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悔しい
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「──ネ! オネ!」
オネが意識を失ってしばらく、父親の声が聞こえます。
「お……とうさん?」
彼女を抱き抱え、相変わらずの涙を見せる歪んだ顔が、目覚めたオネに驚きます。……泣いたり驚いたり、忙しい人ですよね。
「おとうさん、また泣いてる。泣き虫だぁ」
「な、だれのせいで──私は泣き虫ではないからな!」
若干疲れた様子のオネが小さく微笑み、父親も相変わらずのようですね。
寝起きのオネが辺りを見渡しても、貧民街の凄惨な姿はそのまま。笑顔だった彼女が、下唇を強く噛みしめます。
しかし唐突に不安気な表情で、もう一度周囲を見渡しました。
「──ハンナは? それにジン──」
「近くに倒れていた少女なら、いまディゼルが看ている。黒龍もそれに付き添っているようだが」
「そっか……よかった」
オネの安堵のため息に父親も表情を緩めますが、彼の感情とは反対に、オネの表情が暗くなってしまいました。
「でも、何で私は殺されなかったの? ハンナとジンも無事だなんて……」
尤もな疑問ですね。トログらの目的は、会話の限りでは間違いなく黒龍と魔女──ハンナであることは明らかなはず。
絶好の機会だったと思うのですが、何故そのまま残されたのでしょうか。
「オネ、目覚めたばかりで申し訳ないが、なにがあったのか話してもらえるか?」
「……そだね。私だけじゃ何もわからないし」
今回の出来事をこと細かく説明していきます。
黒龍との出会い、兄妹との会話、ウィリアムやトログについて……短い間に色々とあったものですね。
オネの説明を受け、父親は深く考え込んでしまいました。彼に倣い、オネも頭を悩ましますが、すぐに「だめだ!」と倒れ込んでしまいました。
「何も分かんない……トログってなんなの? それに最後に聞こえた女の人の声……そういえば──」
「一つ話しておくと、ウィリアムという青年は確かにこの国の貴族位には居る。その二つ名も事実噂としては広がっている」
オネはもう一度体を起こし、父親の言葉に耳を傾けています。
「だが、トログという名は聞いたことがない。剛力の異名を持つ男もいなかったと思うが……」
「あの人、この国の人じゃないの?」
「実際どうかは知らんが、それ程強ければ名が広まっていないことは不自然だ。……国が秘密裏に抱える組織なんてものがあれば、あるいは可能性も無くはないが……」
オネの表情が、今日一番に疲弊しています。身体を動かすよりもはるかに疲れるようですね、彼女らしい。
「余計分かんなくなる。──ハンナもジンも無事だったんだから、細かいことはもういいやっ」
やはりオネにとって、頭を使うのは耐え難いようですね。割とあっさり思考を放棄しました。
「そういえばオネ。さっきから言ってる、ハンナというのはあの少女のことだろう? ジンというのは誰のことだ?」
そう言えば唐突に出てきた名前ですね。気にはなってましたが、おおよその見当もつくので考えてなかったです。
「黒い蛇のことだよ? まだ小さいけど、なんかあの蛇に似てるなぁ、って思って」
「あの蛇……? ああ、尽喰のことか。私も直接は見たことが無いからな……どう似ているんだ?」
「えーっと……体も黒くて、目まで黒いところとか? なんとなくそう思っただけだから、私にも分かんない……」
いわゆる直感、というやつでしょう。彼女らしいのですが……そもそも尽喰ってなんか物々しい名前ですが、どんな蛇だったのでしょうか……あの大きな蛇ですら小さいとは。
オネは徐に周囲を見渡し、哀愁を漂わせます。
「それにしてもこれ、酷いよね」
「……この凄惨な状況を、一人の男が行ったなど考え難いな。──本当にお前が無事でよかった」
オネは小さく頷きはしますが、目の端にはわずかに涙を溜めています。
