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わん(1章)
せぶん・わん
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佐藤さんはスマホとか言うやつを僕に向けてパシャリと音を鳴らした。ええと、音からして写真を撮ったのだろう。
どうも僕はこの現代日本で二度も人間として生まれ育ったはずなのに、現代の物にはどうしても疎い。だから今も佐藤さんは写真を撮った、と断定出来なかったのだが。
前世、前々世共に日本人として生きていたが、おおよそ普通の人間の暮らしをしてこなかったからね。スマホどころかガラケーも持ったことは一度も無い。
それに無くても不都合は無かった。友達もいなければ親との連絡なんて以ての外。僕を視界に入れただけで罵声、暴力は当たり前だったから、連絡はおろか近くにいるだけでも色々と被害を被ったっけ。
……ああ、いや、これは前々世の時の話だった。前世はまだ緩く、ただいないものとされていたから、連絡の必要が無かった。
と、まあ、そんな経緯もあり、スマホを眺める佐藤さんのゆるゆるな顔を見て、それの何がそんなに楽しいのだろうと俄然興味が湧いたのだ。
よいしょよいしょと佐藤さんの膝になんとか乗り、画面の中が見えるだろう位置にまで移動する。
そしてスマホを持つ手に前足を掛け……あ、あかん、僕の背が足りなくて前足を掛けるので精一杯で画面が覗けない。
おのれ、何故僕は小型犬に生まれ変わったんだ。うぐぐと己の転生先に文句をつけながら、取り敢えず匂いだけは嗅いでおく。
「サキちゃん……? これが気になる?」
しかしさすが佐藤さん。僕の言わんとすることを察知して画面を見せてくれた。そこには黒い毛玉が写っていて。……ただの写真を眺めるだけであんなにゆるゆるな顔ができるのか?と、不思議に思った。
「このサキちゃんの写真を壁紙にしたから、明日からの仕事も頑張れそうだ。」
あ、あの毛玉って今世の僕だったの? うわぁ、アホそうな顔だったな……。
まあ、前世の僕も冴えない感じの……いや、盛った。誰からも嫌われるような顔だったのだ。
そんな顔だけでなく、全身にある傷の数々もそれに拍車をかけていたと思うけど。あ、いや、前世に関して言えばただの自傷だ。
ああ、いや、そんな昔のことなんて今は関係ない。どうせ人間としての生は終わったのだから。今現在、ここにいることが大事なのだ。
「クゥン……」
ここは酷く優しい場所だ。怒鳴られることも無いし、何より佐藤さんは僕の名前を呼んでくれる。こんな何もない僕が享受しても良いものなのかと不安になってしまう程には素晴らしく優しいんだ。
「可愛い、可愛い。サキちゃんは可愛いよ。」
こんな醜い僕の不安を振り払うように、佐藤さんは僕の頭を撫でる。卑しい僕はそれに救われていたのだった。
──楓真side
己の写真を見たサキちゃんは急に不安そうに尻尾を下げた。しかし何が不安なのか俺には分からない。
何せ人間同士ならできる『会話』が今のサキちゃん相手には一方的にしか通用しないから。
サキちゃんは俺の言葉をきちんと理解しているのだろうが、俺はサキちゃんの鳴き声だけでは全てを理解することはできない。それが酷くもどかしい。
だからこそ、俺自身の感情だけはきちんと伝えたい。そういう思いの元、少しの気恥ずかしさを押し殺して『サキちゃんは可愛い』のだと伝える。
君がどう思っているのか、どうしてポメラニアンになるまでストレスを抱えてしまったのか、今までどう生きてきたのか、いつかは聞ける日が来るのだろうか。
いや、人間に戻ったら絶対聞き出してやる、と意気込むことも忘れずに。
「クゥン……」
頭を撫でている俺の手に擦り寄ってきたサキちゃんの姿を見て、何この子可愛すぎでは?と愛しさを爆発させていた。
過度にそれを表に出すとサキちゃんに嫌われる可能性があるため、幾分か己の内にそれを秘めようとはしている。
だがそれはそれは随分と難しいことなのか。と、溢れに溢れた愛しさをサキちゃんをわしゃわしゃと撫でることで発散させていく。
…………
