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10章 冬休み その一

63 椿side

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※暗いの注意

─────

「ということで、私が知っているのはその日の出来事だけ。その映像から推測するしか出来ません。」
「そっかー。だからチビ藍ちゃんは包帯巻いてたんだね。」
「はい。ですから幼少の藍さんのことなら私よりも……」

 ふっと俺の方を見る山吹。すぐに言いたいことが分かったので一つ頷く。

「……俺で良ければ知っていることを話そう。」

 まあ、俺も公園で会うあーちゃんしか知らないが、あーちゃんの家族の話なら何度か聞いてきたからな。

「……あーちゃんはな、母親に」
「待って、なんでそこであーちゃんが出てくるのさ?」

 酸漿と柊木は不思議そうに首を傾げる。あれ、言ってなかったか。俺も首を傾げる。

「……花蘇芳があーちゃんだ。」
「そうだったの!?」

 あーちゃんのことを知る人が増えれば花蘇芳の耳に入る機会が増えてしまう。忘れたのなら思い出す必要もないからと黙っていた。まあ、山吹に言われていたのもあるが。

「言わなかったのは藍の消えた記憶とやらに関係してんのか?」

 柊木はいつも発言に対して的確な受け答えをするが、これも未来を見ているからなのだろうか。

「……ああ。あーちゃんはあの容姿のせいで母親から嫌われていた。暴言が主だったらしく、言葉の刃があーちゃんを傷付けていた。どんなに面白い話をしても笑顔を浮かべられなくなる程に。」

 それでも俺には笑いかけようと頑張ってくれたのを今でも鮮明に思い出せる。一度だけ聞いたあーちゃんの本名は思い出せなかったのに。

「……反対に父親は優しかったらしいが、聞いていた俺が今振り返って考えてみると、ただの無関心だったように思う。関わるのも嫌だからこそ波風立てないように、という風だった。父親はあーちゃんに対しての好感が全くなかったようだった。」

 あーちゃんに優しくしているように見せかけて、母親を庇うような発言を交えて言い聞かせていただけ。それでもあーちゃんは父親のことを優しいと表現していた。

 あーちゃんの言う優しさは、きっと『暴言を吐かない』というものだろうことが推測出来た。

「……そんな人達のことを忘れたのなら、思い出さない方が幸せなのではないかと考えた。だから何も言わなかった。」
「そっか。でもあいさんは思い出しちゃったかもね。」
「……ああ。」

 忘れていたはずの両親にやめてと懇願していたところを見ると、多分……

「で、思い出した思い出さねえ云々は良いとして、これからどうするか考えた方がよくね?」
「そうですね。では……」













 それから少し話し合った結果、結局普段通りにする、と決まった。別に何かを変えたからといって利になるわけでもないからだ。

 そして花蘇芳のことをよく見ておく、ともなった。思い出したことで何かしら変化がある可能性があるからだ。

「つばっち、そろそろ交代だよ。」
「……ああ。」

 よく見ておくとはなったのだが、それ以前に花蘇芳は熱を出してしまっていたので、皆で交代しながら看病することに。

 今まで俺が見ていたが、次は桃のようだ。ちょうど今額に乗せるタオルを冷やして、再び額に乗せたところで。

「あいさん相変わらず?」
「……ああ。」
「おかあ、さん……ごめんなさ、い……」

 花蘇芳はずっとこの状態が続いている。起こそうと何度か呼びかけてみたが、起きる気配はなかった。苦しそうにしているのを見ているしか出来ないのは辛いものがある。

「つばっちも少し休んできたら? 何かあったらメールするから。」
「……ああ、分かった。」

 花蘇芳のことを桃に託し、俺は一度リビングへ戻る。













「椿、どうだった? 相変わらず?」
「……ああ。多分思い出してしまった記憶を追体験しているのではなかろうか。」
「追体験、ね。椿が藍ちゃん本人にも言わなかったくらいだし……相当心身共に辛いだろうね。」
「……ああ。」

 花蘇芳が目覚めたのは、その日の夜中だったらしい。















藍side

『うう……あなた……私を置いていかないで……』

 お父さんの遺影の前で泣き崩れるお母さんの後ろ姿を、私はじっと見ていた。何もかもに実感がなくて、全く言葉が出てこない。

『計画はどうするのよ……私一人じゃ、成し遂げられそうにもないわよ……』

 計画……? 何の話?

『でも、例え出来なくても、やらなければならないのよね……?』

 ふっとこちらを振り向くお母さん。その顔は涙でぐちゃぐちゃだが、目は依然として鋭い。

『あなたがいなければこんなことにはならなかったのに!』
『お母さん……?』
『私が責任を持って地獄に連れて行ってあげる。』

 どうしよう、また怒られる。恐怖で体が固まった。

 そんな私の手をぐい、と思い切り引っ張るお母さん。私は力が弱いのでずるずるとお母さんのいいように引き摺られる。

『おかあさん! おかあさん! どこいくの!?』
『ベランダに決まってるでしょ!? あの人の分、あたしが果たさないと!!』

 ずるずる、ずるずる。お母さんが今からしようとすることがぼんやりとだが理解出来た。嫌だ、嫌だ。

 部屋を歩いていたのと同じ速度でベランダを進む。このままだと二人とも落ちてしまうのに……

『いやだ! やめて! おかあさん!』

 ベランダの端まで来てしまった。お母さんは最早私に声も掛けずにそのまま無言でベランダから落ちる。もちろん、手を繋いでいた私も一緒に……













「……はっ、」

 パチリと目が覚めた。息も上がり、涙もポロポロと零れていた。

「ここは……」

 見覚えのない天井に、ここがどこか思い出そうと記憶を探る。ここは、ここは……

 ああ、山吹さん達の家で私が泊まってた部屋だ。思い出した。部屋が暗いので夜中とかだろうか。体を起こして辺りを見回したが、ベッド近くにある灯りを持ってしても遠くの方が暗くて見えない。ベッドの辺りしか目視出来なかった。

 あれ、でも私は何故ここにいる? 覚えているのは山吹さん達のお父さんがリビングに来て、私が名乗ったら……

 そこからの記憶が無い。倒れでもしたのだろうか。

「お父さん、お母さん……ぐすっ、」

 思い出してしまった。というよりも何故あんなに大事なことを、両親のことを忘れていたのだろう。

「うぅ……」

 お母さんが怖い、でも私はやっぱりお母さんを嫌いになれない、お父さんは優しかったのにどうして事故に遭ってしまったの……

 色々な思いが混ざり合い、私の頭の中はぐちゃぐちゃだ。ただひたすらに涙が出る。


 しばらく泣いていたら、突然ふわりと何かに包まれた。
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