「でもマシューは──」
「オネおねえちゃん!」
悲し気に声を上げたオネの言葉は、ハンナの叫び声に遮られました。
彼女に視線を向けると、何故かジンに乗り向かってくるハンナの姿が見えます。
「いつのまにか仲良くなってるや」
まだ涙は残しているオネも、ハンナたちの姿に小さく微笑んでしまっていますね。
オネの前までやってくると、ジンが頭を下ろしてハンナが地面にゆっくりと降りてきました。
彼女の赤い目は、いつにも増して真っ赤に見えます。
「どうしたのハンナ?」
「えとね……いっしょに来て!」
オネの手を引き、もう一度ジンの上へ。
二人を乗せて顔を上げる彼には、あまり重そうにした様子はないですね。力持ちなのでしょうか。
「……しかし本当に賢い蛇だな。二人のことをちゃんと理解しているようだし、まるで言葉も理解しているようだ」
「何を言ってるのお父さん。ジンは言葉も分かってるよ?」
当然と言いたげにオネが首を傾げながら返すと、ジンとハンナも首を傾げて見せます。
「ちょっとジン! 君が首を傾けたら私たちが落ちるから!」
自分とハンナの傾いた体を支えながらのオネの抗議に、ジンは体勢を戻して落ち込んだように首を竦めてしまいました。
そんな様子に、ハンナが声を出して笑っています。
「蛇さんもおねえちゃんも何やってるの? 早く行こ!」
「ほらハンナにも怒られたでしょ。行くよジン!」
二人の少女に良いように言われながらも、ジンは体をうねらせて元来た道へと、二人を連れて戻っていくようです。
「じゃあ行ってくるねお父さん!」
「あ、ああ……て、私も行くぞ! 一人にするな!」
またも涙を浮かべる父親。相変わらずの泣き虫さんで寂しがり屋ですね。
「はは、またお父さん泣いてるー。泣き虫だぁ」
「私は泣き虫ではない! 涙脆いだけだと何度言えば──」
何度目のやりとりでしょうか。どれほどに悲しんだオネも、この時は満面の笑みを浮かべてしまうようですね。
二人の少女を乗せた一頭の蛇と、それについていく一人の父親は凄惨な貧民街を後にするのでした。
オネが意識を失ってしばらく、父親の声が聞こえます。
「お……とうさん?」
彼女を抱き抱え、相変わらずの涙を見せる歪んだ顔が、目覚めたオネに驚きます。……泣いたり驚いたり、忙しい人ですよね。
「おとうさん、また泣いてる。泣き虫だぁ」
「な、だれのせいで──私は泣き虫ではないからな!」
若干疲れた様子のオネが小さく微笑み、父親も相変わらずのようですね。
寝起きのオネが辺りを見渡しても、貧民街の凄惨な姿はそのまま。笑顔だった彼女が、下唇を強く噛みしめます。
しかし唐突に不安気な表情で、もう一度周囲を見渡しました。
「──ハンナは? それにジン──」
「近くに倒れていた少女なら、いまディゼルが看ている。黒龍もそれに付き添っているようだが」
「そっか……よかった」
オネの安堵のため息に父親も表情を緩めますが、彼の感情とは反対に、オネの表情が暗くなってしまいました。
「でも、何で私は殺されなかったの? ハンナとジンも無事だなんて……」
尤もな疑問ですね。トログらの目的は、会話の限りでは間違いなく黒龍と魔女──ハンナであることは明らかなはず。
絶好の機会だったと思うのですが、何故そのまま残されたのでしょうか。
「オネ、目覚めたばかりで申し訳ないが、なにがあったのか話してもらえるか?」
「……そだね。私だけじゃ何もわからないし」
今回の出来事をこと細かく説明していきます。
黒龍との出会い、兄妹との会話、ウィリアムやトログについて……短い間に色々とあったものですね。
オネの説明を受け、父親は深く考え込んでしまいました。彼に倣い、オネも頭を悩ましますが、すぐに「だめだ!」と倒れ込んでしまいました。
「何も分かんない……トログってなんなの? それに最後に聞こえた女の人の声……そういえば──」
「一つ話しておくと、ウィリアムという青年は確かにこの国の貴族位には居る。その二つ名も事実噂としては広がっている」
