腐女子と腐女子の愛し方

川瀬川獺

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#3 感想

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「でさ、桃色ちゃんあの時すっごい照れてて~」
 けらけらと兎月が笑いながらジョッキの青りんごサワーを大きく一口飲み込み肩を組まれる。今はイベント後のアフター中の個室居酒屋の中だ。
 個室の中は割とゆったりとしておりキャリーも余裕で置けるスペースがある。天井から吊るされた照明も明る過ぎず落ち着いた雰囲気で良い。楽し気に兎月が話すのを同じみきつばの仲間達がまたわいわいと談笑しながら美味しい料理と酒に舌鼓を打つ。
「兎月相変わらず酒豪だよね……」
「そ?ふつーだよふつー」
「それより降裏の最新話見ました?続きが気になるー!!!早く続き読みたい」
「そうそう、新章入ってから結構重要な部分になってきましたよね」
 話を戻すとドンカツさんが目を輝かせて話に食い付く。作品名はもっぱら『降道探偵事務所の裏事情』を略してファンからは降裏と呼ばれていた。
「そ~だ!新章の衣装も作らなきゃ」
「えっ兎月さん新しい衣装もやられる予定なんですか!?」
 次に話題に食い付いたのは紅丸さんだ。この方は主にみきつばの同人マンガを描いている大手サークル主である。言わば壁サー。いつも解釈一致のみきつばを描かれていて密かに憧れでもある。
「いえす!まぁ手作りなんで時間かかりますけどそこはほら、キャラ愛でね」
「兎月さんが前出してた同人写真集最高に格好良かったです!いつ見ても本物過ぎて……」
「照れるな~ありがとうございます。紅丸さんの今日の新刊も帰ったら読んで感想送りますね。サンプルだけでも最高すぎたんで楽しみです」
「ありがとうございます嬉しい……!」
 手を合わせて嬉しそうにする紅丸さんを見て、改めて兎月の凄さに恐れ入る。故に親友なのが大層自慢だった。
 皿に小分けにしたシーザーサラダのレタスとクルトンをフォークで刺し、口に運ぶとチーズの風味が効いたドレッシングとレタスのシャキシャキ感に加えてクルトンの食感が口内を楽しませてくれる。この店に決めて良かった、と頬が綻んだ。ふと視界の端に映ったのは画面が光った自分のスマートフォンで、匿名メッセージツールからのメール通知だった。
「ん?」
「どした?桃色ちゃん」
「なんでもない、けど感想届いたのかも」
「もう!?めっちゃ熱心なファンじゃん」
「後でじっくり読む。今は打ち上げ中だし」
「桃色ちゃんおかわりは?もう無くなるっしょ」
 ふうん、と肩を組まれたままジョッキの中身を飲み干した兎月が片手操作で店のタブレットのメニューから追加の酒を押し、此方に視線を向けて問い掛ける。
「あっ、じゃあファジーネーブル」
「おっけ~頼んどいた」
 空になりかけだったグラスの中身を飲み干して兎月に感謝の意を込めて笑い掛けた。照れ臭そうにタブレットを操作しカマンベールチーズフライを注文する兎月の皿が空なのを見て思い起った様にシーザーサラダを盛ると視線が再び合いふふ、と互いに笑む。
「桃色ちゃん良い嫁になりそうだよね」
「なれるかなぁ……日常はパッとしないし親も半ば諦めてるし」
「あたしが貰ってあげたいくらいだよ」
「兎月、冗談がうまいね」
「それほどでも?」
 肩に掛けられていた腕がするりと居なくなり、何事も無かったかの様に兎月がシーザーサラダを食べ始める。皆と談笑している内に店員によって青りんごサワーとファジーネーブルが運ばれて来ると手を上げて此方の注文である意を示す。
 人伝いに届けられたファジーネーブルのグラスを手に一口飲み込むとピーチリキュールの甘味とオレンジジュースの仄かな酸味が口一杯に広がった。







