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01*これが罰なのかな
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「はぁ、はぁ、はぁ……うっ!」
赤い着物の少女は石につまずいて大きく前のめりに転んだ。足首をひねってしまう。今転ばなくても、履き物もなく足袋で広いお屋敷の砂利だらけの庭を走り続けるのは限界だった。
「う、ああっ、おやか、た様、」
うめく彼女の後ろに追っ手が迫る。
「あそこだ!」
「絶対に逃がすなよ!」
「死んでたって顔が分かりゃあいいんだ!」
少女は力なく首を振った。そんなことは、させてはいけない。
暗い瞳に蘇るのは、たった十分前、屋敷を襲撃されたと気づいた時の「お館様」の言葉。
『こういう時の為のお前だ。椿、早くその「襟巻き」を巻いて、私の身代わりになれ』
襟巻きという名の首輪は、今もしっかりと少女――椿の首に嵌まっている。しかし捕まれば、身代わりなど簡単にばれてしまうだろう。
「申し、訳、ありません、お館、様」
椿は震える手で、着物の合わせから古びた木製の札を取り出す。札にはぐにゃぐにゃとした文字が墨で描かれていた。
「つばきは、役たたず、の、悪い、子、でした――ぐぅなるぬぅ」
震え声は急にかき消えて、どろりとした声が喉の奥から流れ出す。
「ああや、ろうやあ、まぁかるぅしき、ぬぅらるまぁのろぅ、のろぅ――」
木の札がかたかたと震え、そこから闇が噴き出した。
「何だあれは?!」
「呪いだ! 何か唱えてるぞ!」
「早く止めさせろ!」
「――きゅうきゅうにょまりしぃてん」
闇が彼女を包みこむ。一瞬後には、黒い大蛇の形をとり、頭をもたげ、ずるずると這い出した。大きく、大きくとぐろを巻いて、慌てふためき逃げる男たちも、屋敷も、全て飲み込んでいく。
「『つばきは、おやかたさまを、呪いません。つばきは、自分の命だけを代償に、します』――」
何万回と唱え続けてきた誓いの言葉を口にして、蛇の尻尾を口に咥えて。
巨大な渦の中心で、少女は静かに息絶えた。
そのはずだったのに。
「――えっ?」
気づけば椿は暗い部屋でふかふかのベッドに寝ていた。
「なんで、わたし、なんで――いき、てるの?」
飛び起きた拍子に、ベッドから柔らかい絨毯の上に落ちてしまう。柔らかな布の多いスカートを履かされていたせいか、脚がもつれて尻もちをつく。
「から、だ、重い、」
うまく話せない。全身に違和感がある。
でもそんな事はささいな事だった。
「――わたし、失敗、した? お館様を、お助け、できなかった?」
あの呪いの代償に、死ぬはずだったのに。
だからあそこで、死ななければいけなかったのに。
「そんな、わた、わたし、どうすれば、お館様は、どうか、ご無事、で、」
手探りでつるりとした硝子に手をつき、なんとか立ち上がる。
「ここ、は、どこ?」
滑った指が何かを押す。
ぱちん。鏡台の灯りが目の前で灯り、豪華な屋敷の一室と「椿」の姿を映し出した。
「――ひっ」
特徴のない黒目とおかっぱの黒髪が映るはずの鏡に映し出されたのは――ぞっとするほど青い目、貝の粉をまぶしたような長い真っ白髪、そして、そこから突き出た、鬼を思わせるゴツゴツとした暗い緑の角、だった。
「ば、ばけも、の――「あれ? あたし、どうして起きて……」!」
驚きで言葉を失った少女の口が、勝手に動いた。勝手に身体を動かそうとする。慌てた椿は腕を胴に巻きつけて身を固めた。
「だ「れ?」!」
二つの声が喉の主導権を奪い合う。二つのバラバラな動きが身体を軋ませる。うまく息すらできない。苦しくなって椿が力をゆるめると、もう一人が「はぁ、はぁ」と息継ぎをした。
(一つの体に、二つの意思がある――?)
