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第七十三話 開店したあの店は……

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 侯爵領の新法公布がされた。役所の者たちはあのデスマーチを乗り越え、お互いに讃えあっていることだろう。
 一方、領民たちは各地で目が点になっていること請負なしだ。そして、俺もあまりの衝撃に目が点になっている……

「あ、アマミヤ商会? 何だこれ……」

 俺たちが住む家からほど近い所に一際立派な商会がオープンしていた。正面の広告を見ると地上四階地下一階と有る。近いイメージは日本の“郊外の大規模店舗”と言った所か。周辺は駐車場と思われる白線を引いた敷地があるし……
 この建物って昨日まで無かったよな? それに白線ってどう引いてるの?
 混乱が治まらない中、ちらほらと物珍しさに人が入ってゆく。

「言われて来てみましたが、なかなか大きな建物ですね」

 ラフィアが、ほう、と感心する。
 珍しくラフィアから出かけませんか? と誘われたので一緒に出掛けてみれば何だこれ? 状態である。
 何か知っているのだろう、と彼女に尋ねると予想外の答えが返ってきた。

「ウナ達から折角人の町に来たので商売してみたい、と切願されましたので、晴成さんの名に恥じない商いをしなさい、と答えておきました」

 ウナというのはパペット系のモンスターで、エンペラー位。女性タイプなので正確には“エンプレス”なのだが。なので【変化】が使える。
 とはいえ……

「建物を作ったのは良いけど、品物は? 人員はどうしているの?」

「品物はダンジョンの品や地球の料理のはずですね。それと人員は基本的に貧しい者たちからと聞いています。四肢が損傷や欠損の者たちはパペット族の部位を埋め込んで義手替わりなどにして働いてもらっているようですよ」

 ???
 四肢欠損の者をハイパーヒールやエクストラヒールで治して、なんて展開はラノベでの王道ではあるが、なんとも変則的な……
 そういえば、ウナってかなりのラノベマニアだった気がする。ってことは、自分流にアレンジしたって事か?
 それにしたってだよ? 自分たちのパーツを魔道義手などにして機能を再生させるのは良いが、パペット族は見た目が木質だし逆に目立たないだろうか?

「取り敢えず中に入ってみませんか? ウナの仕事ぶりを見に行きましょう」

 疑問が次々と湧いてくる中、ラフィアが悪戯っぽく笑う。俺たちは連れ立って中へと入って行った。

◇◆◇◆


「いらっしゃいませ。お客様、宜しければご案内させていただきます」

 地球に、日本に居るのかと勘違いするほど店員が丁寧に対応する。
 個人商店でもない限り、日本の接客力はピカイチである。そう自負してきたのだが、目の前の接客力はそれを大いに打ち砕いた。
 目の前の女性店員は二十歳前と言った所か。赤い髪を短く切りそろえて、高級デパートのような制服を着ている。

「宜しければお願いできますか」

 ラフィアが質問に答えた。女性店員は、はい、と答え、子供二人にも拘らず、嫌な顔をせずに俺たちを案内する。
 案内をされながら彼女がここで働く経緯を聞くと、元々冒険者で、とあるCランクのクエストで失敗して大けがを負ったそうだ。幸い、命には別条なかったものの、斥候職として以前のように働くことが出来ず、薬草取りや町の手伝いなどの低ランククエストで食い繋いできたのだそうな。
 で、ユーエンの応援部隊として派遣されてきたウナに、商会を立ち上げる為の人員として採用された一人なんだと。

「私も最初は何の冗談なの? って思いましたよ。私は左足を大けがして、引き摺るように歩いていましたしね。それに、周りはスラムであろう人や体の一部を失った人ばかりでしたので、尚更ですね」

 そんな怪我を負ったら斥候職は無理だよね。おまけに、彼女だけでなく周りもそうなら化かされていると思うよねぇ……

「私、タイミングが悪かったんですよね。その場で中級ポーション使えば傷は治っていたみたいなのですが、残念ながら手持ちが無く、町に着いたときは手遅れで……上級ポーションなら可能性はあるとは言われましたけど、オークションにかけられるような品に縋るわけにもいかず……」

 折角、若くして中堅どころまで行ったのに怪我して、それでも結果として冒険者がやめられなくって、燻ぶってたんだろうなぁ……
 他に仕事が無かったのかもしれない。夢が諦められなかったかもしれない。彼女は深い話をしなかったが、その時、確かに表情は曇っていた。