 楽しかったな……とシャワーも浴びメイクも落としたルームウェア姿で今日の出来事をじっくりと噛み締める。
 そういえば、と匿名メッセージツールの通知が来ていたのを思い出して急いでスマートフォンを開きツールにログインして確かめると、思いがけない長文のメッセージが届いており目を見開く。
「……『今日の新刊、凄く感動しました。』か……めちゃくちゃ具体的に感想書いてくれてる……。伝えたい事全部拾い上げててくれて、嬉しいな……こんな感想貰った事ないや」
 スマートフォンの画面を指でなぞり、思わず頬が緩んだ。本当に、真剣に読んでくれたのだろう事が手に取る様に分かる文面で、一生懸命言葉にしたのだと伝わる暖かいメッセージ。書いてよかった、と瞳に涙の幕が張る。それを慌てて手の甲で拭って、ふと手紙の事を思い出す。
 鞄から一通のピンク色の封筒を取り出すと、マスキングテープを破らない事に気を配りながら開封し、中の手紙を開いて読み始める。
「ん?この文面の書き方……」
 書いてある言葉はとても暖かく嬉しいものばかりだが、何となく引っかかり先程の匿名メッセージを映し出しているスマートフォンと見比べる。句読点の使い方、言葉の選び方、そして心から書いてくれたのだろう思いやりのある締めの応援。もしかして?と点と点が結び付く気がした。
「匿名ツールに名前はないけど手紙には書いてあるな……夏鈴かりんさん、か」
 本を二冊買って行った独特の空気感を持つ不思議な美人を思い浮かべる。シンプルそうなワンピースなのにまるでハイブランドの様に着こなし、仄かに香るフレグランスも彼女に良く似合っていた。夏鈴さん、そういえばそんな名前のフォロワーが居た気がするなとSNSを開きフォロワー一覧をぼんやりと眺める。フォロワーが4桁も居ると把握し切るのは難しいが、たしかにその名に何故か見覚えがあった。
「居た。多分この人……だよね」
 探し始めてからそう掛からない内に夏鈴という名前のアカウントを見付け出し、何となく気になってそのアカウントを開く。そこにはみきつば愛と今日のイベントの事が書かれていて恐らくは間違いないと踏む。
 思えば本当になんとなくだった。何となく彼女らしきアカウントをフォローバックし、本当に彼女かも分からないのに少しだけ胸が高鳴った。さぁ匿名メッセージへの返事をしなければ、と一度SNSを閉じてブラウザからツールを開き、想いの籠った感想に応えるべく此方も本気で返事を打ち込む。感謝の気持ちを丁寧に、真っ直ぐ伝わればいいなと願いながら。
 返事をツール経由で送るとSNSにその旨を呟き、ぼんやりとまたメッセージを眺める。何故かは分からないがあの仄かな甘い香りが脳裏に焼き付いて離れない。嗅いだことの無い良い匂い。あの時貰った差し入れは何だったのだろうともう一度鞄を漁り取り出した袋からはピンク色の比較的手の届きやすいブランドのハンカチと温め効果のあるアイマスクが二枚。そしてどこかの店で購入したのだろう可愛らしいアイシングクッキーの包み。
 まるで誕生日プレゼントでも貰ったみたいだ、なんて嬉しくなってそのハンカチをスマートフォンで写真に収めてから仕事用の鞄の中に詰め込んだ。折角頂いたのだから使わなくては宝の持ち腐れになってしまう。クッキーの包みは会場から送った明日届くだろう段ボール箱に詰めた他の差し入れと共に感謝の写真を撮る時まで取って置こう、と今は開封するのを我慢して置いておく。
 今日は楽しんだ分疲れたし明日は仕事、現実は無情だなぁと溜息を零しリモコンで消灯してベッドに潜り込む。ふかふかの布団に包まれて間も無く眠気がやって来た。すぐ傍の充電器のケーブルとスマートフォンを手探りで繋ぎ、枕の横に放ると双眸を閉じる。今日の私におやすみなさいと脳内で囁き、それから程無くして意識は眠りの世界に誘われた。
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