弁当を三つずつ選んで買って行くようになった。もはや常連と言っても良いほどの頻度で。

「今日の日替わりはなんですか?」

「今日はですねぇ……たけのこご飯がメインの和弁当です。」

「おお……!」

 そして何と言っても、日を追うごとに豊かになっていく美人さんの目。まるで月光浴をさせて浄化していくブラウンダイヤモンドのように、日々煌めいていくサマを間近で見るのが最近の楽しみになっている。

 未だ表情が変わる様子は見られていないが、いつかは見てみたい。そう思うようにすらなっていた。

 人に執着しないように気をつけて生きてきた僕にしてはとても珍しいというか、青天の霹靂とも言えるほどの変化で。僕自身戸惑っている。

 だがそれでもその変化すら心地よい感覚に陥るほどには順応してきているのかもしれない。

「……あの、どうかされましたか?」

「あ、いえ……申し訳ありません、ボーッとしていました。」

 いけないいけない。接客中だというのに、日に日に輝いていく美人さんに見惚れていた。気を引き締めないと。

「今日は日替わりとおにぎりと野菜たっぷりを一つずつでお願いします。」

「かしこまりました。少々お待ちください。」

 手を動かすことでそんな煩悩を振り払うことにした。たけのこご飯をよそいながら『無になるんだ、無に……』と頭の中で唱えていく。

「……これで今日も三食きちんと食べられるな。」

 おっとぉ……? ちょっと無になれない言葉が、食に携わる人間として聞き逃せない呟きが聞こえた気がしたのは気のせいか……? いや、気のせいであってほしい。

「もしかして毎回三つ買われるのは、昼飯だけでなく夕飯と次の日の朝食の分までも買っておられるので……?」

「……? そうですけど? 何か不都合はありましたか?」

 なんと! 毎日三つずつ買っていくのは『美人さん自身が相当な大食い』か『誰かの分まで買っていた』からだと思っていたのに!

「そうですけど?じゃあありませんよ! それでは栄養が偏ってしまいます! それにお弁当自体、長時間置いておけるものでもないので、せめてその日のうちに食べきってほしいのですが!」

「……?? あなたのお弁当以外のものを食べる気にはならないので……」

「えぇ……」

 お客様には等しく元気でいてほしい僕のエゴにより、この美人さんのご飯事情に首を突っ込んでしまいたくなった。

 だが、ただの店員である僕なんかにできることなんて何も無くて。歯噛みしてそのエゴを心の奥底に沈めていく。

「あ、それならご飯、作ってはくださいませんか? 勿論報酬は出しますから。」

 そう決意したのも束の間、そんな提案をされる。

「え、ええ……?」

 この美人さんの食事に対する執着心、ものすごいな? 美人さんの話が飛躍しすぎていて、思考が止まってしまったではないか。

「あ、でもその分仕事の時間が伸びて、お弁当屋さんの負担になるか……いやでも、さすがの俺でも一日一食は栄養的に辛いものがあるし……」

 ダメ?だなんて捨てられた子犬のような目で見られても……ウッ、さすが美人さん、顔面の圧が強い。断れn……

「……イイヨ。」

 うわぁー! 美人さんの綺麗すぎる顔面に負けてなに承諾してんの自分!

