ほら、ホラーだよ

根津美也

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67.書初め大会にて

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 書初め大会の会場は、室内競技場のフロアーにシートを敷き詰め、そこに人数分の縦長の紙が黒いフェルトの下敷きとともに並べてあった。
 出場者は、くじで番号札をとり、その番号のところに行って書くことになっていた。

 今朝、パパはお寝坊をしているので、ぼくはママとおばさんと出かけた。
 家を出ると、いつものようにどこからともなくゲンガクが現れて、後ろをついてきた。
 ぼくがくじをひいて、くじの番号のところに行って座ると、ゲンガクがすっと寄ってきた。

「いよいよだな」とゲンガクはせわし気に言った。
ぼくは、この中でぼくと同じような代筆者を背負っている人はいないかどうか、当たりを見回してみた。ざっと見た感じでは、いないようだった。

 アナウンスが入る。
「墨を用意してください」
「五分前です」
「はい、スタートしてください」
 いよいよ書初めの開始だ。

 ゲンガクがぼくの背後に寄り添う。ぼくが筆を持つと、
「からだの力を抜いて」と、いつものようにゲンガクがささやいた。
 ぼくが身体の力を抜いたとき、ゲンガクはこんなことを言った。

「ものは相談だけど、うちに帰ったら、石を棄てるって、約束してくれる?」

 ぼくは思わず後ろを向いた。振り向くと、目を細めて人の顔色を窺うようなゲンガクの顔があった。

 ぼくは前に向き直って言った。
「約束できないよ」
「約束してくれないと、手伝う気持ちが無くなるんだよね」
 そうきたか、とぼくは思った。

 ”はしかは子どものうちにかかると軽くて済む” というおばさんのコトバを思い出した。大人になってからこれをやられると、きっとすごく困ったことになるんだろうな、と思った。
 しかし今のぼくなら、それほど困らない。なぜなら、自分の家で習字を練習している時に気づいたことがあったんだ。

 ゲンガクに手を取ってもらって字を書いているうちに、腕が字を書くときの筋肉の使い方を覚えたんだ。何度も自分で練習するうちに、その使い方をかなり確実に再現できるようになっていた。

 ぼくは言った。
「じゃ、いいよ。離れて」
 ゲンガクが聞き返す。
「え?」

「だから、もういいって。あっち行ってて。じゃまだから」

 ゲンガクが急速に離れたのを感じた。

 あいつ、今、どんな顔してるんだろう? 見てみたい気もするが、今はとにかく書初めだ。
 前後左右はもう、取り掛かっている。
 ぼくは大きく息を吸って、体幹に力を込め、筆にたっぷり墨を含ませて、一気に書き上げた。

「天下泰平」

そして署名だ。
「梅園小学校六年 百目鬼 与志比己
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