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ボクに彼が感じること

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「やっぱり、普通の部屋も広いんだね」

 話があるということで、充たちを庭に置いてきたまま、今は修平くんのお部屋へと招かれている。
 余分な家具はなく、広い部屋に必要最低限の家具ばかりが並べられている光景は、質素で少し寂しい感じもするけれど、逆にいえば、とてもスッキリしていて、綺麗な部屋だということだ。
 充の部屋はいろんなものが乱雑に置かれていて、とても居心地がいいとは言えないからな……まあ、修平くんらしい部屋、なのかな?

「すみません。急にこんなところに案内してしまって」

「何を言っているんだい? 君の望むことならなんだってしてあげたいくらいさ。それに、ここは君の部屋だろう? ボクも少しドキドキしているんだよ?」

 彼の部屋で二人きりなんて、心音が煩くて仕方ない……二人きり?

「なんだか、色んな感情が混ざり合っているよ」

 なんだか、意識し始めたらすごい緊張してきた。いくら、家の中には充と兎川さんもいるとはいえ、二人きりで彼の部屋にいるなんて……。

「人を招くようなこともなかったので、椅子の類が無いんですよね……どうぞ座ってください」

 そういって差し出されるのは、おそらく彼の寝ているベッド。
 確かに、座れそうなところはここしないけれど、なんだかすごく、いけないことをしている気がするよ。

 それでも、勧められて座らない訳にもいかないので、お言葉に甘えて座らせてもらった。
 とても柔らかくて、そのまま体が沈む勢いだ。危うく倒れ込んでしまうとこだった。いいベッドを使っていて、とても羨ましいじゃないか。

「気持ちいいね。流石、修平お坊ちゃんのベッドだ」

「やめてください。その呼ばれ方は恥ずかしいです」

 恥ずかしそうに目を逸らす様子はとても可愛い、人をからかうのは得意ではないけれど、たまにはいいかもしれないな。……これじゃ兎川さんと同じか。

「ごめんよ。それで話というのは──」

 そういえば、この部屋には椅子がないんだったね。修平くんの部屋だというのに、彼が立っているのはおかしいことだ。

「君も隣に来ておくれ。互いに気を使うような間柄でもないだろう?」

「……はい。ありがとうございます」

 そう言ってベッドの上に彼も腰掛けると、更に深く沈む。本当に柔らかいベッドだな。
 しかし、なんでそんなに距離を取るんだい? 端の方に座るから二、三人分は間が空いてしまったじゃないか。

「それで話についてなのですが──」

「まったく、世話をかけさせるなんて君らしくないな」

 修平くんの言葉を遮り、その隣へと移動して、彼の顔を下から窺う。驚かせちゃったかな?

「愛理さん……」

「うん。なんだい、修平くん。なんでも話して見るといい」

 こんなにはっきりしない彼を見るのは、初めてかもしれないね。
 一体何に頭を悩ませてるんだろう?

「自分は、とても不安なんです」

「不安……?」

 そんな素振りは今まで見せていたかな? 何が不安なんだろう。

「この家を見て、愛理さんはどう思いましたか?」

「どうって……流石お金持ちの家で、大きくてすごいなぁって思ったよ?」

「そうですか」

 どうしたんだろう。なにを言いたいのか分からないよ。

「では、もし愛理さんだけを招待していたとして、今日のように楽しくできましたか?」

「……それは分からないよ。修平くんのおうちに上がれるのは嬉しいけれど、こんな大きな家じゃ緊張してしまうかもしれないからね。兎川さんや充がいてくれているからこそ、楽しめているかもしれないね」

 少し、素直に言いすぎたかもしれない。これじゃ、この家を否定しているみたいだよね。

「修平くん──」
「それが、問題なんですよ」

 さっきまで逸らしていた目をこちらに向け、見つめてくる彼はとても儚げでとても切なそうな様子だったんだ。
 
 何が問題なのか分からない。けれど、そんな彼の様子に思わず伸びたボクの手は、弱々しいその手によって止められてしまう。

「ありがとうございます。そして、すみません。これはただの愚痴みたいなものです。気にしないでください」

「君が何に気を使っているか知らないけれど、ボクは君との違いも含めて、受け入れているつもりだ。君はそうじゃないのかい?」

 少し驚いた様子をみせ、今度はわずかに笑うと、ボクの手を握る手を離してくれた。
 ボクも微笑み返し、さっきまで儚げだった修平くんの頭を抱き寄せる。
 ボクのハグが、どれほど彼の心を癒してあげられるかは分からない。でも、彼の心がこれで少しでも落ち着くなら、ボクはいくらでも君を抱きしめるよ。

「しゅ、修平くん?」

 ハグした後に気づいたけれど、この格好はとても恥ずかしい……彼の頭がボクのむ、胸にあたっている状態じゃないか。
 自分の状況に驚き、彼の頭を抱えたままベッドに倒れ込んでしまった。

「んんっ。ご、ごめんよ、修平くん」

「愛理さん……」

 ベッドが柔らかかったから、痛みなんかはなかったけど……なんだこの状況は。

 倒れた衝撃で手を離してしまったから、修平くんの顔はボクの視線の先にあるのだけど……彼の手はボクの頭を挟むように置かれ、膝は多分腰のあたりにある。
 なんというか、いわゆる押し倒された時のような体勢になっているらしい。
 その上彼の視線が離れないから、どんどん身体が火照ってきてしまう……。

「しゅ、修平くん? とりあえず体を起こしたいのだけど」

「愛理さん……自分は──」

 それ以上の言葉は紡がれず、真剣な眼差しでただ見つめてくる。
 これはなに、どういうこと? なんで彼は顔を近づけてくるの。ボクはどうしたらいいの……。

 抵抗しようと思えば多分できるんだろう。
 受け入れようと思えばいくらでも受け入れられる。
 彼を求めるボクもいるし、今に恐怖しているボクもいる。このまま彼を受け入れていいの……?
 悩んでいる間にも、修平くんの顔はどんどん近づいてくる。

「もー、充先輩? 二人はどこかでイチャついてますって。邪魔しちゃ悪いんじゃないですか? ほら! ハルカたちもイチャイチャしましょうよー」
「探す気ないなら戻ってろ。何も言わずに消える奴なんて、何しだすか分からないんだよ」

 これは、兎川さんと充の声?
 修平くんも気づいたのか、声の方に視線を向けている。

「ここまで、ですね」

 彼の諦めたような声と同時に、部屋の扉が思い切り開かれた。

「冗談ですってば、充先輩。ハルカだって──あぁこれは、タイミングが良かったんですかね、悪かったんですかね」

 こちらを睨む充の表情が怖い……怒っている、んだよね。

「おい凪。俺は一度忠告したはずだ。愛理に──」
「充!」

「……愛理、大丈夫か?」

 修平くんも覆っていた体を退けていた。半ば逃げるように、ボクは充の下へと駆けたんだ。

「うん。大丈夫。……少し怖かっただけだよ」

 なんでボクは、恋人であるはずの修平くんから逃げて、充の下にきたんだろう。
 彼の側はとても落ち着くんだ。
 修平くんも落ち着けるはずだったのに、今日はなんだか怖い……。

「……今日は帰らせてもらう。弁明は明日聞かせてもらうぞ、凪」

「……はい。先輩もすいませんでした」

 何もいえないまま、充に引かれて彼の家を後にする。

「……ごめんよ、くん」
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