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10章 冬休み その一

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※暗いの注意

──────

 次の日。

「藍ちゃん、髪の毛弄らせて?」

 小雪さんにそう言われたのは朝ご飯を食べ終えた後のこと。いきなりで驚いてしまい、何も返事出来ずにいた。

「母さん……」

 山吹さんと柊木さんが呆れている。双子という情報を得てからこの二人を見ると確かによく似てると思う。今の反応とか特に。

「私、結婚する前は美容師やってたのよ。最近は髪を弄ることもほとんどないから、ね?」

 目をキラキラとさせて手をこちらに向ける。

「い、良いですよ。というよりもむしろお願いします。」
「ありがとう!」

 小雪さんに指定された椅子に座り、その背後に小雪さんは立つ。

「どんな髪型にしましょうね。」

 早速私の髪を触る。数回櫛で梳かしたところで、ピタリと手が止まる。

「藍ちゃん。この髪偽物よね?」
「あ……」

 そういえば言ってなかったっけ。皆さんにはもうバレているからすっかり忘れてた。でも地毛の色を見せて怖がらせたくはないからなあ。どうしよう。

「えっと……」

 言っていいのかな。

「ちょっと髪色が派手なので……」

 アプリオリ特有の髪色だからなあ……。もうこればっかりはどうしようもない。隠すしか。

「ふふ、大丈夫よ。私は怖がったりしないから。これ、取って見せて?」

 ……本当に大丈夫かな。本人がそう言っているのだからその通りにするべきか否か。

 よし、怖がられたらたくさん謝ろう。そう決めてウィッグを外す。さらりと白い地毛が露わになる。ちなみにカラコンはずっと外しっぱなしだ。エートス共通のものなので小雪さんも知っているからね。
 ということで白髪灰色目の状態になった。怖がらせたくはないが……大丈夫かな。とても不安だ。

「綺麗……藍ちゃん、とても綺麗ね。」

 それはとても優しい声で。不安もすっと消えていく。

「……前はこの色が気持ち悪いとしか言われてこなかったので……嬉しいです。」
「あら、そんなこと言う人間がこの世にいるというの? この美しさが分からないなんてどうかしているわ!」

 ぷりぷりと怒り始めた小雪さん。

「母さん、気持ちは分かるがちょっと落ち着けって。」
「そうですよ。藍さんが驚いていますよ?」
「あら、ごめんなさい。ただ……こんなにも綺麗なのに、理解されないのはおかしいと思うの。」
「小雪さん……」

 今そう言ってもらえるなら、昔の私も救われる気がする。

「……ありがとう、ございます。嬉しいです。」

 私のその言葉に満足したようで、うふふと笑いながら再び手を動かし始める。














「出来たわ!」

 数分でそれは出来た。ほら、と私の髪を写した鏡を見せられ。そこにあったのは綺麗に編み込まれた私の白い髪。

「わあ……!」

 いつもウィッグをつけていたりして自分の髪を弄ることはほとんどないし、面倒なので結ぶとしても良くて一つ結び。

 ……今私の女子力の低さに自分で驚いたわ。

「可愛い可愛い! あいさん良いね!」

 きゃーなんて言ってこちらに駆け寄ってくる桃さん。反応が女子っぽい気がするのは気のせいか。


 そんなことを考えていた時。

「帰った。」

 聞きなれない声がリビングの外から聞こえてきた。とても低く、落ち着かない声。なんか、胸の辺りがざわざわする。

 そしてその声に反応したのは山吹さんと柊木さん。一瞬であったが動きが止まる。

「あっ、藍ちゃん隠れて!」
「え? 小雪さん?」

 戸惑う私の背中を押す小雪さん。しかし隠れる前に見知らぬ男の人がリビングに入ってきた。

「……おかえりなさい。」

 動揺を隠せない様子のまま入ってきた人に話しかける小雪さんは私を背に隠した。そんなに私の存在を隠したいのかな……?