あれからも一緒に遊んだりしたからか、サキちゃんは床に敷いていた毛布の上でプウプウと眠り始めた。
勿論その様子を写真に残してから──このためだけに無音写真アプリを入れてしまった──、サキちゃんがお昼寝している間に俺もできることをせねばと行動を起こす。
掃除機は流石に五月蝿すぎるので、他のことを……。そこで一つ思い出したあれについて勉強するのも良いだろう、とその関連の資料を置いている場所へと移動することにした。
その場所、書斎にある机の引き出し二段目。その中にはサキちゃんを医者に診せた時に貰った資料たちが乱雑に仕舞われていた。
あ、読んだ後に整理しておかないとな。そんな予定まで立てたところで、本題である『ポメガバース』とやらについてのそれらを取り出して一つ一つ目を通していく。
・曰く、現代においてポメガバースは、まだ解明されていないことが多い
・曰く、今の所分かっていることは二つだけ
一つ目、高校に入る前後程度の年齢にまで成長すると、総人口の一割程度の人間にポメガバース性が発現する
二つ目、ポメガバース性を持つ人間はストレスによりポメラニアン化することが分かっている
・曰く、人間の進化の過程でポメラニアン化するようになった原因やメリットはまだ解明されていない
・曰く、そのためポメガバース性を持つ人間の周りは、彼らが人間らしい生活を送れるように支援する必要も出てくる
・曰く、その支援を支えるための機関も存在している。もしポメラニアンになったらそこを頼るのも手である
「ううーん……」
大まかなところは大体把握した。そうか、サキちゃんはそのポメガバース性を持っていたから、ストレスによってポメ化した。そして路地裏で衰弱していたところを見ると、然るべき保護がなされなかった、と。
医者に見せた時、この犬はだいたい一歳程度だからきっと人間換算で言うと十五歳くらいだろう、と言われていたっけ。
まだまだ大人の保護下にいるだろう年齢と聞いて、何故親はこの子を放っておいたのだろうとまだ見ぬサキちゃんの親御さんに怒りが沸いてくるのも当然というもの。
どういう環境でサキちゃんが育ってきたかは分からないが、サキちゃんのこれからに幸あれ、そう願うしかできなかった。
どうも僕はこの現代日本で二度も人間として生まれ育ったはずなのに、現代の物にはどうしても疎い。だから今も佐藤さんは写真を撮った、と断定出来なかったのだが。
前世、前々世共に日本人として生きていたが、おおよそ普通の人間の暮らしをしてこなかったからね。スマホどころかガラケーも持ったことは一度も無い。
それに無くても不都合は無かった。友達もいなければ親との連絡なんて以ての外。僕を視界に入れただけで罵声、暴力は当たり前だったから、連絡はおろか近くにいるだけでも色々と被害を被ったっけ。
……ああ、いや、これは前々世の時の話だった。前世はまだ緩く、ただいないものとされていたから、連絡の必要が無かった。
と、まあ、そんな経緯もあり、スマホを眺める佐藤さんのゆるゆるな顔を見て、それの何がそんなに楽しいのだろうと俄然興味が湧いたのだ。
よいしょよいしょと佐藤さんの膝になんとか乗り、画面の中が見えるだろう位置にまで移動する。
そしてスマホを持つ手に前足を掛け……あ、あかん、僕の背が足りなくて前足を掛けるので精一杯で画面が覗けない。
おのれ、何故僕は小型犬に生まれ変わったんだ。うぐぐと己の転生先に文句をつけながら、取り敢えず匂いだけは嗅いでおく。
「サキちゃん……? これが気になる?」
しかしさすが佐藤さん。僕の言わんとすることを察知して画面を見せてくれた。そこには黒い毛玉が写っていて。……ただの写真を眺めるだけであんなにゆるゆるな顔ができるのか?と、不思議に思った。
「このサキちゃんの写真を壁紙にしたから、明日からの仕事も頑張れそうだ。」
あ、あの毛玉って今世の僕だったの? うわぁ、アホそうな顔だったな……。
まあ、前世の僕も冴えない感じの……いや、盛った。誰からも嫌われるような顔だったのだ。
そんな顔だけでなく、全身にある傷の数々もそれに拍車をかけていたと思うけど。あ、いや、前世に関して言えばただの自傷だ。