 そう己を脳内で叱責するが、言葉として落としてしまったものを取り消すことは不可能で。冷や汗ばかりがダラダラと流れる。

「っ……!」

 それに言葉を取り消すにも、僕の返事を聞いてパァっと今まで見たこともないくらい華やいだ美人さんの表情を見てしまえば、ねぇ。

 なんかもう(どうでも)いい気がしてきた。

 ……僕、こんなに面食いだっただろうか。自分のことなのに初めて知った。

「ああ、自己紹介もまだでしたよね。俺は木蔦キヅタ 青陽セイヨウ。しがない会社員です。」

「これはこれは丁寧にどうも……僕は、」

 僕も木蔦さんに倣って名乗ろうと思い、いつも通り『ブドウ』と音にしようとして何故か言葉に詰まった。

「僕、は……僕はあゆむ。須藤スドウ 歩……です。」

 そして何をトチ狂ったのか、僕は本名を名乗ってしまっていた。己の無意識下のそんな行動が、自分で理解できない。

「須藤 歩さん……素敵なお名前ですね。」

「い、いや……普通ですよ。」

 いつもは他人の記憶に残りにくいように、お客様に対して絶対本名は使わなかった。

 僕が能力を使わずとも後腐れがないように、僕が急に消えてしまっても疑問に思われないように。

 それなのに今、木蔦さんの前で……もう恩人家族しか覚えていないだろう僕の本名を、口にした。それが何を意味するのか、この時の僕には分からなかった。

…………

 それから、あれよあれよという間に美人さん……木蔦さんのお家にお邪魔して夕飯を作る手筈になっていた。い、いつの間に……!

 そしてもっと言えばあの後からずっと上の空だったらしく、ハッと気がついた時には仕事も終えていた。

 まあ、一日中上の空でも記憶のうみそにはしっかり今日一日の回想シーンが明瞭に残っていたが。まあ、余談である。

 いつも通り片付けをし、この場から去るために運転席へと戻ってきた。

 木蔦さんと約束した集合場所は、ここから少し先にある寂れた公園であると優秀な脳みそが教えてくれたので、そこまでキッチンカーを走らせる。

 僕にはあの口約束を守る義理はない。しかし食に携わるものとして木蔦さんの食生活を見逃すわけにはいかいかない。

 そんな思惑を抱えながら、件の公園にある駐車場に車を止める。

 あまり明かりが付いていない場所故に、木蔦さんがこの真っ黒い車を見つけられるかと心配になったが、どうやらそんな心配は杞憂だったらしい。

 車を止めて数分しないうちにコンコンと窓を叩かれ、そちらに顔を向けると木蔦さんの美しいご尊顔が窓いっぱいに広がっていた。僕は車から降りて木蔦さんと相対する。

「すみません、遅れました。」

「いえ、僕もついさっき来たばかりですから。さあ、乗ってください。」

 これから一度スーパーに寄り、その後木蔦さんの家で食事を作る手筈になっている。そこまで僕のキッチンカーで向かうのだ。

「あ、あの……これ、どうやって乗れば……」

 我先にと運転席に戻ると、木蔦さんの困惑した声が聞こえて来た。どうやら唯一座れる場所、助手席に鎮座するダチョウぬいに対して困惑しているらしい。

「あ……」

 今まで誰かを隣に乗せることもなかったから気がつけなかった。そうだ、我が友ダチョウぬい(一メートル)が助手席で幅を利かせていたんだった。確かにこれでは木蔦さんが乗れない、か。

「ええと……次からは一人で来ますので、今日だけは抱えたまま乗っていただけないでしょうか。申し訳ありません、失念していました。」

 衛生面的にも後ろには乗せられない。だからどうにか一緒に乗ってもらえないだろうか。駄目元でそう聞いてみる。まあ、駄目だったら違うやり方を考えるけれども。

「分かりました。急に申し出たのはこちらですからね。」

「ありがとうございます。」

「歩さんはダチョウがお好きなんですか?」

  助手席に座ってダチョウぬいを膝に乗せながら木蔦さんはそう聞いてきた。

「好きですよ。可愛いので。」

「そうですか。あまりじっくり見たことはありませんでしたが、この子は確かに可愛いですね。」

 そう肯定してダチョウぬいをモフりはじめる木蔦さん。美しい人が可愛いを愛でている絵って、こんなに目の保養になるのか。心がホッコリ温かくなった。

「ではまず、スーパーに寄りますね。木蔦さんのお家にあるものとないものを教えてください。」

「分かりました。」

 木蔦さんにそうお願いしてから、僕はスーパーに向けてハンドルを切ったのだった。
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