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71.建て替えは中止?
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ママが家を建て替えるのをやめると言い出した。原因のひとつと思われるのは、雑誌社の取材があって、うちのオールドスタイルの日本家屋が評判になったことだ。
あの後テレビ局もきて、それは日本家屋の取材というよりホラースポットばかりを編集したワイドショーのひとつとして“神無月ひかるのお化け屋敷”という観点から取材された。
どこからどういう話がもれたか、花鳥風月の掛け軸が座敷オヤジの掛け軸に変化するというところに目をつけたのだ。そこで問題の掛け軸に24時間のビデオカメラを設置したが、この時はなんの変化もおこらなかった。
「なんで出なかったのよ。有名になりたかったんじゃないの?」
おばさんが座敷オヤジに問いただした。
座敷オヤジはすました顔で鼻毛なんぞを抜きながら、あごの先で部屋のまわりをしゃくった。
「有名になりたいのはこいつらよ」
部屋の周りにはあいかわらずオキビキをはじめ、三つ目入道などがごろごろところがっている。
「わしはやせてもかれても家神じゃ。ワイドショーごとき見世物なんぞに出やせん」
「雑誌には出たじゃない」
「ふふふふ、ちょいといたずらをした。わしゃ、人が待ち構えているところに出て行くというのはどうも好かん。その手には乗らんのじゃ。ま、ちょいと気が向いて、人が油断しているときに出るというのが愉快じゃな」
「だけどみんなあたしが雰囲気を出すために取り替えたと思ってるよ」
「まあ、なにをやっても、そんなもんじゃ。結局は疑われる」
「そういえば小学生でさえOHPじゃないかって言ってたよねえ」
「ああ、そうじゃなあ。わしに言わせれば、わしらの世界には何の不思議もない。ただ普通の人間の目では見えないし聞こえないというだけのことじゃ。それよりむしろ現代の科学技術のほうがよっぽど不思議に満ちておる。やっぱりわしらは消え去るしかないのかのう」
そういえばそうかもしれない。科学技術は人間の生身の体だけでは不可能なことを可能にしている。毎日ぼくらは当たり前のようにして使っているけれど、遠く離れた人と話がしたいと思えば話せるし、映像を送ることもできる。人間が走るよりもずっと早いスピードで、雨風に打たれもせず移動することも出来る。過去にあった光景を保存して現在も未来も見ることもできるし、肉眼では見えない宇宙のはるかかなたの様子や、ナノの世界をのぞくこともできる。
それらをつくったのは生きている人間たちの力なんだ。
・・・ぼくも、そんな人間の仲間として、不思議に満ちた世界をつくることができるのだろうか・・・?
ところでテレビ局としてはなんの収穫もなかったので“神無月ひかるのお化け屋敷”の放映はやめるのかと思ったら、何をためらうことも無く番組に組み入れた。番組の間中、今にも見せるようなことを言いながら視聴者を最後まで引っ張っていって結局、
「今日は残念ながら変化が現れませんでしたねえ」で締めくくった。
でも、ママもおばさんもおおいに気に入ったらしく、DVD取りして自分が出てくるところを何度も出してはよろこんでいた。
ママは「この暗いお化け屋敷から出てきたのはなんと美しい女性!」というナレーションが気に入ったみたいだし、おばさんは昔おばあちゃんが着たという銘仙の着物をひっぱり出して着たのを、女性レポーターから「レトロで香り高い文学のロマンを感じます」などほめられたのがよほど嬉しかったらしい。
建築雑誌からの取材もあった。こちらの方は純粋に日本家屋の構造的な美しさを取り上げていた。
和室とリビングのあいだにある欄間の透かし彫りや、雪見窓の細工、床の間の床柱、間仕切りのあいだにある大黒柱、洗面所にいたるまでの廊下にはめられた北側のガラス戸、そして和風の家屋に、とってつけたような六角形を連想させる洋風の書斎。
建築評論家という人もいっしょに来て、ママの案内で見回りながらさかんに家を褒めちぎっていった。
建て直すと聞いて、その人は一瞬立ち止まり絶句した。そして名残惜しそうに大黒柱をなでると、「この木なんかもね、解体するときは木材チップなどにせず、ちゃんと木材として売りなさい。お願いしますよ。これだけのものは今日、なかなか出ません」などと言った。
その人が智恵を授けていったものかどうか、
ママは「建て替えするのをやめて、外装に防水処置をほどこし、柱や床下に防腐剤を塗るなどして、キッチンとかリビング、二階の部屋の内装だけ今風に手直ししようかしら。それでもけっこうお金がかかるそうだけど」と言い出したのだ。
「えっ?」
おばさんは少し慌てた。