やっと体に息が回る。椿と、もう一人は、その息をたまたま同時に吐き出した。大声で。
「「きゃあああああああああっ!!!」」
「どうなさったのですかお嬢様っ?!」
「「どうしたのキャメル?!」」
「何があったの?!」
「カメリア?!」
「敵襲か!」
「キャメちゃん?」
「何の騒ぎじゃっ!!」
「誰か! 起きなさい! お嬢様が!」
「何だ何だ?」
……直後、屋敷中から様々な人の叫び声が響いた。それはもう、少女の悲鳴をかき消すほどに。
赤い着物の少女は石につまずいて大きく前のめりに転んだ。足首をひねってしまう。今転ばなくても、履き物もなく足袋で広いお屋敷の砂利だらけの庭を走り続けるのは限界だった。
「う、ああっ、おやか、た様、」
うめく彼女の後ろに追っ手が迫る。
「あそこだ!」
「絶対に逃がすなよ!」
「死んでたって顔が分かりゃあいいんだ!」
少女は力なく首を振った。そんなことは、させてはいけない。
暗い瞳に蘇るのは、たった十分前、屋敷を襲撃されたと気づいた時の「お館様」の言葉。
『こういう時の為のお前だ。椿、早くその「襟巻き」を巻いて、私の身代わりになれ』
襟巻きという名の首輪は、今もしっかりと少女――椿の首に嵌まっている。しかし捕まれば、身代わりなど簡単にばれてしまうだろう。
「申し、訳、ありません、お館、様」
椿は震える手で、着物の合わせから古びた木製の札を取り出す。札にはぐにゃぐにゃとした文字が墨で描かれていた。
「つばきは、役たたず、の、悪い、子、でした――ぐぅなるぬぅ」
震え声は急にかき消えて、どろりとした声が喉の奥から流れ出す。
「ああや、ろうやあ、まぁかるぅしき、ぬぅらるまぁのろぅ、のろぅ――」
木の札がかたかたと震え、そこから闇が噴き出した。
「何だあれは?!」
「呪いだ! 何か唱えてるぞ!」
「早く止めさせろ!」
「――きゅうきゅうにょまりしぃてん」
闇が彼女を包みこむ。一瞬後には、黒い大蛇の形をとり、頭をもたげ、ずるずると這い出した。大きく、大きくとぐろを巻いて、慌てふためき逃げる男たちも、屋敷も、全て飲み込んでいく。
「『つばきは、おやかたさまを、呪いません。つばきは、自分の命だけを代償に、します』――」
何万回と唱え続けてきた誓いの言葉を口にして、蛇の尻尾を口に咥えて。
巨大な渦の中心で、少女は静かに息絶えた。
そのはずだったのに。
「――えっ?」
気づけば椿は暗い部屋でふかふかのベッドに寝ていた。
「なんで、わたし、なんで――いき、てるの?」
飛び起きた拍子に、ベッドから柔らかい絨毯の上に落ちてしまう。柔らかな布の多いスカートを履かされていたせいか、脚がもつれて尻もちをつく。
「から、だ、重い、」
うまく話せない。全身に違和感がある。
でもそんな事はささいな事だった。
「――わたし、失敗、した? お館様を、お助け、できなかった?」
あの呪いの代償に、死ぬはずだったのに。
だからあそこで、死ななければいけなかったのに。
「そんな、わた、わたし、どうすれば、お館様は、どうか、ご無事、で、」
手探りでつるりとした硝子に手をつき、なんとか立ち上がる。
「ここ、は、どこ?」
滑った指が何かを押す。
ぱちん。鏡台の灯りが目の前で灯り、豪華な屋敷の一室と「椿」の姿を映し出した。
「――ひっ」
特徴のない黒目とおかっぱの黒髪が映るはずの鏡に映し出されたのは――ぞっとするほど青い目、貝の粉をまぶしたような長い真っ白髪、そして、そこから突き出た、鬼を思わせるゴツゴツとした暗い緑の角、だった。
「ば、ばけも、の――「あれ? あたし、どうして起きて……」!」
驚きで言葉を失った少女の口が、勝手に動いた。勝手に身体を動かそうとする。慌てた椿は腕を胴に巻きつけて身を固めた。
「だ「れ?」!」
二つの声が喉の主導権を奪い合う。二つのバラバラな動きが身体を軋ませる。うまく息すらできない。苦しくなって椿が力をゆるめると、もう一人が「はぁ、はぁ」と息継ぎをした。
(一つの体に、二つの意思がある――?)
やっと体に息が回る。椿と、もう一人は、その息をたまたま同時に吐き出した。大声で。
「「きゃあああああああああっ!!!」」
「どうなさったのですかお嬢様っ?!」
「「どうしたのキャメル?!」」
「何があったの?!」
「カメリア?!」
「敵襲か!」
「キャメちゃん?」
「何の騒ぎじゃっ!!」
「誰か! 起きなさい! お嬢様が!」
「何だ何だ?」
……直後、屋敷中から様々な人の叫び声が響いた。それはもう、少女の悲鳴をかき消すほどに。
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