「ああ。……なんか今日は人が多いな。」
「ええ。りんとあかねのお友達が泊まりに来てくれたのよ。」
「そうか。ゆっくりしていけばいい。」
「ありがとうございまーす。」

 皆さんはいつも通りに振舞っているが、小雪さんだけほんの少し緊張しているみたいだった。

「で、背後に隠している子はどうした小雪。」
「……。」
「私に隠したいような人物なのか?」
「……、」

 数秒考えた後、背後にいる私がその人に見えるよう小雪さんは移動した。この人は私の中にあるどこの記憶を探っても知り合いではないことだけは分かった。それなのに何故小雪さんは私を隠した……?

「……名前を聞こうか。」
「え、っと……花蘇芳 藍です。」

 名前を告げた瞬間、その人は納得したような表情になった。


「ほう、お前があの『親殺し』の花蘇芳 藍か。」


「え……?」

 一体何を言われたのだろう。衝撃的な発言に頭が働かなくなる。

「お前が自分の両親を、」
「違う! 藍さんは違う! 父さんは何か誤解している!」

 まだ脳が処理しきれていない事柄に呆然としていた時、手を引かれ、視界が暗くなる。と同時にふわりと香る……この匂いは山吹さんだよね。山吹さんは私を抱き寄せて更に叫ぶ。

「違う違う違う! 藍さんは被害者だ!!」

 こんなに大声を出す山吹さんは初めて見た。と、どこか的外れな方向に頭が働く。だって二人の言っていることが理解出来ないんだもの。

「何故そう言いきれる。……ああ、お前のポンコツな能力を使って見たのか。」
「……。」
「しかし実際花蘇芳 藍という存在が、親を殺したんだからな。何も嘘を言っている訳じゃあない。」
「そんな訳ない! 藍さんは、藍さんは……!」

 山吹さんは、私の何を知っていて叫ぶのだろう。私には分からない。

「花蘇芳家も山吹家同様、『囚われている家』だからな。」
「それがどうした!」
「だからここにいるお前達も皆、花蘇芳 藍から離れるべきだ。これからも生きていたいのなら。これは忠告だ。」

 どういうこと……? 私は何をしてしまったの……?

 ワカラナイ。

「そんなこと絶対しない! 藍さんは仲間だ!」

 抱きしめる力が強まる。しかし私の頭は混乱を極めていた。

「これを聞けば離れるだろうな。

花蘇芳家が囚われている──は……

『──』

だからな。」




『いいか、藍。お前がお母さんから嫌われているのは、お前の容姿が皆と違うせいで──っていう言葉に囚われたくないからだ。最初から嫌っていれば大丈夫だと思ってるんだよ。──ければお母さんが──ことはないってね。』

「っ……!」

 私の頭はガンガンと割れるかのように痛みを訴え始める。無意識にぎゅっと山吹さんの服を掴む。



『あの人が果たせなかった計画を今から代わりに果たすわ! さあ、こっちに来なさい!』


 何……誰の声……? 知らない人の声のはずなのに、懐かしい気持ちにもなる。


『あんたは生まれてくるべきじゃなかった! だから私達が責任を持って殺してあげるわ!』


『ベランダに決まってるでしょ!? あの人の分、あたしが果たさないと!!』


 なんだ、これは。この声は……

「い、痛い……」

 立っているのも辛くなる。それくらい頭が割れるように痛い。

「藍さん!?」


『お前なんて、生まれて来なければ良かったのにな。』


 聞こえる声の種類は二つ。ヒステリックな女の人が主で、穏やかな男の人が幾つか。

「あ……ああ……あああ……」

 ぐるぐるぐるぐると声が、声が……

 服を掴んでいた両手を離して耳を塞ぐ。それでも尚私の頭を割らんばかりに声は響く。

「やめて、ごめんなさい、やめて!


お母さん! お父さん!」


 痛みに耐えきれなかったのか、私の意識はそこで途切れた。
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