オネはもう一度体を起こし、父親の言葉に耳を傾けています。
「だが、トログという名は聞いたことがない。剛力の異名を持つ男もいなかったと思うが……」
「あの人、この国の人じゃないの?」
「実際どうかは知らんが、それ程強ければ名が広まっていないことは不自然だ。……国が秘密裏に抱える組織なんてものがあれば、あるいは可能性も無くはないが……」
オネの表情が、今日一番に疲弊しています。身体を動かすよりもはるかに疲れるようですね、彼女らしい。
「余計分かんなくなる。──ハンナもジンも無事だったんだから、細かいことはもういいやっ」
やはりオネにとって、頭を使うのは耐え難いようですね。割とあっさり思考を放棄しました。
「そういえばオネ。さっきから言ってる、ハンナというのはあの少女のことだろう? ジンというのは誰のことだ?」
そう言えば唐突に出てきた名前ですね。気にはなってましたが、おおよその見当もつくので考えてなかったです。
「黒い蛇のことだよ? まだ小さいけど、なんかあの蛇に似てるなぁ、って思って」
「あの蛇……? ああ、尽喰のことか。私も直接は見たことが無いからな……どう似ているんだ?」
「えーっと……体も黒くて、目まで黒いところとか? なんとなくそう思っただけだから、私にも分かんない……」
いわゆる直感、というやつでしょう。彼女らしいのですが……そもそも尽喰ってなんか物々しい名前ですが、どんな蛇だったのでしょうか……あの大きな蛇ですら小さいとは。
オネは徐に周囲を見渡し、哀愁を漂わせます。
「それにしてもこれ、酷いよね」
「……この凄惨な状況を、一人の男が行ったなど考え難いな。──本当にお前が無事でよかった」
オネは小さく頷きはしますが、目の端にはわずかに涙を溜めています。
「でもマシューは──」
「オネおねえちゃん!」
悲し気に声を上げたオネの言葉は、ハンナの叫び声に遮られました。
彼女に視線を向けると、何故かジンに乗り向かってくるハンナの姿が見えます。
「いつのまにか仲良くなってるや」
まだ涙は残しているオネも、ハンナたちの姿に小さく微笑んでしまっていますね。
オネの前までやってくると、ジンが頭を下ろしてハンナが地面にゆっくりと降りてきました。
彼女の赤い目は、いつにも増して真っ赤に見えます。
「どうしたのハンナ?」
「えとね……いっしょに来て!」
オネの手を引き、もう一度ジンの上へ。
二人を乗せて顔を上げる彼には、あまり重そうにした様子はないですね。力持ちなのでしょうか。
「……しかし本当に賢い蛇だな。二人のことをちゃんと理解しているようだし、まるで言葉も理解しているようだ」
「何を言ってるのお父さん。ジンは言葉も分かってるよ?」
当然と言いたげにオネが首を傾げながら返すと、ジンとハンナも首を傾げて見せます。
「ちょっとジン! 君が首を傾けたら私たちが落ちるから!」
自分とハンナの傾いた体を支えながらのオネの抗議に、ジンは体勢を戻して落ち込んだように首を竦めてしまいました。
そんな様子に、ハンナが声を出して笑っています。
「蛇さんもおねえちゃんも何やってるの? 早く行こ!」
「ほらハンナにも怒られたでしょ。行くよジン!」
二人の少女に良いように言われながらも、ジンは体をうねらせて元来た道へと、二人を連れて戻っていくようです。
「じゃあ行ってくるねお父さん!」
「あ、ああ……て、私も行くぞ! 一人にするな!」
またも涙を浮かべる父親。相変わらずの泣き虫さんで寂しがり屋ですね。
「はは、またお父さん泣いてるー。泣き虫だぁ」
「私は泣き虫ではない! 涙脆いだけだと何度言えば──」
何度目のやりとりでしょうか。どれほどに悲しんだオネも、この時は満面の笑みを浮かべてしまうようですね。
二人の少女を乗せた一頭の蛇と、それについていく一人の父親は凄惨な貧民街を後にするのでした。
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