「私の“座敷わらしをイケメンに育ててルームメイトにしよう計画”はどうなるんだろう? 座敷オヤジに花道を、と思ってマスコミ報道を計画したんだけどさ、やりすぎたかな」
あの後テレビ局もきて、それは日本家屋の取材というよりホラースポットばかりを編集したワイドショーのひとつとして“神無月ひかるのお化け屋敷”という観点から取材された。
どこからどういう話がもれたか、花鳥風月の掛け軸が座敷オヤジの掛け軸に変化するというところに目をつけたのだ。そこで問題の掛け軸に24時間のビデオカメラを設置したが、この時はなんの変化もおこらなかった。
「なんで出なかったのよ。有名になりたかったんじゃないの?」
おばさんが座敷オヤジに問いただした。
座敷オヤジはすました顔で鼻毛なんぞを抜きながら、あごの先で部屋のまわりをしゃくった。
「有名になりたいのはこいつらよ」
部屋の周りにはあいかわらずオキビキをはじめ、三つ目入道などがごろごろところがっている。
「わしはやせてもかれても家神じゃ。ワイドショーごとき見世物なんぞに出やせん」
「雑誌には出たじゃない」
「ふふふふ、ちょいといたずらをした。わしゃ、人が待ち構えているところに出て行くというのはどうも好かん。その手には乗らんのじゃ。ま、ちょいと気が向いて、人が油断しているときに出るというのが愉快じゃな」
「だけどみんなあたしが雰囲気を出すために取り替えたと思ってるよ」
「まあ、なにをやっても、そんなもんじゃ。結局は疑われる」
「そういえば小学生でさえOHPじゃないかって言ってたよねえ」
「ああ、そうじゃなあ。わしに言わせれば、わしらの世界には何の不思議もない。ただ普通の人間の目では見えないし聞こえないというだけのことじゃ。それよりむしろ現代の科学技術のほうがよっぽど不思議に満ちておる。やっぱりわしらは消え去るしかないのかのう」
そういえばそうかもしれない。科学技術は人間の生身の体だけでは不可能なことを可能にしている。毎日ぼくらは当たり前のようにして使っているけれど、遠く離れた人と話がしたいと思えば話せるし、映像を送ることもできる。人間が走るよりもずっと早いスピードで、雨風に打たれもせず移動することも出来る。過去にあった光景を保存して現在も未来も見ることもできるし、肉眼では見えない宇宙のはるかかなたの様子や、ナノの世界をのぞくこともできる。
それらをつくったのは生きている人間たちの力なんだ。
・・・ぼくも、そんな人間の仲間として、不思議に満ちた世界をつくることができるのだろうか・・・?
ところでテレビ局としてはなんの収穫もなかったので“神無月ひかるのお化け屋敷”の放映はやめるのかと思ったら、何をためらうことも無く番組に組み入れた。番組の間中、今にも見せるようなことを言いながら視聴者を最後まで引っ張っていって結局、
「今日は残念ながら変化が現れませんでしたねえ」で締めくくった。
でも、ママもおばさんもおおいに気に入ったらしく、DVD取りして自分が出てくるところを何度も出してはよろこんでいた。
ママは「この暗いお化け屋敷から出てきたのはなんと美しい女性!」というナレーションが気に入ったみたいだし、おばさんは昔おばあちゃんが着たという銘仙の着物をひっぱり出して着たのを、女性レポーターから「レトロで香り高い文学のロマンを感じます」などほめられたのがよほど嬉しかったらしい。
建築雑誌からの取材もあった。こちらの方は純粋に日本家屋の構造的な美しさを取り上げていた。
和室とリビングのあいだにある欄間の透かし彫りや、雪見窓の細工、床の間の床柱、間仕切りのあいだにある大黒柱、洗面所にいたるまでの廊下にはめられた北側のガラス戸、そして和風の家屋に、とってつけたような六角形を連想させる洋風の書斎。
建築評論家という人もいっしょに来て、ママの案内で見回りながらさかんに家を褒めちぎっていった。
建て直すと聞いて、その人は一瞬立ち止まり絶句した。そして名残惜しそうに大黒柱をなでると、「この木なんかもね、解体するときは木材チップなどにせず、ちゃんと木材として売りなさい。お願いしますよ。これだけのものは今日、なかなか出ません」などと言った。
その人が智恵を授けていったものかどうか、
ママは「建て替えするのをやめて、外装に防水処置をほどこし、柱や床下に防腐剤を塗るなどして、キッチンとかリビング、二階の部屋の内装だけ今風に手直ししようかしら。それでもけっこうお金がかかるそうだけど」と言い出したのだ。
「えっ?」
おばさんは少し慌てた。
「私の“座敷わらしをイケメンに育ててルームメイトにしよう計画”はどうなるんだろう? 座敷オヤジに花道を、と思ってマスコミ報道を計画したんだけどさ、やりすぎたかな」
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