ああ、いや、そんな昔のことなんて今は関係ない。どうせ人間としての生は終わったのだから。今現在、ここにいることが大事なのだ。
「クゥン……」
ここは酷く優しい場所だ。怒鳴られることも無いし、何より佐藤さんは僕の名前を呼んでくれる。こんな何もない僕が享受しても良いものなのかと不安になってしまう程には素晴らしく優しいんだ。
「可愛い、可愛い。サキちゃんは可愛いよ。」
こんな醜い僕の不安を振り払うように、佐藤さんは僕の頭を撫でる。卑しい僕はそれに救われていたのだった。
──楓真side
己の写真を見たサキちゃんは急に不安そうに尻尾を下げた。しかし何が不安なのか俺には分からない。
何せ人間同士ならできる『会話』が今のサキちゃん相手には一方的にしか通用しないから。
サキちゃんは俺の言葉をきちんと理解しているのだろうが、俺はサキちゃんの鳴き声だけでは全てを理解することはできない。それが酷くもどかしい。
だからこそ、俺自身の感情だけはきちんと伝えたい。そういう思いの元、少しの気恥ずかしさを押し殺して『サキちゃんは可愛い』のだと伝える。
君がどう思っているのか、どうしてポメラニアンになるまでストレスを抱えてしまったのか、今までどう生きてきたのか、いつかは聞ける日が来るのだろうか。
いや、人間に戻ったら絶対聞き出してやる、と意気込むことも忘れずに。
「クゥン……」
頭を撫でている俺の手に擦り寄ってきたサキちゃんの姿を見て、何この子可愛すぎでは?と愛しさを爆発させていた。
過度にそれを表に出すとサキちゃんに嫌われる可能性があるため、幾分か己の内にそれを秘めようとはしている。
だがそれはそれは随分と難しいことなのか。と、溢れに溢れた愛しさをサキちゃんをわしゃわしゃと撫でることで発散させていく。
…………
あれからも一緒に遊んだりしたからか、サキちゃんは床に敷いていた毛布の上でプウプウと眠り始めた。
勿論その様子を写真に残してから──このためだけに無音写真アプリを入れてしまった──、サキちゃんがお昼寝している間に俺もできることをせねばと行動を起こす。
掃除機は流石に五月蝿すぎるので、他のことを……。そこで一つ思い出したあれについて勉強するのも良いだろう、とその関連の資料を置いている場所へと移動することにした。
その場所、書斎にある机の引き出し二段目。その中にはサキちゃんを医者に診せた時に貰った資料たちが乱雑に仕舞われていた。
あ、読んだ後に整理しておかないとな。そんな予定まで立てたところで、本題である『ポメガバース』とやらについてのそれらを取り出して一つ一つ目を通していく。
・曰く、現代においてポメガバースは、まだ解明されていないことが多い
・曰く、今の所分かっていることは二つだけ
一つ目、高校に入る前後程度の年齢にまで成長すると、総人口の一割程度の人間にポメガバース性が発現する
二つ目、ポメガバース性を持つ人間はストレスによりポメラニアン化することが分かっている
・曰く、人間の進化の過程でポメラニアン化するようになった原因やメリットはまだ解明されていない
・曰く、そのためポメガバース性を持つ人間の周りは、彼らが人間らしい生活を送れるように支援する必要も出てくる
・曰く、その支援を支えるための機関も存在している。もしポメラニアンになったらそこを頼るのも手である
「ううーん……」
大まかなところは大体把握した。そうか、サキちゃんはそのポメガバース性を持っていたから、ストレスによってポメ化した。そして路地裏で衰弱していたところを見ると、然るべき保護がなされなかった、と。
医者に見せた時、この犬はだいたい一歳程度だからきっと人間換算で言うと十五歳くらいだろう、と言われていたっけ。
まだまだ大人の保護下にいるだろう年齢と聞いて、何故親はこの子を放っておいたのだろうとまだ見ぬサキちゃんの親御さんに怒りが沸いてくるのも当然というもの。
どういう環境でサキちゃんが育ってきたかは分からないが、サキちゃんのこれからに幸あれ、そう願うしかできなかった。
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