「でも、ウナ様のお陰でこの通り、普通に生活が出来ます。ホント、ウナ様は女神さまですよ」

 彼女はうっとりとした表情で語る。尊敬というか、尊崇というか、もはや信仰の対象だ。
 治らないと言われていた怪我を直してもらえばそうなるのは自然なことかもしれない。
 ともあれ、不自由な人が少なくなることは良いことだ。後で褒めておこう。

「でも、ウナ様は不思議な事を言うんです。これはハルナリ様の慈悲によって、あなた達は元の機能を享くることが出来たのです、って。ハルナリ様ってどなたなのでしょう……」

 ブホ……
 ウナは何を教えてるのさ? 俺の名前を出さなくてもいいじゃん?

「さぞや立派な人なのでしょう、その晴成様は」

 サラッと他人事のように返答するラフィア。何気に俺を押し上げるのはやめて。そんな立派な人ではありませんよ……

「お嬢さんもそう思います? 同僚たちも、あのウナ様が尊崇してやまないお方なのだからそれは崇高な人なのだろう、って話してるんですよ」

 彼女はもう接客を忘れて熱く語っていた。
 信仰に限らず、夢中になっていることを語るときの熱量はそれはそれは半端なく、相手をドン引きさせる。
 俺にも経験あるからね。させた方で……

「ネマ、お客様と仲良くなるのは構いませんが、仕事をおろそかにしてはいけません。研修が足りなかったでしょうか……」

 ダークグレーのスーツを着た老年が声をかけてくる。

「あれ、オルクルさん? ひょっとして敵情視察?」

 そこにはワレアム商会の支店長が居た。

「……副支配人。すみません、少し気が緩んでました」

「副支配人?」

 勢い良く頭を下げる女性店員。少し顔が青ざめている。
 あれ? オルクルさんはそんなに怖い人なのか?
 オルクルさんが副支配人ってどういう事? 自分のお店はどうしたの?

「実は、ダンジョン品の値段や供給の事で色々とユーエン殿に相談しましたところ、それなら良いのが居ます、と言われまして、ウナ殿を紹介されたのです」

 それで?

「一番の問題は供給に有ることをウナ殿に相談しましたところ、ウナ殿からダンジョン品を安定して供給できるので一緒に店をやりませんか、と提案されましたので藁にも縋る思いで受けた次第でございます」

 うん、そりゃぁ、ガンガン供給できるだろうね……
 でも、手持ちのDPだけでは足りないだろうから、メーダスから店用のDPの許可を取ったという事かな? まぁ、DPが尽きることないだろうし、豊かになるのは良いよね。

「正直、予想以上の供給量で、しかも調査隊が発見できていない物まで店頭に並ぶことになるとは思いませんでしたが……」

 あ、オルクルさんが遠い目をしている……

「ところでオルクルさん、自分のお店の方はどうしたの?」

「新法案を前もって知っていましたので、これを機に店をたたみました。今の商業ギルドには思うところが有りますので。又、従業員たちは一応この店に再雇用という形になりますね」

 あれ? オルクルさんって支店長でしょ? 本店との関係は大丈夫なの?

「それって、本店の方は知っているんです?」

「大丈夫ですよ。本店の方はもう長いこと息子に任せていますし、この領に支店を開いたのも先代のご領主様との誼と趣味ですからね」

 え? 息子さんが本店の会頭? 初耳なんですけど……
 それに、高級品ではあるけれどもリーズナブルな値段って趣味だったから? その割には高額買取りをしていたような? それでどうやるとバランスシートを黒く出来るのさ?
 一度、本気で彼の経営指南受けてみようかな?

「彼女を叱った手前、私が長話しては立つ瀬が無いですな。お喋りはこれくらいに致しまして、店内をごゆるりとご堪能下さい」

 彼は優雅に礼をすると、ネマに引き続き俺たちの接客をするように命じた。

「あ、あの、お客様は副支配人とお知り合いなのですか?」

「まぁ、顔見知りって程度だよ?」

 “合同プロジェクトの仕事仲間”の方が正確かもしれない……
 まぁでも、そんなレベルだと思う。
 それでもネマは顔を引きつらせていた。彼女は緊張の極みの中、俺たちを接客していく。俺は悪戯っぽく、それを放置していた……
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